聖女として無理矢理召喚され散々な目にあったたので、魔王の力て元の世界に帰して貰いました。
キュムキュム
「アキコ、和道一文字ゲームやろー」
「いーよー。負けた方が修学旅行の班決めでオタクグループに入るなら」
「…それでやろ!そんじゃ、あたしがオッケーと言うまで、何を聞かれても和道一文字って答えて。準備はいい?」
「和道一文字!」
キュムキュム
「海賊狩りの剣士が三刀流をやる時、いつも口に咥えてるのは?」
「和道一文字!」
「薬で小さくなった名探偵の本名は?」
「和道一文字!」
「バイクにまたがるバッタの改造人間、1号と2号の苗字を続けて言うと?」
「和道一文字!」
「運命の五王子、最初に死んだのは?」
「和道一文字!」
「砕け」
「和道一文字!」
「それは紛れもなくやつさ」
「和道一文字!」
「今、何問目?」
「和道一文字!」
キュムキュム
『聖女よ、私の声が聞こえるか?どうか、貴女の名前を教えて欲しい。そして、私達の世界を救って欲しい』
「はい、あたしは黒柳テツコです、…キシャー!」
「和道一文字!」
下校中、突然天からイケボが聞こえてきたかと思ったら、テツコが異世界へ拉致された。空中にブラックホールみたいな穴が開き(私はブラックホールなんて見たことない。漫画的な表現のアレと思ってね)、テツコは自分の親指を噛み締めながらサルの様な悲鳴を上げて吸い込まれてしまった。
どうやら、相手に名前を伝えると契約が成立してしまう系の聖女召喚だった模様。和道一文字ゲームに集中して無かったら、私も危なかったかも。
グッバイテツコ。貴女は私の思い出の中で生きていってね。多分、明日から行方不明扱いになって色々と面倒になるけど、私は知らないフリを貫き通すと心に決めた。部活や受験に使う時間を削るわけには行かないから。
そして、翌日。
いつもの様に通学路をパルクールしていると、聞き慣れた足音が近づいてきた。
キュムキュム
「アキコー!ただいまー!」
テツコ、生きとったんかいワレ!
「聞いてよアキコ!王国に召喚されたんだけど、扱いが最悪で」
「和道一文字!」
「…オッケー。昨日のゲームはあたしの負けでいいから、普通に話を聞いて」
「勝った。んじゃテツコ、オタクグループの班よろしくね。それで、テツコ先輩は何年ぐらいアチラの世界に?」
「年は取ってねえよ!ほら、これを見て!」
テツコは私の目の前に右手の親指を突き出した。親指の先には歯型がクッキリと付いていた。
「異世界へ転送される前に、とっさに親指を噛んでおいたのよ。そんて、帰ってきたらこの身体に歯型が残っていた。だから、あたしの肉体は一日分しか老けてないし、ちゃんと元の世界へ帰ってこられたって訳よ。向こうでは数カ月暮らしていたけど」
ほえー、あの時親指噛んでいたのはブスの巨人に変身して助かろうとしていたとかじゃなくて、こちらの世界に帰れた時の為だったのか。
「まー、テツコが指噛んでいた理由はどうでもいいや。それで、向こうで受けた酷い仕打ちについて詳しく」
「うん、あっちへ着いて早々に、イケボの王子から元の世界へは帰せないって言われてね…」
(ホワンホワンホワ〜ン)
「すまない、君を元の世界へはうんぬん、でも、私が責任持って幸せにかんぬん」
聖女召喚モノのお決まりのセリフを言う王子に腹が立ったが、誘拐だと文句を言ったり、顔面にグーパンしたりは出来なかった。
だって、相手は人間一人異世界へ連れ去る力を持った存在だよ?デスゲーム主催者にたてつくよりもずっとリスキーじゃない?アキコならどうする?え、文句言って殴って自力で帰る?出来るか馬鹿!少なくともあたしは出来なかった。王子を殴れたとしても、その直後周りの兵士にボコられるのが目に見えていたし、自分に聖女パワーがある実感もそれを使って無双するイメージもこの時は湧いて来なかった。オシッコ漏らすのを我慢してしっかり話を聞くしか出来なかった。
「聖女よ私が必ず君を幸せにする。だが、それには魔王を倒し平和を勝ち取る必要がある。これは、君にしか出来ない事なんだ」
「は、はい。それであたしは何をすれば?」
「聖女の祈りは我らに力を与える。我々が魔物を討伐する時に、君は後ろで私達の為に祈って欲しい」
「分かりました。そ、それで…魔王倒して余裕が出来たらあたしを元の世界へ帰す方法とかを…」
「君がそれを望むなら、善処しよう」
って訳で、あたしと王子と乙女ゲーム風イケメンズでの魔王退治の旅が始まった。
「聖女よ、ハッスルを唱えてくれ」
「ハッスルハッスル!」
「こっちのバリアが切れた!パワーアップ大至急!」
「パワーアップてオー!」
あたしのバフ魔法詠唱を受けてイケメン達は次々と魔族に奪われていた土地を取り戻していった。そして、旅の中で王子だけではなく、他のイケメンとも仲良くなっていってそれなりに楽しかったわ。あ、寝てないからね。お散歩デートまでだからね。
まあ、楽しかったかな。イケメン逆ハーレムの日々は。聖女の力を使っても身体に負担も無かったし。あっちの世界が中世にしては快適な環境だったし。最悪、一生こちらに居てもいいかなーって思ってた。
騙されてると知ったあの日まではね!キシャー!
