最高だった生活
「今日も1日最高の日だったな」
俺は一人でそう呟いて目を閉じた。
ゴミまみれの部屋のベッドの上で一日を終える。
昼に起きては家でパソコンやスマホの画面と向き合ったままの一日。
そこには情報や娯楽が、ゴロゴロ転がっていて飽きることなく没頭していられる。
働くなんてもってのほかで、この有意義な時間を労働などに使いたくはない。
今日も一日動画鑑賞とネットサーフィンに費やし、最高の時間を過ごした。
こんなことを毎日続けて最高だと言うくらいには救いようのない生活をしている。
俺の名前は暗野 周佑 38歳
大学には通っていたが、それまでの学生生活と同じで友人など全くできず、一人で過ごす日々だった。
学校を卒業してから両親が他界し保険金を受け取った俺は、その金で10年以上ニート生活を送っている。
連絡をするような友人や親戚はいないし、強いて言うならばネット上でコミュニケーションを取るくらいだろうか。
とにかく自堕落に生きてきた俺は今更この生活をやめるなんて考えられないほど、ニート生活が体に染みついていた。
「ありがとうございました~」
たまに外に出ることはあるが、食料を買いにコンビニ行くくらいで、外に用事があるなんてことはない。
今日はもう何もしたくないし、帰って寝るか。そんなことを考えながら家に帰る。
この交差点を超えたら家がある。さっさと帰ろう。と、横断歩道の上をそそくさ歩いていると、横から眩しい光と共にトラックが突っ込んできた。為す術もなく俺ははねられてしまった。
朦朧とする意識の中でトラックの主が駆け寄ってくる感覚がある。目の前で「大丈夫ですか!」と声をかけられているが、もう助からないだろう。
すでに薄らいでいく意識の中で微かに聞こえる声を最後に意識が途絶えていった―――――――――――
「……ですか?」「……丈夫ですか?」「大丈夫ですか!?魔王様!」
(なんだ……?俺はもう死んだはずなのに、何度も大丈夫かって?見りゃわかるだろ。大丈夫じゃないんだよ……ってなんで俺、意識があるんだ?)
ふと目が覚めると目の前に褐色の女の子の顔があった。体を起こすとその女の子は人間ではないことがわかった。なぜなら、特徴的な羽や耳がついていたからだ。悪魔の子といえばしっくりくるだろうか。こっちを安心した顔で見つめながら、羽をぱたぱたさせている。元気で明るい少女といった感じだ。
気づけば森の中で俺は横たわっていたらしい。そういえばさっき、この子は俺のことを魔王様といっていたか……?
「やっと目を覚ましました~。勇者一行に倒されかけて、命からがら逃げてきて大変だったんですから!」
自分の頭に違和感を覚えて頭に触れてみると、角のようなものが生えていた。
どうやら、俺は何故か異世界の魔王として転生してしまったらしい。
そんなことより、最高だった俺のニートライフが失われてしまった……
いきなりボロボロの魔王に生まれ変わって何をしろというのだ……?
悪魔の子は、俺の方に向き直って言った、
「とにかく魔王軍再興の準備をしましょう!見つからないような場所に新たに拠点を置いて力を蓄えないと!」
どうやら魔王という立場上、放っておいてもらうこともできなさそうだ。
まずは自分の事を話して、この世界の事を知るしかない。
「すまない。俺は君の知っている魔王ではなくなっていると思う」
自分が転生した経緯と元の世界の事などを悪魔の子に伝えた––––––––––––––––。
「……えー!?死にそうだった魔王様のところにシュウスケさんの魂が宿ったってことですか!?」
「多分、そうことらしい。しかし、この身分ではどこに行っても危険が伴う。だから、君の言った通りとりあえず一緒に根城を構えようと思う」
(安心して寝られる場所がないとニート生活ができないからな……)
「自己紹介がまだでした。私はリラって言います!魔王軍が壊滅する前は魔王様の側近をしていました」
見かけによらず、魔王が側近にするほどの強力な能力をもっているのか……?
「なるほど、俺は前の魔王様とは違うだろうから気楽に話してくれると嬉しい。あと、この世界の事も教えてくれないか?いきなりこんな状態になって何もかもわからないんだ」
「確かにそうですね。どこから話しましょうか……まず、この地域一帯はヴァルトリアと呼ばれています。そして我々はこの地域の西端に城がありました。逆に東端の辺りにヴァルテイル王国があります。その王国から送り込まれた勇者一行によって、我々が壊滅状態にされてしまいました」
(ヴァルトリア、聞き覚えのある名前だな……そうか!ヴァルトリアは俺が昔プレイしていたゲームに出てくる場所の名前じゃないか!)
