娯楽
リサント村への情報取集から帰ってきた俺たちは新たな問題に頭を悩ませていた。
「さて、どうしたものか…」
魔物と人間の両方が近づかないようにしていたこの拠点が人間の子供に入られてしまった。
何故入られたかは後で考えるとして、とりあえずこの子をどうするかを3人で考えることにした。
「この子供は殺したり、消したりという方法を取らないほうが良い」
そういって、俺は二人に訳を説明した。
おそらく、この子は今日向かった村の子供であるということ。この子供が行方不明になったとすれば村では騒ぎになり、捜索する人間がある程度やってくる。
そうなれば、この場所が見つかる危険性が出てくる。
「だから、村には返す代わりにこの場所の事を忘れさせたり、子供を利用できたりしないかと考えている」
「それなら、私の魔法で今日の記憶を消すことができますよ!」
リラが自信満々にそう言った。
「そうか、とりあえずここがバレるという問題は大丈夫そうだな。あとはこの子供に何か仕込めれば完璧だな……」
「それなら、私が偵察の時に使うことがある使い魔を彼に追従させる形で潜伏させましょうか?探知魔法や強力な魔法使いがいなければ気づかれることはありません。使い魔が見た、村で起こっている出来事や情報をこちらに送ることができると思います」
「危害を加えるわけではなく、情報媒体としての利用は良い案だな。二人ともそれぞれの魔法を使ったら、子供を村の近くに戻してくれ」
「では、私が彼を運んでおきます」
ヌグリがそう言って魔法を使って子供に処置を施し、森の入り口付近まで運んで行った。
それにしても、何故入られてしまったのだろうか。
寝床で眠る前に何故入られてしまったのかを考えることにした。
“圧倒的存在感の存在感の無さ”と”俺がいるだけで雰囲気が悪くなる事象”の二つが存在する中でどのようにして入ったのか?
子供はとても純粋で無邪気な生き物だ。
まだ人との繋がりがあって元気に遊んでいたことを思い出す。遥か昔だと感じるような記憶をたどりながら、子供のころ今と何が違うかを考えた。
子供は大人が気づかないような部分に気づくような洞察力の高さを持っている。
また、大人同士ならその場の空気というものが常に漂っていて、それをとても気にするが、子供はそんなものを気づかないほど無邪気である。
俺の長い年月をかけて生成された負のエネルギーを利用したフィールドが子供によって突破されてしまった。
意外なところに弱点や落とし穴があることに気づき、気を抜けないと思えた。
そして、明日の村の様子を考え、ソワソワしながら眠った。
朝になってヌグリから、村に帰った子供は帰りが遅いことを怒られていたが、森でのことについて詳しく話す様子はなかったと伝えられた。これで一安心である。
本日も城の建設を始めようと外に出たとき、あることに気づいた。
「ニートライフが始まっても、俺の生活を支えてきた娯楽たちが無い!!」
あの自堕落な生活のほとんどを構成していたパーツが欠落していた。この魔法の世界で科学や電子の力を研究しているような人間がいる可能性は少ない。
「なんとしても何かしらの娯楽を手に入れなければ……」
なので、ヌグリの使い魔から得られる情報の中でどのような娯楽があるのかを調べることにした。
聞くところによると、宴席のような夜の集まりや吟遊詩人が訪れて紡がれる詩や楽器の演奏、賭け事などの古くから存在するような娯楽ばかりだった。
前世でこれでもかというくらい、惰性を生み出す娯楽を知ってしまった俺にとっては物足りないものたちだった。
「現代的な娯楽がない。まあ、こっちに来てから現代も古代もないけど……」
いっそのこと、娯楽を作ってしまえばいいのではないか。そう思って、自分の記憶を辿り、この世界でもできそうなアナログな娯楽を思い出してみた。
真っ先に思いついたのは、オセロや将棋、トランプのようなボードゲーム。コンピューターと対戦できるもので何度か遊んだことがある。あとは、漫画やライトノベルのような創作物が思い浮かんだ。
ボードゲームは自分が知っているものをそのまま作ればよいが、それでは面白みに欠けて、元々知っている俺自身の楽しみが足りない。創作物に関しては俺にそんなものを作れるほど頭の中に豊かな世界が広がっていない。朝の来ない暗黒世界である。
「俺自身も楽しめる新しい娯楽はないのか。欲を言えば、飽きの来ない何度も楽しめる遊びが……」
頭を抱え、独り言を口に出すほどに悩んでいた時、一つの案が思い浮かんだ。
その案とは、カードゲームである。自分自身やり込んでいたというわけではないが、娯楽としてはスマホのアプリで気楽に遊べて楽しかった印象だ。
そして、なんといっても新しく作るゲームなので自分でルールを決めることができ、このゲームの世界の生物をモチーフにカードを新しく作れば半永久的に楽しめる。この世界にある娯楽からすると、人間達にとってとても刺激的なものになるに違いない!