残すは魔王城攻略のみとなった夜。野営中のバーベキュー食べ過ぎでウンコしたくなったあたしは、深夜に目覚めてこっそり仮設トイレへ向かった。でも仮設トイレは鍵がかかってて、中では聞き慣れたイケボ数人の声が漏れていた。
「もうすぐこの戦争も終わりますね。しかし、あの女も馬鹿ですね。我々には既に婚約者が居るのに、結婚出来ると本気で思い込んでる」
「くーくくく、隣に立っていた和道一文字さんならともかく、あんなションベン臭い女誰が結婚するものか!」
「全くですぜ!殿下、魔王を倒して役目を終えたら薬漬けにして色々実験していいっすか?」
彼らが私と仲良くなっていたのは上辺だけだと知ったあたしは、仮設トイレにドロップキックしてその場から逃げ出した。王子達の悲鳴を無視して暗闇の中を走り続けると、牛の頭をした巨大な魔物と出会ってしまった。
「ンモー」
「ひっ、多分ミノタウロス!多分強い!あたしオワタ!」
仲間にバフかけるしか出来ないあたしに魔王城近辺の魔物を倒す力は無い。今更引き返して王子に助けを求めても後で消されるの確定だろうし、仮説トイレまで逃げるのをこのミノタウロスが許すとも思えない。
「うわーん!くそ、クソ、糞ー!」
パンツの中身を投げつけて抵抗したけど、あっさりと回避され、ミノタウロスは私を担いで魔王城へと向かって歩き出した。
きっと公開処刑されるんだ。魔王側から見て、あたし戦犯だもん。そう思ったのだけど、着いたらご飯と新しいパンツくれた。
「モグモグ。って何で?」
「ンモー」
「日本語てオケ」
「すまぬな。その男は人間の言葉が話せぬのだ。余が説明しよう」
王子よりもイケボな魔族が現れて、あたしに語りだした。恐らくは魔王。あたしのその推理は正しかったとすぐに判明する。
「余はバルトス。この最終砦の責任者にして、人間の侵略に抵抗する『少数民族連合国軍』の元帥だ。人間が言う所さんの魔王だな」
「ご丁寧な自己紹介ありがとうございます。それで、あたしはこの最後の晩餐の後にどんな殺され方をするんですか?」
「君は厄介な存在だが、君自身に罪は無い。よって、元の世界へ帰す事にした」
「へ?か、帰れるんです?」
「魔術に関しては我らの方が人間より上だ。聖女召喚こそ出来んが帰還の魔術なら可能だ。相手が数時間無抵抗でいなければならないがな」
それを聞いたあたしは、残ってる食事を全部流し込み、テーブルの上をハイハイで進みながら魔王へ詰め寄った。
「それマ?マ?」
「マ。しかし、良いのか?共に旅をして絆を深めた王子達を裏切る事になるぞ?」
「構わねえ!てか、あいつらが先に約束破ってるのよ!」
あたしが仮設トイレで聞いた話を伝えると、魔王はやはりなと呟き呆れた顔をした。
「異世界の醜き小娘よりも同族の美しい女と平和を享受したい気持ちは分からなくもないが…本当に愚かだな、この時代の人間は。百八十年前に余を封印した勇者達は、聖女をもう少しはマシな扱いをしていたぞ」
「この世界、何度も聖女呼ばれてたんだ」
「うむ。あの時も余は聖女に元の世界へ帰してやろうと提案した。その聖女は仲間達が側に居たし、強い絆を築いていたから提案には乗ってこなかったがな」
「あたしは乗るよ。早く帰して」
魔王の方がまだ信頼出来ると思ったあたしは、文字通り悪魔に魂を売る選択をした。
「ンモー」
「ここに座ればいいのね?」
ミノタウロスに連れられ城の地下室へ行くと、床に魔法陣の書かれた部屋があった。あたしは魔法陣の真ん中にある椅子に座らされて待っこと数時間。
