1ページ目の内容はそれなりに
1ページ目はなんとなく覚えてる。
「ね!おすすめの本があるから読んで!」
そう言われて、なんとなく開いた一冊のファンタジー小説。
……でも私、異世界モノとかファンタジーって、正直そんなに得意じゃない。
しかも“貴族モノ”って……煌びやかなドレスとか、格式ばったセリフとか、ちょっと苦手。
小説の舞台は、シャンデリアが輝く洋風のホール。
黄色、緑、赤、青、紫――色とりどりのドレスを着た少女たちが、静かに並んでいる。
今日は「デビュタント」――社交界デビューの日らしい。
たしか、現実のデビュタントって純白のドレスだったような……?
……まあ、小説の世界ならではってことか。
「……手にグラスを」
その言葉にあわせて、人々がこの国の殿下にグラスを掲げる。
「我が皇族主催のデビュタントだ! さあ、みんな楽しんでいってくれ!」
「「「乾杯!」」」
(……うん、ここで脱落。)
登場人物は全員貴族。
“選ばれた者”しかいない世界。
自由もなく、庶民の気配すら感じられない。
……私の好みじゃないな。ってことで、即・本棚行き。
――だった、はずなのに。
目の前に広がっていたのは、あの――“途中で読むのをやめた小説”の世界だった。
これが転生ってやつ??
「…カレン……」
「カレン・ヴァン=フィオール!!」
「……は、はいっ!」
――そう。ここでの私は、「カレン・ヴァン=フィオール」。
異世界に転生したって気づくまで、実に18年もかかったんだから。
いちおう、前世の記憶は物心ついた時にはあった。
名前を呼ばれ、王室から成人祝いのティアラを受け取る。
今日までに何十回、何百回と練習したところだ。
―――絶対に失敗できない
なぜなら本番は国王陛下からじきじきにティアラを受け取ることになるからだ。
失敗したら家門の恥。周囲の視線も冷たくなるだろう。
階段を上り、国王陛下の前まで進んで一礼。
これも角度が決まっていて何回も練習した。
頭を下げてティアラを受け取る。そのまま頭を上げて、また一礼。
「成人おめでとう。」
「ありがとうございます。海より深い優しさを持つ国王陛下。」
階段をおり、ほかの令嬢と並んで立っていた場所に戻る。
(返事が少し遅れたけど…まあ大丈夫かな。)
なんとか無事終わってよかった。
(そういえば、国王陛下の後ろに皇子がいたな。)
確か、皇子は今年20歳になる。そろそろ結婚の話題が出てもおかしくないし
というか遅いくらい。
(婚約者が2年前くらいからいるけど)
不仲の噂も出ているくらいには交流が少ないようだ。
もしかしたら国王陛下は今日のデビュタント
(新たな婚約者候補を探すのも、目的だったり?)
成人した令嬢たちが全員ティアラを受け取り、ダンスの時間がそろそろ始まろうとしていた。
「今日はいつもよりも綺麗だ。カレン。」
「ありがとう、リンドもとっても素敵よ。」
リンド、リンド・シューレとは幼いころに両親が決めた婚約者ってやつだ。
光を透かすような新緑の髪に深緑の目の色、目の下には茶色のそばかすがある。
さわやかな見た目の通り、優しくて思いやりがあって、結婚相手としては、文句のつけようがない。
……でも、別に好きってわけじゃない。たぶん、これが“そういうもの”なんだろう。
正直、愛とか恋って面倒。だからある意味、この結婚は“効率的”だと思ってる。
パートナーと手を取り、ダンスを踊る。
このまま、家に決められた人と、結婚して、子供を産んで、
平凡でそこそこ幸せな人生を歩んでいくんだろうな。
異世界転生って知ったところで、小説の内容なんて覚えていないし。
(私にはここでなにかやろうって気概もないし。)
―――なによりも、面倒くさい。
「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
会場に鳴り響く悲鳴。その中心には泡を吹いて倒れている女性。
「毒を飲んだわ!」
「なんだって!?」
「いますぐ王宮医を呼んでくれ!」
バタバタと、人が走っていく。指揮を執っているのは皇子のようだ。
……どうやらこれは、始まってしまったようだ。
(はあ……今日こそは早く家に帰りたかったのに……)
――そう、ここは“あの小説”の1ページ目。
私の知らない物語の、本当の幕開けだった。
――あの日、本棚に戻したままの、結末も知らない物語の。