第13話 赤紙
不動産手続きが終わったので翌日、あたしたちは物件に足を運んだ。
「祝☆入居!」
「お~い~じゃん!めちゃ広っ」
「日本の感覚だとそうだよね」
実は内見の時は真っ直ぐに地下行っちゃったからあんまり中見てないんだよね。特に2階部分。
「家具も備え付けのを使えばいいか。とりあえず」
「トイレにウォシュレットぽい魔道具付いてたぞ」
「嬉しいけど地味に金策潰してくるなぁ」
あとは頼んでおいた地下の防音がちゃんと機能するかどうか。
「お、これが防音制御盤ね。動力源の魔石をセットするスロットはここ、と」
「町で普通に流通してたな。電池みたいなやつ。規格とかあるんだろうか」
「だいたい魔力で動くんだなぁ。照明もそうだし」
「魔力を通す素材って高価だから電気みたいなインフラを作るには不向きなんだってさ。逆に電池みたいに溜めるのは全然オーケーって感じ」
「で、ここが浴室か!」
あたしはシャワーのハンドルを捻ってみた。ちゃんと水が出る。
「おいおい、シャワーの水圧チェックしてなかったのかよ。マストだろ」
「細かいわね。お湯も出るし、まあ問題ないでしょ」
サキが室内でタバコを吸おうとしている。
「あ、流石に煙草は外でお願い」
「む~」
「サキんちマジでヤニ臭かったからな」
「そういえばこっちで電子煙草開発したら儲かりそうよね」
「魔道具とかは分かんねえけどそうかも。しかし、喫煙者って異世界でも迫害される運命なんだな」
「外だったらどこでも吸い放題だし日本よりましなんじゃない?」
「魔法一発で掃除できるんなら許容ではあるのか。副流煙問題は残るけど」
「清掃魔法ねえ・・・。言霊で行けそうじゃん?」
「いいね。面白そうだし、やってみてくれよ」
あたしは部屋にわずかに積もっている埃を足元に集めるイメージで言の葉を紡いだ。
「積もりて時刻みし塵よ、我が麓に集いて峰を築かん」
ひゅおっ
空気が床を這う気配とともに足元にこじんまりとした埃の山ができた。
「おお、流石に掃除されて間もないから少ないな」
「楽しい!昔のサキん家ぐらい汚れてるところで試してみたいな」
「集まって凝縮されたタールのことを考えたら気分悪くなってきた・・・」
「想像力豊かだねえ」
協議の結果、2階の自室の窓からなら煙草を吸っていい決まりになった。
「では、生活に必要なものがあれば各自買っとこう。あたしは食料買って帰るから」
「アブは非番のステラさんとデートか」
「そ、みんなにも恋人が居たらダブルデート、トリプルデート、クアドラブルデートと洒落込んでも良かったけど、おあいにく様」
「死んで異世界転がり込んで初日に恋人作る奴の真似は出来ねーや」
「そう言われると我ながら異常な感じがするね」
「自覚薄っ」
「膀胱に尿が溜まった状態で異世界に来たリョーマも大概でしょ」
「生理現象だっつってんの!」
「スライム相手に必死こいてサキに助けてもらってたの今思い出してもウケる」
「そういやこのへんブルースライムしかいないらしいけどあの時見た緑のスライムってひょっとして・・・」
「うわばっちキモっくっさヴォェ」
「そんな風に言うなよな!」
「最悪な気分なので浄化されてきます・・・」
「いってら~」
「全く、女のションベンは聖水とか持て囃されるのに男のは汚物扱いだからなぁせこいよなぁ」
「両方ばっちいよ」
「お待たせしました」
「全然待ってないよ~」
お約束のやり取りをしつつ。あたしたちは町を歩いた。
「そういえば歌声をみなさんに披露なされたとか?私も聴きたかったです」
「この世界で一番最初にあたしの歌を聴いたのはステラさんだから。自慢して良いよ」
「ええ、そうさせてもらいますとも。思い出は墓まで持って行きますよ」
「墓か・・・そうだね」
そういえば、一度死んだあたしは墓を経由してるのかな。墓まで持って行くと決めた思い出たちは置いてきてしまったんだろうか。
「ふふっ」
気づくとステラさんの笑顔が近づいていた。
「なにかな?」
「アブさんにはまだまだ秘密が多そうですね」
「あたりまえさ。あたしはステラさんを飽きさせないために謎が謎を呼ぶ存在であらねばならないのだ」
「嘘でも嬉しいですよ」
「嘘じゃないさ」
「どうでしょう」
横に並び腕を絡ませながら歩く。嘘じゃない。そう手触りで伝えたかったのにステラさんはそれをのらりくらり躱しているように感じる。
「いじわる」
「あら、今更気が付いたんですの」
「あたしも鈍感側だったのか・・・」
「ええ、ご自身のことは特に」
「う~ん、ある意味偏ってるのは自覚してるよ。でも、誰にだってある要素が少しだけ大きかったりする。それって個性の範疇じゃないかな」
「そうですか?アブさんは相当変わりものですよ」
「あたしね・・・こっちに、ルルイエに来てから思うんだ。蜥蜴の人とか、木霊種の人とか、翼の生えた恋人とかと出会えて、あたしはそこまで特別な存在じゃなかったんだなってちょっとほっとしてる。ステラさんは博識だから知ってるだろうけど、男と女って人が世代交代によって生物としての多様性を保つために存在するんだってさ」