「スヤァスヤァ…んごっ」
いつの間にか寝てしまったらしい。気が付くと、帰還の魔法は既に発動し始めていた。あたしは足元から徐々に光に包まれ消えていく。
「魔王さん!こ、これ大丈夫だよね?」
「大丈夫だ。後三分もすれば帰れる。最後に良いものを見せてやろう」
魔王はミノタウロスに指示を出し、ミノタウロスはンモーと頷くと一旦部屋の外へ出て、ロープてグルグル巻きにされた仮設トイレを担いで戻ってきた。
「出せー!出せー!」
「ンモー」
「うわぁ!急に開けるなぁ!」
ミノタウロスがロープを引き千切り仮設トイレのドアを開けると、下痢便まみれの王子とその取り巻き五人が転がりだす。
「何だここは…魔王城じゃないか!くそ、クソ、糞!聖女さえ居れば逆にチャンスなのに!」
「あたしはここだよ」
「おお、聖女ぉ!…あ」
呼ばれたのて返事してやると、王子は首を半回転させてこちらを見るが、あたしの状況を見て笑顔はすぐに青ざめた。
「…あー、そういう事」
「うん、魔王に頼んて帰して貰える事になったのよ。後は自分達で何とかしなさい」
「聖女よすまなかった。我らはどうしても君を生理的に受け付けなかったんだ。あの時隣に居た和道一文字さんならギリ愛人として抱けたけど、君は無理だった。どうか許して欲しい」
「もうこの世界とはお別れだし、あんたらもこの世からお別れだからどうでもいいよ。じゃーね。あたしのバフ無しで魔王とその部下相手に頑張ってね」
「待てこのブス!そんなの、出来る訳…ぐへえっ」
イケボ王子の声は途中て途切れた。それはミノタウロスの斧が彼の頭を押しつぶしたからであり、あたしの身体が完全に消え去ったからだ。そして肉体が戻っていくのを感じると、あたしは自宅のベッドに居た。お母さんに状況を確認すると、昨日帰宅した後にそのままベッドへ飛び込んて寝ていたとの事。
こうして、あたしの異世界の旅は終わったのだった。
(ホワンホワンホワ〜ン)
キュムキュム
「…って感じ。アキコ、酷い奴らだと思わない?」
「テツコの話が本当ならね」
「本当だって!あたしが異世界行く瞬間見てたでしょ?」
「冷静に考えたら、宇宙人に連れ去られた可能性もあるじゃない」
「キシャー!本当だって!証拠もあるんだから!ほら!」
テツコは私の目の前でスカートを捲ってパンツを見せると、中に手を突っ込んで手紙を取り出した。
「見ろ!魔王がくれたパンツと、股布に挟まれてた手紙じゃーい!」
「その手紙、何が書いてあったの?」
「今から一緒に見よ!開けるよ、せーの!」
テツコが手紙の封を切った瞬間、切り口から光が溢れ出し、空中に立体映像が表示された。
『黒柳テツコさん、それから和田アキコさん、この度は申し訳ありませんでした』
『『『『『さーせんっした!!!』』』』』
全身クソまみれで頭に斧刺さったのイケボと、その仲間らしき人達が私達へむかって頭を下げていた。テツコから聞いた話に出てきた王子達だろうか。テツコは何で魔王から貰ったパンツのメッセージに王子達が出ているのかと驚いてるが、そっちは無視して私は王子の言葉に耳を傾けた。
『実は我々は既に聖女の力を借りずとも魔王を倒せる力を身につけていました。前回の魔王戦から百八十年、貴女達の世界で言えば大塩平八郎の乱からホリエモンの乱ぐらいの年月てす。魔王を倒せる力を得るには十分な期間でした』
そーいや、テツコが中世にしては快適な環境って言ってたな。この立体映像の事も踏まえると、下手すると私達の世界より発展してない?
