重荷。それは、おもしろいことが起きる、前触れなのかもしれない。
疲れたのね とめられないのね
わかる わかるよ
でもね 私の肩で眠るのだけはやめて
心地いいのもわかる
持たれたいのもわかる
でもね 私の肩で眠るのだけは ほんとやめて
私はね あなたの彼女じゃないの
赤の他人なの
あなたがね もうちょっと私のタイプだったら許したのかもしれないけど
残念なことに あなたは私のタイプじゃない
ごめんね
せめて前の座席に座ってる あのイケメンくらいかっこよかったら違ったのかもしれないけど
残念なことに あなたはイケメンじゃない
ごめんね
文句を言うならあなたのご先祖に言ってね
そういう私もね かわいいとか美人とかっていうタイプじゃないから
あまり人のことは言えないんだけど
ちょっと肩の温もりがうれしい
なんていう気持ちにはなれないの
あなたの頭は 私の重荷でしかない
だからね ほんとやめて
私だって疲れてるのよ
あなたみたいに寝たいのよ
先輩に気遣って 後輩にも気遣って
場を平和に維持していくの ほんと大変なんだから
こないだだって
あ 起きたのね よかった
と思ったらまた寝るのね
愚痴は勘弁してくださいって言いたかったのかしら
なら私の肩で寝るのも勘弁して
こないだね……
ダメね 愚痴を言おうとしても起きわないわ 違ったのかしら
だとすると 起きたくても起きられないほど
私の肩って心地いいのかしら
そうね きっとそう
今まで気づかなかったわ
それならこの才能を仕事につなげ 代金でも頂戴しようかしら
いい副業になるかもしれないわね
私の肩貸します!
一乗車につき八千円!
乗り換えありだと一万五千円!
(電車賃別)
儲かりそうね
軌道に乗ったら
今の本業辞めちゃいそう
なんて思ったら この状況嫌じゃなくなってきちゃった
お金ってすごいパワー
右隣りの人より 左隣の私を選んでくれたのね
よしよし 肩にある頭をなでなでしてあげる
なんていう気持ちになれちゃう
ただし なでなでありはプラス五千円!
うふふ 儲かるわね
お金に目がないのかな私って
否定できないわね
あ また起きたのね
ドアが開いたからかしら
あ 今度は自覚があったのか すいませんとお辞儀をしたのね
よかった あなたが節度ある人で
こちらこそ あなたにお貸し出来て良かったわ
肩の重荷が取れ 平和な日常が返ってきた
いいわね 平和が一番 心がスッキリ な気がしないのはなぜかしら
重荷があったほうが 人生おもしろかった気がする
そりゃね 平和が一番なんだけど
今の私は平和よりも おもしろいを求めているのかもしれないわね
おもしろいは平和につながるだろうし
と思ったら また 肩に重荷がやってきた
今言ったこと全部撤回
人生全然おもしろくない 重荷でしかない
逆にこの人 私のこと試してるのかしら
頭を何度も乗せてきたら どういう反応するんだろうって
軽い女に見られてたら嫌ね
肩をツンと動かさないだけ
やさしい女だと思っていて欲しいくらい
私も寝ちゃった体で 頭をコクっとしたついでに頭突きでもしてやろうかしら
ごめんなさいなんていいながら 目が覚めたろこのやろ ざまあみろ
なんて至福な気持ちになって 縁側でお茶をすする
なんで縁側が出てきたのかしら
でも想像すると悪くないわね
中庭のある平屋の縁側で 日向ぼっこしながらお茶をすする
これも意外と私の理想なのかもしれない
隣には旦那さんがいて 犬がいて 子供がいて
いいわね
現れるかな 将来の旦那さん
これがきっかけとなって この隣の方と結婚しました
なんてね
そういう人 いそうな気がする
この方とはあり得ないけど
チラッとしか見えなくなった 前の座席に座ってるあのイケメンならあり得たいくらいね
あそこに座ればよかった
ほんとイケメンに縁がないのよね
ここずっと イケメンが隣に座ったこともないんじゃないかしら
四人掛けのベンチシートで 私が端っこに座ってて もう一人の女性も端っこに座ってたら
絶対もう一人の女性の隣にイケメンは座ったりするのよね
私の隣に座るのはいつだってこういう人ばっか
理由はわかってるわよ でもそれほど不細工という分類でもないんだけどな私
自己評価が高いのかしら
世間の感覚とずれのある私が あのイケメンの肩を借りたら
即ツンされそうだわね
お金を払えばいいか
トータル二万円の出費
高いわね
出会いのきっかけとしては安いほうかしら
あのイケメンと結婚出来たら どんな生活が待ってるの
イケメンだから 気苦労が絶えなさそうね
毎日浮気を疑う生活は ちょっと嫌ね
私って イケメンにどんなイメージを持っているのかしら
イケメンだって 浮気しない人はたくさんいるはず
あのイケメンはどうなの
清潔感があって 逞しい感じで 一見浮気はしなさそうだけど
おもしろい感じはしないわね
やっぱり私は おもしろいを求めているのかもしれないわね
きっと 人生をおもしろくしたいのね
人生 おもしろくなるには……
まずやっぱり 重荷でしかないこの状況をどうにかしないとね
肩を動かしてツンとする
私の肩の上にいる男は ピクリともしない
ツンとする
ん?
