第1話 Dead End Invocation
濁川鐙は資産家の末娘として生まれ、金銭的な不自由なく愛情をもって育てられた。
奇矯な面は多分にしてあったが、殊更、他人と違うところを挙げるとすれば、男のそれと女のそれ、両性を有していたことだろう。
それにより周囲から奇異の目で見られることも多かったが、持ち前の明るさとどんなに周りと比べられても自分は自分でしかないとの両親の教えで克服していった。次第に、どうして人は他人と違うところを見つけると恐れ、嗤い、攻撃したりするんだろうと考えるようになり、マイノリティへの差別が人間の本能や淘汰によって生み出されたものだということを社会や文献によって理解する。
ならば私は 人の心に波紋を広げ 投げかける石のようで或りたい
そして表現者への道を歩み始める。
「それがどーしてこうなったか・・・」
目の前に広がっているのは木がまばらに生えている開けた平野。遠目に見える大きな町へ向かう馬車らしきものが何台か見える。太陽の位置からして時刻は正午あたりだろうか。どこからどう見ても美女の風貌をしたあたしは極光色に輝く髪を風に棚引かせ、空に虹を架けた。
「ここどこ?」
「ぐえ~死んだンゴ~!あれ?なんともねえ!」
「何が起こっている・・・?」
近くで倒れていたバンドメンバーが起き出した。
我々は直前まで馴染みのハコでライブ中だったはずだ。そして、胸に銃弾を受けて倒れたはずだった。今も肺を満たす血の感触を覚えている。みんな似たような状況だったのに妙に落ち着いてるのは頭のネジが何本か飛んでる変人揃いだからだろうか。あたしも負けてはないが、みんなよりは繊細だと思う。
「ウッ!ゲホゲホ!」
思い出したらむせてしまった。
落ち着いて深呼吸すると震えも収まってきた。ここはマインドセットの活用どころだろう。
「アブ、だいじょぶ?」
顔を顰めながら心配そうな台詞を吐いた黒のゴシックファッションに身を包み、デスメイクを施したこの子の名前は朽名沙希。超イケてるうちのドラム担当。なんか特異体質らしく腕っぷしがめっぽう強く、あとディスってるわけじゃないけど相当頭が弱い。ので守ってもらいつつ守ってあげないといけない間柄なのだ。いわゆる共生ってやつ?本人の性格もあって会話は少ないが、付き合いも長いしバンドの中では一番信頼関係を築けてると思う。サキって呼んでる。
「ダイジョブダイジョブ!でもなんか状況は全然大丈夫じゃないっぽい?」
「それな!あ!やっべこのカブトムシ30cmぐらいあんぞ!見たことない形してんじゃん!クッソ珍し・・・あ、逃げちまった」
この髪を銀に染め、色黒で多動でうるさいのは舎利弗亮磨。うちのギター兼キーボード担当。落ち着きのなさと引き換えに手に入れた人間離れした聴覚を活かして、音源の作成やステージの音作りを任せている。悪いやつじゃないので慣れてくるとこのうるさいのも味。顔は悪くないのにノンデリと理想の高さが足を引っ張っていまだ童貞らしい。
「昆虫好きのリョーマが見たことないなら新種?」
「う~ん、図鑑は持ってっけど別にこの世の昆虫全てを知ってるわけじゃねえしなぁ」
「およそ地球上には存在しそうにないであろう生態系・・・。我々の直前の状況」
「この状況を鑑みるに、やっぱここって死後の世界とか?」
「異世界かもな」
ダンディがかぶせ気味にそうつぶやくのが聞こえた。ハードボイルドなこの男は48才独身。ジャック・ダンディと名乗っているが本名は不明。うちのベースをやっている。腕前は確かだ。正直なところ年齢差もあって、あまり深入りしてまで私生活のことは聞けていない。編曲のアイディアとかは出して貰ってるし音楽のことなら真面目に語り合える仲ではある。常に余裕のある彼も今ばかりは緊張の走った面持ちだ。
「異世界?」
「根拠はあるのか?」
「さあな、ただあそこに見える大きな町に向かうべきだろう」
ダンディは遠目に見える見るからに町と言わんばかりの人口建造物密集地帯を指さして言った。
「それについては異論なしかな。歩きながら話そうか」
「歩くのだるう~」
「ヤニ切れんの早すぎだろサキ。あ、ちょっと俺ションベン行ってくるわ」
「はーこれだからモラ男は」
「うるせ~!生理現象だっつ!」
ガニ股で近くの草むらに歩いていくリョーマを後目にこれからの事を考える。
今も異常な状態が絶賛継続中ではあるが、町に着いたとて異世界と仮定するのであれば言語や文化の壁もあるかもしれない。心構えとして備えておくに越したことは無いだろう。死後の世界であるなら大人しく沙汰を下されもしよう。思えばいつ死んでもいいように悔いなく生きたと思う。ただ、
「死ぬなら今じゃないんだよな~」
「どうした急に」
「急でもないけど~?」
「それはそう」
やりたいことの青写真はあったはずなのに道半ばで途絶えてしまったこと。もう二度と会えないかもしれない人が急に増えたこと。仲間だけは隣にいること。色々が重なって視界が涙で滲んできた。
「アブはすぐ泣く~」
確かにライブの度に感極まってる気はするけども。
「男なら涙を拭え」
ダンディはそう言ってウィットに富んだアメリカンジョークを添えてハンカチーフを差し出した。何の変哲もないハンドタオルだがなぜかハンカチーフと呼ばなければ礼を失する気がする。
「ありがと。ぶええ。でも、そういう都合のいい使い分けは好きじゃないなあ」
「一挙両得だろ?酸いも甘いも」
「・・・うん、あたし頑張る」
そう、両親が付けてくれたこの鐙という名前は二足の草鞋で跳ね馬を乗りこなせという願いが込められていると、そう伝えられた。どんな時でも自分であらなければならないと決意を新たにした。
「ぎゃああああ!!!」
すると突然リョーマの叫び声が聞こえてきた。全速力でこっちに走ってくる姿が見えているが、その腕にはなにやら緑色のぷよぷよしたものがへばりついている。
「俺のションベンがな~~主である俺をな~~!」
と意味不明なことを供述しているがただ事ではなさそうだ。
「そのグミっぽいやつから殺気を感じる。リョーマ。動かないで」
「ハイッ!」
サキが言うとリョーマは直立不動の姿勢を取った。サキはリョーマの左腕に巻き付いてる半液体状のものを一瞥しておもむろに腰からドラムスティックを取り出し、それをまるで蠅叩きのように打ち据えた。
パァン!
