副委員長は結論を付ける
「知っている――その通りだよ。私は日浦舞菜を殺した犯人を知っている。……知っているのではなくて、気付いたというべきだろうね」
「……早乙女?」
「私はずっと、その人のことを見ていたから」
「…………」
「その優しさや、柔和な笑顔、落ち着いた声音……。入学してからずっと、私は見てきた」
目の色を変えた早乙女の姿は、学校の中でも、病院でも目にした。
三葉をライバル視していた早乙女とはかけ離れた乙女な表情を初めて見たときは違和感しかなかったけれど、次第に慣れていった。
いつの日だったっけ。
確か、入学式の後とか、そんな時期だった。
「だからこそ知っている。あの人は、三葉さんを見る時だけ怯えた顔をすることを」
風の音が、一層声の深みを増して伝えてくる。
「三葉さんが車に轢かれたと聞いて、確信に近付いた。何かあるなって」
病院で一緒だった優しい大人。
「……正気か? 本気で、お前は本気で秦さんを犯人だと思っているのか!?」
僕らの学校の人気事務員、秦さん。
秦悠臣さん。
はた、はるおみ。
はる……?
「秦さん以外に、いないんだよ」
「いない?」
「犯人と呼べそうな人が」
中学校を大回りするルートで道を進む中、国道を横断する信号で立ち止まった。
僕の目の前で三葉が轢かれそうになった位置から少し離れた場所。
「はぁ?」
まったく分からないと、額の汗を拭う。暑さのせいか苛立ちやすくなっているようで、話を急かしてしまっている。
「三葉さんの事故当時のアリバイだけを見ても、十分に辿り着けてしまうんだけれどね」
早乙女は三葉の事故の件を、事件として捉えていた。
あれは故意に起きたもので、三葉を殺す目的を持っていたのだと。
「警察からの連絡が学校に入る前、秦さんは学校にいなかった」
「いなかった?」
「あの日――八月十二日に三葉さんが赤いスポーツカーで狙われたその時、秦さんに明確なアリバイがないってこと。……サッカー部のマネージャーをしている二年生の女の子に聞いたから間違いない」
感情を忘れてしまったかのような無表情。
淡々と話す早乙女の態度は、憧れている人の話をしているそれではない。
およそ好きな人の話をする時に相応しい表情じゃない。
「……待ってくれよ。ちょっと待ってくれ、早乙女。お前は秦さんが犯人だってことに違和感を覚えたりしないのか?」
既婚者だろうと関係がないと言っていた相手に、そこまで容赦なく疑いをかけられるものなのか?
ああでもない、こうでもないと独り言を繰り返している早乙女の言葉の中に、秦さんが犯人ではないという内容はまったく聞こえない。
「違和感? 違和感なんてあるに決まってる。どうにも曖昧な部分があってね」
僕のした質問に対して返ってきたのは、意図していたものとは違っていた。いまだに推理中らしい。
早乙女は僕を見て言う。
「最初から整理しよう。日浦舞菜が死んだのは三年前の八月。死因は頚部圧迫による窒息死となっている。発見されたのは中学校の裏山だ。ここまでで疑うようなところはどこにもない」
「う、うん……?」
「警察では自殺ということで片付けられた。動機は実に曖昧。恋愛に失敗しただの、学業に挫折したとか、そんなのだ。……風丘くんは直接日浦家にて彼女の遺した日記を読んだんだろう? 感想はどうだった?」
「どうして知ってるんだ!?」
日浦家へは突発的に行っただけで、誰にも言った覚えはない。報告もしていない。インターホンを押すまでにかなりの時間はかかったけれど、その間に人が通った様子も気配もなかったはずだ。
しかし早乙女はその質問に答えるのではなく、僕からの返答を待っていた。
少し、睨みつけるように。
観念した僕は、嫌々ながら日記を読んだ感覚を呼び起こした。
「感想か……。とりとめもないことを一言ずつ書いてあるくらいで、日記というか、メモに近い内容だったよ。大学の話とか、三葉の話とか」
「恋人の有無は?」
「まったくなかった。ただ、亡くなる直前の、最後の内容はちょっと不思議な感じがしたな……」
さよなら、夏。
とだけ書かれた謎の文面。
夏の部分は書き直された跡があり、書き直す前には春と書いてあった。
春。
はる。
はた、はるおみ。
たった一文から解釈するなら、秦さんが日浦舞菜さんと関係していると読み取れる。日浦さんも僕らの通う――秦さんが事務を務める中学の出身だ。秦さんと何か関わりがあったとしてもおかしくはない。
例えば、恋人関係、とか。
だけど、そう関連付けているのは僕らだけで、実際は何の関係もなかったら……。
「関連がないとは言い切れない。それは三葉さんが証明してくれたじゃない」
そうだ。
日浦舞菜の真似を続けて来た三葉に、秦さんは反応していたのだから、関係がないと言うのは無理がある。三葉は日浦舞菜の事件の犯人を見つける為に自分の中学時代を捧げてまで見つけようとしていたのだ。
じゃあ、三葉は犯人を――秦さんを誘き出してどうしようって言うんだ?