そんな深い眠りについてるの?
どれだけ働いたの?
ツン
あれ
ツン
もうなんなの 絶対気づいてるでしょ
私を試すどころか 私に不快さを与えたいのね もう
ツンッ
全然ビクともしない
ツンッ
嫌な方ね
ツンッ
強めに
ツンッ!
もうなんなの!
私はヒュイッと前に屈む
ハ?
私に重荷という不快さを与えていた男は そのまま私の背中にへばりついてきた
ちょっと! かなり迷惑なんですけど!
私はヒョイッと立ち上がる
ハ?
私の背中にへばりついていた男は そのまま座席に倒れ込んだ
ふざけないで!
ちょっとあなた
倒れた男の体を揺らす
全然起きない
ちょっと! 起きなさいよ!
私はさらに強く男の体を揺らす
全然起きない
ちょっと!
ビクともしない
まさか
のまさかで
意識がない?
嘘でしょ 演技だったらやめて 全然おもしろくないから
ちょっと! ね!
ダメ 全然ダメ
まさかのまさかで
嘘でしょ
ほんとに意識ないの?
揺らしても 揺らしても 全然起きない
ね ね 起きなさいよ 演技じゃ笑えないよ ね なんか言ってよ
演技じゃないの?
ほんとに気を失ってるの?
やばい ほんとに?
だとしたら助けなきゃ!
誰か! お医者さんとかおられませんか!
みんな見ているだけでなにも反応がない
そりゃそうよね 私だって重荷を与えられてなかったら無反応にきまってる
でもさすがにここで無反応はあり得ない
こういう時どうすれば
そうだ さっき愚痴ろうとしたのよ
こないだ会社でね みんな恥ずかしいからか めんどくさそうにやっててさ
だから私が気を遣ってって ここで愚痴ってる場合じゃないわね
ADEじゃなかったAEDあれADEだったかしら もうどっちでもいいわ
私もなんだかんで恥ずかしがってやってたのよ あの救命装置はどこ?
見回しても見当たらない
人の隙間から あれだ! と思ったら緊急ボタンだった
でもあれでいい
ちょっと待っててね押してくるからと行こうとした時
僕は医者ではありませんが ある程度のことはできます
こ この方は 前の座席に座ってたイケメン
顔だけじゃなく 中身もイケメンだったのね
おもしろくなさそうとか言ってごめんね
ボタン押しに行こうとしたんですよね お願いします 僕はこの人を見ます
お お願いします
もしかして これがきっかけとなって私とこのイケメンは恋仲に?
ダ ダメ こんな時に 何を考えてるの
今はこの重荷の方の救護措置が最優先
私は人を掻い潜ってボタンを押しに行く
胸を高鳴らせながら
ダメ なにを高鳴らせてるの
そんなことあるわけないでしょ
私は足早にボタンを押しに行く
スキップをしながら
ダメ 何スキップなんてしているの
不謹慎だと思われる
気持ちを抑えて私 ウキウキしたら負けよ
私がイケメンと縁なんてあるわけないんだから
そうよ あったとするならそれは詐欺
あの重荷とイケメンで 私をはめようとしてるのよ
ダメ はめられてもいいと思っている私がいる
あのイケメン がたいもよかったから 消防士かなにかかしら
きっとそうね
消防士にはめられた私……
おもしろいかもしれない
いける 今が私の転換期
これがきっかけとなって 私は消防士と結婚しました
でもお金だけむさぼられて捨てられました
騙されているとわかっていたんですけど とめられなかったんです
それほど愛してしまったんです 消防士のことを
なんて言ってみたいわね
今よりはるかに壮絶な人生
待ってて 私の壮絶なおもしろ人生……
私は 緊急ボタンをしっかり押した
ウキウキする気持ちを抑えながら