気持ちのいい音とともに液体がはじけて爆散した。
「よっしゃナイスぅ~!」
「いい音したね」
「うわ散ってきた。リョーマこれのことションベンとか言ってなかったっけ?ばっちいんだけど」
「いや、冷静になってみればこんな色の出てたらビョーキだし流石に気づくと思うから違うわ・・・」
「だよね」
「スライムだな」
ダンディが呟いた。
「知っているのか、ダンディ(劇画調)」
「広く知られてるモンスターの一種だ」
「ゲームとかによく出るやつだよね」
説明されるまでもなく存在は知っている。だが現実に出くわすとなると知識とすぐに結びつかないことは稀にある。
「断定はできないが、異世界説が強まったな」
それからしばらく歩いていたら、ここに来る直前の話になった。正直思い出したくないけど反省はしないといけないので顧みることにする。
我々音楽バンド『St.Orange Strangers』(オレンジストリート・ストレンジャーズ、或いはストレンジ・ストレンジャーズ)は結成されて3年。一応社会人バンドの体でやっていたが、活動してみると思いのほかのめり込み過ぎてガチ化してメンバーもちょいちょい入れ替えながらやってた感じのバンドであり、プチバズしてDEI団体に目を付けられコネクションと金銭的支援と引き換えに傘下に入るよう打診を受けたのだったが、あたし含めメンバー全員がこれを拒否。ライブ中に仲良く凶弾に倒れるのであった。ちーん。
「あの代表のステロイドハゲ女、うさんくせえと思ったんだよなぁ」
「初対面の時に脳天砕いとけばよかった」
「ナンセンスだ」
「他責も結構だけど、悪かった点も挙げよっか」
こういう手法はリハの合間によくやるが、今回はどうしてこのように理不尽に殺されなければいけなかったかについて焦点を絞って話し合うことにする。
「逃げなかったこと」
「相手の規模を見誤ったから判断が遅れたのよね?」
「クレカの決済権とか握ってるっぽいとこから推察できたか?」
「いや~きついって。どこぞの探偵じゃあるまいし」
「仮に逃げたとして隠れなかったらまた見つかる」
「じゃあ実質活動不可能に陥ってたってわけか」
「誘いに乗ったふりをしてやり過ごすのが良かった?」
「あんなもんに一時的にでも迎合したら翼もがれるだけじゃなくリモコンゾンビ化しちまうわ。そもそもそんな手間暇かけて俺達を手懐けたところで、それだけの利用価値があると思えないけどな」
「彼らの目的がまず判明してないね。団体としてはマイノリティの地位向上を謳ってはいるけど」
「正直、我々を殺害するメリットがあるのか?」
「ん~、シナリオライティング的な観点でよくあるのは、殺したうえで英雄に仕立て上げることかな。敵対勢力の犯行に見せかける工作的なのもセットで」
「「それだ」」
男二人が意気投合したように声を揃える。
「んま~あくまで状況による仮説の一つでしかないからね。男性陣は陰謀論とか気を付けるように」
「得心のいく答えではある」
「たとえ事実とは違っていたとしても筋は通っている。確かめようがない話じゃあるけど、俺は暫定として自分の死因になにがしかの理由は欲しいね」
「陰謀論ついでに言うけどステハゲも所詮、誰かの傀儡の可能性はあるからね」
「ステロイドハゲじゃなくてストレスハゲだったのか。でも片棒担いでる以上、同情はしねえ!」
サキが黙っていたが、手を挙げて発言した。
「途中からなにもわからない」
「あのハゲがゴミってこと」
「それぐらいはわかる」
「それだけ分かってりゃ十分よ」
「あとアブも男性陣じゃない?」
「天才か?」
男性3名、女性2名、計4名。そろそろ一行は町へ着く。