あのゲームはキャラごとにステータスが決められていたはず……そう考えた瞬間自分の目の前に見覚えのあるメニューが表示された。
魔王アルボレイ Lv50
▼スキル
▶世界魔法
▶暗黒魔法
自分に関する様々なステータスを見ることができた。
魔王というだけあって相当なステータスをしている。使える魔法も豊富だ。
俺はあまり悲観的にならなくても良いのかもしれない。これだけ強いステータスで俺が知っているゲームの世界なら、もう一度ニートライフが取り戻せるかもしれない……!
「そういえば魔王様!斥候長のヌグリが偵察から戻ってくるはずです!散り散りになった魔王軍の中で共に逃げ延びた側近です!」
もう一人仲間が生き残っていたらしい。丁度知りたかった周辺の状況を知れるのはありがたい。
しばらくすると、偵察者だと感じる格好の動物がやってきた。
「君がヌグリか?」
2頭身の獣人で狸のような模様が付いている。フサフサで気持ちよさそうな見た目をしている。
「魔王様、まさしく私がヌグリですが……どうなされました?」
かわいい見た目だが真面目そうな話し方で優秀な部下という感じがする。
彼に先ほどまでの事情を説明した。
「というわけで早速周辺の情報を聞かせてほしい」
「はい。現在我々が壊滅したことを受けてヴァルテイル王国が魔王城の周辺を調べているようです。そのため二つの城から離れた地を一時的な拠点にするのが良いかと思われます。現在我々はヴァルトリアの南方面にいるので、さらに南に進んだ地が良いかと思われます」
俺たちはヌグリの言う通り、南の地へ進んだ。
「よしこの辺で良いだろう。拠点は俺の暗黒魔法【眷属召喚】で材料を集めて作らせる」
魔法陣から現れたインプやバットというような下級モンスター達が材料を集め、仮拠点を作り始める。
薄々感じていたが、自分が前世で自堕落かつ負の循環のような生活をしていたことで自分の中に溜まっていた負のエネルギーがこの魔王の体と良い相性をもたらしているように感じる。
そして、それを今から試してみる。
「暗黒魔法【常闇の領域】と前世での“圧倒的存在感の無さ”を組み合わせる」
『変異魔法を習得:暗黒魔法【闇陰の帯域】』
脳内で新たな魔法の誕生を告げるアナウンスのようなものが聞こえる。
詠唱を終えた俺はリラに向き直って言った。
「リラ、一度拠点から目を逸らしてみてくれ」
「はい……ってあれ!?私たちの拠点は!?」
キョロキョロと周りを見回すリラ。
「あ!あった!ありましたよ!なんでこんなに見つからなかったのですか?」
(そこまで見つからないとは……自分が一人で学生生活を送った理由を目の当たりにしている気分だ……。)
「俺の前世の力を組み合わせて魔法を使ってみたんだ。思いのほか上手くいった」
常闇の領域は側近達のような闇属性の味方を強化する領域を展開する魔法だったが、俺を負の側面を構成していた“圧倒的存在感の無さ”で誰にも見つからない領域を展開する魔法へと変化させた。
「前の魔王城って禍々しい雰囲気で建っていたけど、この場所には全く禍々しさや恐ろしさがない……じめじめしたような雰囲気ですね」
そんなことを言ってヌグリは少し残念そうに拠点を見ていた。
(間接的に俺の悪口を言わないでくれ……悪気はないんだろうけど)
確かこのゲームは1日のMPに限りがあったので、慎重に使わなければいけないが、誰にも見つかっていない状態で俺の存在感の無さがあれば、MPを魔王城再建に全て使っても問題はないだろう。
しばらく俺が自堕落に生活していても、襲撃のリスクはほとんどない。これはニートライフへの第1歩だ。
「とりあえず寝床はできたことだし、今日は寝る。お前たちも気を張っていただろうから、今日は休めよ」
そういって俺は木と草で作られたベッドに寝転ぶ。
「「了解しました」」
「リラ、今の魔王様は前よりも強力なパワーを感じるが、何かこう覇気のようなものがなくなったように感じないか?」
「確かに変わったなあって思いますけど、魔王様がいなければ私たちも行き場を失ったモンスターになっていたかもって考えたら、良くないですか?」
「まあ……それはそうだが……」
ヌグリは少し不服そうに返した。
「まあ、とりあえず今日は休みましょう!」
こうして俺たちは1日を終えた。