「ええ、存じております」
「あたしの元居たとこじゃ多様性って言葉は昔はそういう使われ方だったのに、いつしか言葉だけが独り歩きして男と女の枠からはみ出したマイノリティをさすようになっちゃった。だから、多様性っていう言葉って嫌いなんだよね。あたしはあたしでしかないのに、その新しい言葉の意味に無理矢理組み込まれたように感じてとても居心地が悪かった」
「アブさん・・・」
「それに抵抗するのはあたしが表現者を続けられてる理由の一つでもあるから、むしろやりがいはあったけどね」
口にして気づいた想いがある。確かに感じた熱の根源を。
「今思えばそう、その気持ちこそが大事、か・・・それはどこに行っても失われるものじゃないな」
少なくとも墓には置いてきていない。
「一つ、見つかったようですね」
「あたしには謎が多いな」
「ええ、とても」
風がとても気持ちよかった。
「ただいま~。食材買ってきたから料理作るよ~」
「おかえり~。どこ行ってきたんだ?」
「その辺ぶらついてカフェ行って茶しばきながらおしゃべり!」
「稼いでんのにやることはそれかい」
「そういった時間こそが何物にも代えがたいのだよ」
「人生謳歌してるねえ」
「でしょ」
早速、料理本を開いて作り方を確認しながら作る。
「えっと、塩とラゾ油を少々・・・」
「ラゾって昨日食べたソテーか。出現頻度高い食材だな」
「実物見たことないけど羊とか牛みたいな存在なんじゃない?」
「ラゾは大地の恵みじゃ。無駄になる場所が一つもない」
リョーマが顔芸&声芸しているがマジで何が元ネタか分からん。
「何そのふ〇ぎ発見の現地の人みたいなの」
「貴重なたんぱく源だー」
そうこうしてるうちに料理ができた。
「でけた!盛り付けヨロ」
「うまそう!」
4人で盛り付ける。お品書きはチャーハンとサラダと鶏肉の香草焼きとコンソメスープだ。
「野菜出汁っていう概念あるんだって思ったけど普通に粉末で売ってたわ」
「うめ~」
「でも、4人も居たら毎回料理するのも大変じゃないか?」
「我々基本生活力低いもんね」
今日は気合入ってるから何とかなってるが、面倒くさくなって明日は買ってきたパンとハム並べて終わりっていう未来が見える。
「言霊で何とかなんないの?」
「そんな便利なもんじゃないよ。周辺環境を5秒ぐらいしか操作できないし。料理ってやっぱ熱と時間を支配してこそって感じじゃない」
「時間っていうとダンディの第2スキルか?」
「まだ使い方が不明だ・・・」
「300年間使い手なしってのが痛いよね。知ってる人が誰もいない」
「長生きしてそうなビゼリさんに聞いてみるか」
「まあそれはそれとして、家事をやってくれる人を雇うってのも手ではあるね。我々は元の生活力が低い上に更に異世界に関する常識も乏しいわけだし」
「んじゃ誰か見つかるまでは分担ってことで」
マジであたし以外のメンツちゃんと家事出来るのか不安なんだけど。あたしも別に得意じゃないからな。
「今日生活雑貨とか買いに行く途中、工房寄ってきたんだけど楽器の製作は順調そうだったぜ。いくつかできてたっぽいから前金払って持って帰ったった」
そう言うとマジックバッグから竪琴のような楽器を取り出す。多分リラかな?
「あとカスタネットとタンバリン、シンバル各種、トライアングル、カウベル、クラベス・・・」
「おーいいね。食器片したら音出ししよう」
「もち!今日はそのために帰ってきたんだよな?」
「その通り!」
結局宿には一度も泊まらなかったな・・・。
「あーそういえば郵便届いてたわ、これ」
リョーマがロビーの机の上に放置されていた書簡をわざわざ持ってきた。
「嫌な予感・・・」
あたしは封蝋を開けて中を確認する。
5国間ダンジョン攻略協議会事務局 より
公式通達書
宛先:吟遊詩人 アブミ・ニジカワ 様
発行日:王国歴621年 第6月15日
拝啓 盛夏の候、貴殿におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたび、五大国共同による「ダンジョン攻略協議会」は、貴殿を吟遊詩人候補者代表として、下記日程にて開催される戦略協議会議へのご臨席を賜りたく、ここに正式にご招待申し上げます。
近時、吟遊詩人が果たし得る戦術的価値はとどまることを知らず、貴殿らの将来を見据えた展望とともに現地勢力との協調体制の構築においても期待されるところであります。
つきましては、協議会として以下の議題について吟遊詩人当事者達の意見を求めたく、貴殿及び該当候補者3名のご出席を強く希望する次第です。
【議題】
一、各国所属クランにおける吟遊詩人枠の編成と割当基準
一、協議会監修による戦略的配置および自由派遣制度の是非
一、該当候補者に対する中立性保証および活動支援案の提示
以下うんぬんかんぬん
「赤紙来ちゃった・・・」