「そんなの、決まってるでしょ」
裏山の出口――あるいは入口――に辿り着いた僕たちは、駐輪場に自転車を止めた。駐輪場には長年使われていなさそうな自転車が二台、恐らく捨てられている。
きちんと自転車の鍵を閉めた早乙女は、僕をちらりと横目で見てから裏山へと足を踏み出した。
犯人を誘き出してやりたい。
早乙女は口には出さなかったが、表情は詳細を物語っていた。
三葉がやろうとしていることを、僕たちで止めてやらなければ。
犯人にされるであろうことを、僕たちで止めなければ。
舗装された道を通って山を登る。
踏み固められただけと言っても間違いがなさそうな道を、早乙女が先導して歩き、その後ろを僕が行く。
どうも女子を盾にしている感が否めないけれど、早乙女は自分の前に誰かがいるのが苦手らしい。
「苦手っていうか、どうしても苛立っちゃうのよね。私より先にいる人を見ると、すごく不服」
てっきり早乙女よりも秀でている人間が嫌いなのだと思っていたが、そう言われると精神疾患の要素なのではないだろうか。
まったく酷い性格だ。
「だから、本当は、人助けなんて私の性に合わないんだけどさ」
ざくざく、と足元の乾いた地面を踏む音を聞きながら、どこにいるか分からない三葉を探す。まっすぐに頂上を目指していないあたり、早乙女にも三葉たちの居場所を完全に読んでいるわけではないようだ。
「なぁ早乙女、秦さんが日浦舞菜さんを殺したって、どの時点で思い至ったんだ?」
道らしき道をおよそ登山向きではない服装で歩くのは辛い。スニーカーの底が時たま滑るので足元が危うい。早乙女はサンダルなのにふらつく様子はまったく見られない。
ただ、息が切れ始めているので僕の問いへの返答には時間が必要だった。
「どの時点……? そうね。三葉さんが事故に遭って、お見舞いに行った時から少しずつ疑い始めて、三年前の日浦舞菜の自殺の件を調べていたら確信に近付いたって感じ?」
日記の内容からしても、
三葉を見る秦さんの目からしても、
十分に怪しいとは、確かに言える。
動悸だって、かつて恋人同士だったことから推測を始めたってありすぎるほどに考えられる。
他人同士に繋がりができてしまえば、確執だって生まれる。
「とにかく、早く彼女を見つけないと危険だわ。もう手遅れだってことも……」
「それを言い出したらキリがない。何がなんでも、まずは探そう」
「そうね」
中学校の裏山を、足を止めることなく進む。
大した高さのある山ではないから、直線ルートで一時間もあれば登って下りることができる山だ。
そろそろ頂上か、頂上から見下ろしながら探せば見つけるのも早いだろうという早乙女の案によって、ひとまずひたすら真っ直ぐに頂上を目指していた。
「頂上についたら、どっちの方面から探そうか。二手に分かれて探すのは危険よね」
犯人と対峙するのだからね、と息を切らしつつも休むつもりのない早乙女は、僕の前を歩きながら手の甲で汗を拭った。裏山登山の体力は問題ないけれど、八月の終わりの登山である。暑さが体力を奪っていく。
もう少し人員を増やせばよかったか。例えば鈴姉とか……と僕も額から流れてくる汗をシャツの袖で拭いながら破天荒な姉のことを思う。
三葉が本当に秦さんをおびき出して日浦舞菜さんの死の真相を聞き出し、復讐を果たそうとしているなら危険すぎるし、おびき出された秦さんに反撃される可能性の方があまりにも高い。
どちらにしたって、僕と早乙女だけで止められるとは到底思えない。
思えないのに、来てしまった。
鈴姉に助力求める余裕もないままに。
……鈴姉がいたところで、止められるとは限らないのに。
姉を何だと思っているんだ、僕は。
これから起こるであろうシリアス展開に備えて脳内の鈴姉を追い出しておかないと大変なことになりそうだと、頭を振り払って脳内の鈴姉には出て行ってもらおうと考えていたところで、目の前の早乙女の背中にぶつかった。
なんだよ、とわずかな怒りが声に出そうになったが、早乙女が背中から僕を押していく。目の前から距離を取ろうとしている必死さを感じて、文句を言う気がなくなった。
そんな早乙女の肩越しに、見えてしまった。
ぐったりとした顔で横たわる三葉莉胡と、秦悠臣の後ろ姿が。
過去と現在の文体を揃えるところから始めました…
今回から最近書いたものが混ざりました。
次回から解決編。そして新規に書いています。
8/31
最終話間に合っていないので、次回更新は週明け月曜日を目指します。
申し訳ございません。