『魔王に勝つだけの力を得た我々ですが、それでも確実に勝てる保証はどこにも無い。なので我々は一芝居打っ事にしたのです。そう、聖女に頼らねば勝てない上に聖女を蔑ろにする愚かな王国人であると思わせる作戦です。そして、その作戦は見事ハマり拠点に引きこもっていた魔王を撃破する事に成功しました』
そう言い、イケボは魔王らしき人物の生首とミノタウロスの生首を私達の前に見せつけた。テツコはショックを受けて白目を剥いている。
『我々六人は王子とその取り巻きではなく、魔王との決戦の為に作られたホムンクルス。そして、テツコさんは聖女の力なんて全く持っていません。ハッスルやパワーアップと言うのに合わせて我々が段階的に本気出してただけです』
「そ、そんな…、アキコ!ハッスルハッスル!どう?」
「テツコは変な呪文を唱えた!しかし何もおこらなかった」
「チクショー!キシャシャー!」
キュムキュムキュムキュム
地団駄を踏み怒り狂うテツコだったが、イケボ王子の続く言葉を聞き地団駄が止まる。
『あ、誤解をさせたのなら申し訳ありません。テツコさんは全く普通の日本人って訳ではありません。テツコさんが聖女役てなければ、この作戦はここまて上手く行かなかったでしょう』
「キシャ?や、やっぱり、あたしには秘められた力が?」
『この作戦で利用する聖女役に必要な条件は三つ。一つ目は何の力も持たず愚かで我々の思惑通りに自分が聖女と信じ込み、こちらの予想したタイミングで魔族に寝返ってくれる事。二つ目は、親しい友人や家族がおらず、拉致しても報復の恐れが無い事。三つ目はどんな非道な事をしても我々の心が傷まない様な性格と容姿をしている事。これら全てを満たすのは日本内でテツコさんだけでした』
「えっ?」
「ぷっ!」
テツコは間抜けに口を半開きにした。その光景を見せられた私は思わず笑ってしまう。だって、こんな見事なコント目の前で生で見せられたら笑うなって方が無理でしょ。
『テツコさん、我々の望む存在で居てくれてありがとうございます。ぶっちゃけ別に必要ではありませんでしたが、貴女のおかげでより早くより安全に戦争が終わらせられそうです。あ、我々に復讐しようとか考えても無駄ですよ?ここに居るホムンクルス達は私含め全員帰国後に廃棄される予定ですしお寿司、元々後半年ぐらいて寿命が来る存在なので』
『殿下ー、じゃなくてリーダー!城の魔族皆殺しにしたら、またションベンがしたくなったぜ!』
『分かった、すぐ行く。では、これで』
イケボエセ王子は、斧の刺さったままの頭を左右に揺らしながら仲間の待っている仮設トイレに入り、扉が閉まると六人分のオシッコの音が響き渡り映像は終了した。
「あー、色々とゴイスーだったね。私、聖女に見放されてから王国側が勝つ展開初めて見た」
「アキコ、あのさ」
「ん、何?」
「あいつらの話で、誰もあたしを救おうとしないみたいな事言ってたじゃん?つまり、アキコは目の前であたしが拉致されたのを見ながら、誰にもそれを伝えようとしなかった訳だよね?」
やべえ、イケボ達に復讐無理と悟ったテツコの怒りの矛先がこっちへ来た。
「私、朝練あるから急ぐね。とおーっ!」
私はパルクールて逃げの一手。私とテツコてはIQが30以上離れてるから、会話が通じるとは思えない。よって、ほとぼりが冷めるまで距離を取る!
キュムキュム
だが、テツコはしつこく追ってきた。
「待たんかいゴルア!普通、友人のピンチには駆けつけるやろがー!せめて、通報しろやー!」
「友人…?」
キュムキュムキュムキュム
テツコ加速!
ハローワールド、あたしだよ。
登場人物紹介だコノヤロウ。
【テツコ】
あたしだよ。あの後、男は顔じゃないと思ったあたしは、仲良くなったオタクグループの一人と結婚した。嫌なこと沢山あったけど、今はまあまあ楽しい。
【アキコ】
結果的にみたら、こいつが通報しなかったおかげで世間では大事にならずにずんだもんもあるし、許す事にした。でも、オタクくんと付き合う事になった時に「これでやっとテツコの世話係を辞める事が出来て私も嬉しい」とかほざいたから殴っておいた。なおノーダメだった。絶対聖女だろこいつ。
【イケボレンジャー】
修学旅行の帰りにパンツにまた手紙が入っていて、それによると帰国後に本当に全員寿命でバタバタ倒れ全滅したらしい。あたしにとっては酷い奴らだったけど、彼らはそう生きるしか出来なかったのだ。合掌。
【魔王とミノタウロス】
恩人と恩牛。貰ったパンツはあたしの宝物。安らかに眠れ。