第12話 交渉
「さて何から話そうか」
冒険者ギルドの防音打ち合わせスペースであたしと向き合っているのはボロゾ・カーン。商業都市連合ヴァルファゴの派遣クラン『幻影の刃』のリーダーだ。
「迷宮攻略の現状について、あたしの認識が合っているかどうか確認させていただいてもよろしいですか?」
「いいよ、話してみて」
あたしはヴァルファゴが既に吟遊詩人を擁しており、攻略で他国より一歩先を行っていることや、我々が吟遊詩人のジョブを明かすと5カ国間で交渉が始まる可能性が高いことを認知しており、おおよその方針を決めていることを伝えた。
「なるほど、そちらの認識は正しい。既に僕たち含む5カ国は交渉権を巡る会議を調整中だ」
「では、なぜそれに先んじて我々と交渉を?」
「それは君たちの存在を最初に発見し、5カ国に情報としてもたらしたのはヴァルファゴだからだ。交渉のファーストコンタクトを行う権利は会議をやらずともうちに決まっている」
商業都市連合という括りで見れば情報網に優位性があるのはヴァルファゴだろう。今思い返してみれば、あの楽器屋も怪しかったな。リョーマの話だとあの後、店を畳んで休業したらしい。
「・・・確かに、あり得る話で筋は通っていますね」
「僕に言わせりゃ人材のみならず他の情報収集も怠る方がどうかしてるよ」
「それで、我々が応じるかはさておき、どういった契約をお望みで」
「大まかなプランは3つある。1つは4人全員と契約する道。2つ目は4人のうち誰か1人と契約する道。3つ目は誰とも契約しないことだ」
「1つ目のプランについて条件をお聞かせ願えますか?」
「いいだろう、基本報酬は1人当たり月に金貨10枚で貢献度による歩合で上昇する。戦利品は吟遊詩人専用のものに限り無料で分配。その他は売却予定価格の半額で優先買取権がある」
「少々お待ち下さい。冒険者ギルドの吟遊詩人の借り入れ上限は金貨100枚で返済期間は3か月です。上限まで借金した場合の返済ペースで見ると基本報酬はその3分の1を下回っています。この点についてどのようにお考えですか?」
「君たちは駆け出しと聞いている。育成枠も兼ねての金額だ。歩合制は青天井だよ。基本報酬を伸ばしたければ、実績を積んだうえで更新の際に交渉してくれ。それとも上限まで借金する予定があったりするのかい?」
「我々は既に1人1日金貨2枚ペースで稼いでいます。週に4日の場合、1人月金貨30枚は稼ぐことができる計算です。上限まで借金をする予定はありませんが、収入が下がるのは看過できません。歩合制についても評価基準が曖昧です」
「多少収入が下がっても、このプランなら4人で行動できるよ?仲間と離れるのは不安じゃないのかい」
「4人で同じパーティに配属されるわけでもないですし、3人は1軍に入れずに飼い殺しの未来が見えます。それに、他の4国に睨まれる方がお互いにリスクでしょう」
「ははっよく分かっている。このプランはボツだ。上の指示ほどつまらない物はない」
ボロゾは持っていた紙を一枚放り投げた。それは空間の隙間に吸い込まれ消えてしまった。
ここまではお通しだ。おそらく本題は次。
「2番目のプランについてですが、これに関してはあたしがお世話になる事が内々で決定しております。勿論、そちらでお抱えしている吟遊詩人が他所へ異動になる事が前提ですが」
「条件に関しては確認しなくて良いの?」
「うちのメンバーと通じて他国クランとコンタクトを取る手段を用意して、他と比較した際に不利な条件でなければ合意できるものと思います。もちろん随時見直しが可能な条件でという前提ですが」
「ふむ、周到だね。感心するよ」
「そちらもまだ方針は決定しておられないのでしょうか?」
「無論決めれることは決めているけど、4国の動き次第だ。こればっかりは賽がどう転ぶか分からない」
「状況の共有ありがとうございます」
「では3つ目のプランについては話す必要はないね。このまま現職の吟遊詩人が移動しなければそういった話にはなるけど、その際はご縁がなかったってことだ。とはいえ、前向きに考えてくれているという意志は感じたからね。質問があれば話せる範囲で教えてあげるよ」
「では、ダンジョン攻略における吟遊詩人の優位性について教えてください」
一瞬呆気にとられたボロゾだったが、すぐに表情を戻した。
「おいおい、駆け出しだとは聞いたがここまでだとはね。だけど、僕は弁の立つ人が好きだ。その胆力に免じて教えてあげるとしよう。1番はなんと言ってもヘイトコントロールを行う呪歌『鏡像のレゾナンス』の存在だろう。こいつは対象のヘイトをもう一人の対象に擦り付けることができる。他のジョブでもヘイトコントロールを行うスキルはあるが、稼いだヘイトをそのまま載せちまうのはこの呪歌だけだ。ヒーラーやメイジを守ったり、タンク役を交代したり戦術の幅という面でも申し分ない性能だ」
地味だ・・・!凄いんだろうけど。
「他にも詠唱時間と組成式展開、再使用時間を短縮する『縮約のスタッカート』、MPを継続回復する『魔泉のアルペジオ』が代表的かな。今言った3つだけでもおつりがくる性能をしている。本当に吟遊詩人様々だ」
「ありがとうございました。大変勉強になります。ですが、知識の無さについては貴方の様な方が青田刈りと囲い込みを行っていることが原因では?」
「それは、その通りだ。攻略が吟遊詩人頼みにならなければこんな事も無いんだけど」
「同意いたします。改善できるような戦術が開発されるのを期待します」
すると、ボロゾは怪訝そうな表情を見せた。
「そんなことになれば、自分の利益が損なわれるだろう。それについて思うところはないのかい?」
「現状は過剰かと」
これは嘘偽りのないあたしの感想だ。吟遊詩人は保護され過ぎている。
「ふむ、誰しもが高みを目指したいわけではないか・・・」
そう溢したボロゾは少し寂しそうだった。
(夢中になれる何かがある身としてはものすごく共感できるんだけどな)
表現者、音楽家としてならともかく、吟遊詩人、ひいては冒険者としての道は自分の軸として取り込むにはまだ日が浅い。楽器を初めて触れた次の日にプロとのセッションに臨むようなものだ。
「ま、今日は挨拶代わりだ。君たちが本当に駆け出しだということが分かっただけよしとしよう」
「それはご期待に沿えず申し訳ありません」
「あとは待つが良いさ。近いうちに他国を交えた交渉に関する連絡が届くはずだ」
「承知しました」
「じゃあまたね」
「はーーー、なんで駆け出しなのに攻略最前線クランと交渉しなきゃならないの!」
「お疲れ様っす」
「疲れたもおおん!まじむり」
「報酬でも見て元気出すっす。とても駆け出しが稼ぐような額じゃないっすよ」
「ありがと・・・」
まあ、借金完済した上に手元にも結構残ったし薬草はかなり濡れ手に粟の金策だったのは確かだ。
「事前に方針を決めておいてよかったよ。やっぱ交渉って根回しと答えを用意してるかどうかが9割だね」
今回は根回しする余裕はなかったが。これからは先手を打つべきか?