俺は早速、ゲームのルールやカードのデザインを考え始めた。ゲームを考えたことなどない俺は記憶の中にあるカードゲームのルールやデザインをできるだけ引っ張り出して、ゲームを考えていた。
アイデアを思いつき引きこもっていたら、気づけば数日が経っていた。その間、何度かリラやヌグリが何をしているのかと、羽や耳を無意識に動かしながら興味深そうに見に来たが、そんなことは気にせず、一人で自分の考えたルールやカードのバランスを確認して、破綻がないかをずっと考えていた。
「魔王様~。毎日何されてるんですか~?」
「最近、周辺で特に異常はありませんが、最近外に出られていませんが、どうかされたのですか?」
そんな自分を気にする声に反応しつつも、目の前のことに集中していた。
そしてある日の昼頃、
「よし、やっと楽しくなった感じがしてきた。」
不器用に何度も試行錯誤し、自分が作ったゲームにある程度納得したので、二人を呼び出して見せることにした。
「二人とも、何日も引きこもっていてすまない。実はこれを作っていたんだ」
「そうだったんですね!最近全く外に出てこられなかったので、心配でしたよ~。それで、この紙の束はどんな物なのですか?」
久しぶりに面と向かって話したリラは安堵と興味の混じった顔で元気に質問をしてきた。
「これは俺の世界でカードゲームと呼ばれていたものでな、名前はそうだな……【モンスピ】だ。これは1対1で遊ぶものなんだ」
「何故、遊ぶ道具を作られたのですか?」
道具の用途が分かったヌグリはその目的について、こちらの考えに興味を持ちながら聞いてきた。
少し長い説明にはなるが…と前置きをしつつ俺は話を始めた。
「俺は前世で娯楽にどっぷりとハマっていた。なので、前世に負けないような娯楽を作って自分を満足させようとした。そして、それを使って人間達に干渉しようと考えた。これが流行れば、販売する我々に沢山の収益が入り、この遊びを通して様々な人間との話をしたり人間達のコミュニティに入ったりすることも容易になる」
「なるほど、様々な思惑があるのですね。我々にももっと早く教えてくだされば、協力したのですが……」
少し残念そうにヌグリが話す。
「そうだな……お前たちの反応がこの遊びの出来を示す指標になるから、ある程度完成するまで話さなかったんだ。二人にルールを教えるから、遊んでみて欲しい」
そういって二人に試作していたカードの束を一つずつ渡した。
ルールはシンプルで自分の僕と魔法で構成されたカードをお互いのターンに出し合って相手の体力や山札をなくした方が勝ち。カードの組み合わせやどこで切り札を出すのかをなどを考えて何度も遊べるのが醍醐味だ。
「カード?に沢山効果が書かれているで、悩んじゃいます。どうしよっかな~」
リラはそんなことを言いながら、盤面と手札を交互に見て悩ましそうな顔をしている。
一方ヌグリはカードのテキストを熟読して、対照的な悩み方をしている。
思いのほか、二人がゲームに集中してくれているので、面白く作れているのだと安心した。
何度か対戦した後、二人はそれぞれ楽しそうな表情でこちらに感想を話してくれた。
「沢山のカードが1枚だけだとそんなに考えることがないですが、2枚以上になってくると魔王様の魔法みたいに組み合わせを考えるのか楽しかったです!!」
「戦術を考えるという面では戦闘や偵察を行う時と同じようなものが感じられて面白いと感じました」
二人とも満足してくれた様子だったので、とても手ごたえを感じる……!
「あとは最後の問題を解決しないとな……」
このカードたちを人間達に流したいのだが、一つ問題があった。
今は魔王の中にある曖昧な記憶からモンスターの姿や魔法の見た目を頑張って模写したつもりだが、どうしてもカードとしての魅力に欠けてしまっている。
カードを売れるようにするために絵が達者な人間を連れてくる必要がありそうだ。