隠居生活
木々の間から刺す日の光で目を覚ました。
リラとヌグリは既に起きており、周辺の見回りや建材の運び入れをしていた。
人間に見つからないように対策もできたので、今日から全ての力と資源を城の建築に充てようと考えていると、ヌグリがこちらにやってきた。
「魔王様、我々が城を建てるにあたって段々と邪悪なオーラが、城周辺の地域に漂い始め、狂暴な魔物が集まりやすくなっています。このままでは、ここ一帯が危険地帯として目を付けられてしまいます」
確かに、魔王城という悪の総本山に狂暴な魔物は集まってくるよな……
「それは問題だな。この状態で王国に見つかったら、ひとたまりもない」
はてさてどうしたものか……。このエリアは見つかりづらくても、魔物が集まれば多くの兵士や冒険者が送り込まれてくるだろう。そうなれば、見つかるのは時間の問題だ。
「魔物達を退ける魔法を試してみよう。昨日のように前世の力を利用して魔物達が近づかない魔法を生み出す」
「我々では対処しきれないので、是非その方法を試してください」
ヌグリは少し期待した眼差しで言った。
そうと決まれば、前世の自分を思い浮かべながら、相性のよさそうな魔法を探す……
これでいこう。早速詠唱を始める。
「世界魔法【朧の霧】と前世での“俺がいるだけで雰囲気が悪くなる事象”を組み合わせる」
世界魔法は主に自然現象を起こすことができる魔法。他には知っている場所への瞬間移動や敵を察知するような取り回しの良い魔法がそろっている。
今回は【朧の霧】で微かな霧を発生させたところに、“俺がいるだけで雰囲気が悪くなる”という感覚的な不快感を与える効果を付与して辺りに広げる。
これによって、何故かわからないがこの地域にいたくないという感覚を無意識に植え付けることができるはずだ。
この魔法は知り合いや親しい関係の者には全く効かないようになっている。なぜなら、近くにいても不快感がないからだ。
1時間ほど経って、偵察から戻ってきたヌグリから、周辺に集まってきていたモンスター達は徐々にいなくなっているとの報告が入った。これでこの場所が目立つことは無くなっただろう。
それから1週間ほど過ぎ、魔王城の再建でトラブルは特になく、城は1階の広間や物置など大体の部屋が完成していた。これは全てリラが設計を行っており、彼女自身の【眷属召喚】も使用して建設を行ってくれている。
「魔王様!段々と城ができて壮観になってきましたね!人間に襲撃される心配も無さそうですし、人間の姿になって村や王国に潜入して情報を集めても良いかもしれません!」
確かに、安全なニートライフのためには、人間達の情報を得ないと安心はできないな。この一週間の食事は森の中で取れたものを食べていただけだったので、食料を調達するという意味でも人間の住んでいる場所に潜入してみるか。
「そうだな。俺とリラで村に行ってみるか」
暗黒魔法【惑わしの衣】を使い、他者から見える姿を偽装して人間だと認識される姿に変化させ、俺たちは王国の外れにあるリサント村へ向かった。
「魔王様は転生するまえはどんな人だったんですか?」
村に向かう道中でリラに前世の話について聞かれた。今まで、当たり前のように話していたが中身が違えばその人物の素性が気になるのは当たり前のことだろう。
リサント村はそれほど大きな村ではなかったが、王国の外れで独立しており、自分たちで農耕や牧畜を行って自分たちで生計を立てているようだ。
今回俺達は『冒険者の二人組』という設定で村にやってきた。
俺たちは魔王が倒されてからの状況が把握できていなかったので、村人に聞いてみることにした。
そのついでに食料を買おうと思ったので、野菜や肉を取り扱っている一軒小屋の店に入った。
その店内にいたこの店の店主らしき、少し年を重ねた中年くらいの女性に声をかけた。
「すまない。旅の食料を買いたいのだが」
「はい。野菜も肉もありますのでお好きなものをこちらにお持ちください」
「少し聞きたいこともあるのだが……」
と話を始めながら、品物を手に取っていく。
「それはどういったご用件でしょうか?」
「私たちは最近このヴァルトリアにやってきた冒険者なのだが、この地域に城を構えていた魔王が倒されたという話を聞いた。それはご存知か?」
「はい。もちろんです。今話題にあがる話といえば魔王関連の話ばかりです」
「では、それに関した話を聞きたいのだが、王国ではまだ魔王軍の残党や周辺地域の捜索は行っているのだろうか?もし、まだ続いているのならば王国で何かクエストを受けられないかと考えているのだが、どうだろうか?」
「そうですねえ……聞き伝えで聞いた話にはなりますが、王国は魔王を倒した勇者を称えてパレードを行っていると聞いています。それに、国を挙げて祝っているので今は毎日お祭り騒ぎで市場や酒場がとても賑わっているみたいです。現在、国から受けられる仕事自体がないかと思いますよ」
「なるほど、ありがとう。王国に向かう前にこの村で一息つこうと思ったので、様々な情報を見知っていそうなあなたに聞かせてもらった」
「いえいえ、こちらこそお買い上げありがとうございます」
そんなやり取りをして俺たちは食料をいくつか購入し、店を出た。
空がオレンジに染まった頃に城の場所まで戻ると、ヌグリが城の前でどうしたものかと困った表情で佇んでいた。
「おーい。戻ったぞ。ヌグリ、どうしたんだ?そんな顔をして」
「はい、実は……」
ヌグリはそういうと建設途中の城の中に俺たちを案内した。
なんとそこにはここに迷い込むはずのない人間の子供が、眠った状態で拘束されて檻に入れられていた。
ヌグリは俺を見上げながら言った。
「偵察を続けていたら森で遊んでいた人間の子供が迷い込んだようで……。魔王様、どうしましょう?」
(おいおい……なんでこの場所に人間がいるんだ。こいつを殺せば済む話でもないし、俺も元人間だし色々と憚られるものがある……)
俺たちは思いもしなかった来訪者によって、新たな問題が生まれてしまった。