「冒険者の中にもアホじゃない奴がたまに居るっすね」
「いや、ボロゾさんも案外アツいとこあるタイプだと見たね」
「内に秘めたるアホっすか・・・なるほど、そういうのもありっすね」
ミーナさんは相変わらずだ。
そうこうしているとリョーマとダンディとサキがやってきた。
「おーいアブ」
「みんなじゃん」
「『幻影の刃』と交渉してたんだって?どんな面か拝みたかったんだが」
「う~ん、職業柄なのか知らないけど何の特徴もない人だった。でも、やっぱクランのリーダーやってるだけあって貫禄あったよ」
「最前線ともなれば気合の入り方も違うだろうしな。俺達との温度差ギャップで心臓発作起こさないといいけどな」
「そこは時間をかけて埋めていきましょう」
「お、巻き込まれてる割にはちょっと相手の肩持ちたくなってる?」
「どーせ逆らえないなら友好な関係を築きたいってだけ。それは他のクランに対してもおんなじ」
「そういうもんかねえ」
「てか、吟遊詩人って優遇され過ぎ。他のジョブでもなんとかできるような戦術が開発されて然るべきよ」
「そりゃ俺たち以外が頑張んないとだな・・・」
「それはまあ、分かってる」
「あーそういえば。昼にやった演奏の反響凄かったぞ。やるんだったら見たかった~って顔見知りも言ってたから次やるなら告知した方が良いんじゃないか」
「あーそうだね。店側とその辺すり合わせるためにもう1回行くか。ご飯食べ損ねちゃったし」
「遅めのランチと洒落こむか」
「おー」
「どこ行ってたのよ!あのままどっか行っちゃうなんて信じられない!」
「いや~ごめんって。ラゾ肉のソテーとベランサラダ1つ」
「納豆パスタ」
「あるのかよ・・・」
「あるわよ!馬鹿にしないで!」
取り敢えず腹ごしらえだ。
「しかし、あの言霊の使い方は感心したな。まるでプロジェクションマッピングじゃん」
「しかも消費MPも大したことなくて意外と苦にならないんだよね。情景描写は言うまでもないけど、内面の歌詞でもインスピレーションが湧いてくるっていうか。魅せたい自分になっていくイメージ?」
「前は小道具作ったり色々やってたもんな。ああいうのの手間が省けるのは良いことだぜ」
「あれはあれで楽しくやれてたけどね~」
もうなんか遠き日の思い出みたいになってるけどまだこっち来て5~6日しかたってないんだよな。
「元の世界でできないこともできるようになってこっち来た甲斐があったってもんだわ」
「怪我の功名ってやつだな」
「怪我どころか死んでんだけど」
「フッ、全く冗談きついぜ」
男2人が冗談を言い合ってるのを見てそろそろ自分の感情に向き合う余裕が出てきたのではと思い始めた。気持ちを整理するために何もしない時間が必要だな。
「は~明日はゆっくりしよう」
「不動産屋さん行かないと」
「あっ忘れてた。ナイスアシスト、サキ」
「おいおい、ずっと宿暮らしは流石に気を遣うんだぞ。アブだけずっといいとこ泊まれてせこいよな~」
「じゃあリョーマも彼女作ればいいじゃん」
「おまっくっそ!できないの分かってて無茶苦茶言いやがって!」
「別に無茶苦茶じゃないって、理想が高すぎるからだよ。最初から結婚とかまで考えてんじゃないの?」
「悪いかよ!孫の結婚相手の3次面接まで考えとるわ!」
「キモすぎ」
「ぐぬぬ・・・」
「あの・・・」
あたしとリョーマが言い争っていると、ウェイトレスさんが話しかけてきた。
リョーマとは目を合わせようとしない。
「あなた、格好良かったわよ・・・。次も期待してるから」
「おう、ありがとな!」
「なるべく毎日通いなさいよね!」
「ああ、まだメニュー全制覇してないからな!」
ナ、ナチュラル鈍感野郎・・・。
「突っ込む気すら失せるわ」
「納豆うめー」




