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委員長を見かける

「残りも走るのですか?」

「いや、もう疲れたから、後は歩いて行こうかと」


 いくら走りやすい格好をしてきたとは言え、マラソン向きの格好とはとてもではないが言えなかった。汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。


「そうですか。ではここが丁度よい休憩所になったわけですね」

「休憩所になったのは三葉が出てきてくれたおかげというか……」


 三葉が僕を見つけて声を掛けてくれなければ、タオルもお茶も出てくることはなかったのだ。万全の準備ではなかった僕自身に非があるのは明白だけれど。

 ともあれこれ以上の長居は無用と判断して、僕は三葉と別れて心臓破りの坂を歩いて上ることにした。徒歩では心臓が破れるほどの苦労はもちろん無くて、ようやっと折り返し地点に差し掛かった。

 坂を上りきっただけなのに達成感があるのはきっと、小学生時代を思い起こしているからだろう。あの頃の心臓破りの坂はその名の通りで、小さいながらに死を垣間見た気がした(今思えばそんなことで見るなと言いたい)。


 上り切った地点で振り返り、三葉の家を見る。

 三葉の姿は、ない。


 少しだけ寂しいような気がした。

 民家の多かった前半の道程と違って後半に民家はゴール付近まで戻らなければほとんどない。のどかな風景が広がり、木陰が一気に増える場所でもある。何本も木が立ち並ぶ道を、スピードを落として歩く。夏の熱い風が、涼しく感じる。


 当たり前の夏を、僕は迎えている。


 日浦舞菜さんが迎えられなかった日を僕は生きていて、舞菜さんの代わりに三葉が舞菜さんを真似て過ごしている。

 僕は三葉を三葉だと認識して接しているけれど、三葉本人は自身のことを誰だと意識しているのだろうかと、ふと疑問に思った。


 三葉莉胡なのか。

 それとも日浦舞菜だと思い込んでいるのか。


 もうすぐ二時になろうかという時間。太陽は真上に位置し、地面の温度を上昇させていく。

 強い日差しに体力を奪われている中で、どうやってこれまでの整理が出来ると考えたのかと後悔していた。手紙のことから始まり、日浦舞菜さんのこと。本来ならばこの二つのことだけで良かったはずなのに、三葉に会ったからか、舞菜さんの過去と繋がっていたからか、どうしてもこればかりを考えてしまう。


 日浦舞菜さんに似ているからなのか。

 それとも三葉莉胡だからなのか。


 まとめようとして走っているのに、まったくまとまる気配がなかった。

 三葉の家の前で折り返しておけばよかった。残り半分を行く理由を失ってしまい、それでも歩き続ける僕は、こうなったら走ってしまおうと、なぜか全速力でゴールである小学校の裏門を目指した。

 坂を上ったなら、あとは下るだけ。

 長いと思われた道程は成長した自分の歩幅と全速力によってあっという間に縮まっていて、小学校の校舎がもう見えていた。次第に住宅地に入り、ゴールも近い。このままさらに加速しようか維持しようかが迷いどころだ……。

 三葉には歩いて行くと言い、自分でも残りは徒歩でと決めたのにあっさりと破っているのだから、いっそ加速してゴールしてしまうことにした。体力はギリギリといったところだろうか。まぁ、どこかの影で休めば帰りの体力ぐらいは回復するだろう。

 ロールプレイングで宿屋代くらいすぐに稼げるだろう、に似たノリで僕は小学校の裏門に到着し、ゴールした。小学校当時よりも楽になった気がするのは、単純に成長して体力が増えたからか。

 グラウンドで少年野球に勤しむ子どもには、負けるだろうけれど。

 肩が上下するほど荒れた息を整えて、家路に着く。

 来た道をそのまま帰るのもどうかと思って、中学校方面に移動して現在使用中の通学路から帰ることにした。

 郵便局があって、住宅地が密集した細い道を抜ける。途中の駄菓子屋さんは今でも遠足や修学旅行でお世話になっている。当然夏休み中の小学生たちが群がっていて、お金を持たない僕に用はない。

細い道が終わると神社の参道に出た。

 左手にそびえ立つ赤い鳥居。

 参拝はしたことはないけれど、よく境内で遊んだりしていた――みんなが遊んでいるのをただ見ていた――覚えがある。

 砂利を蹴り上げたり、走りまわったりして遊んでいるのを、僕は見ていた。

 体が弱くて遊びに参加出来なかったのではなくて、僕の役割が保護者的立ち位置というか、傍観する立場だったというか、そういう認定を受けているようなものだったし、決して誰も僕を誘わない選択を取らなかった。


 誘われるのが嫌なのではない。

 遊びに参加したかったのかと聞かれても、どうだろう。鈴姉ほど体を動かしたいとは思っていない。


 あだ名が「お父さん」なわけでもない。けれど、誰かが一度間違えて僕を「兄ちゃん」と呼んだ奴がいた。

 いや、それはいいとして。

 せっかく神社の近くに来たのだから、初めての参拝をしてみてもいいのでは。一銭も持っていないけど、神様そこは勘弁してください。

 鳥居の左側を通って、境内に入る。小さな神社だから社が近い。そこに、先客がいた。

 二礼二拍手一礼の作法を忠実に守った後ろ姿。

 白のワンピースが印象的なその姿から、一瞬三葉だと思った。けれど、三葉はワンピースではなかったはず。よく似た人かと思って一歩踏み出すと、その人は振り返る。


 ――三葉に似た、けれど年上の、女の人。


 優しそうな目と合う。

 緊張から息を飲んだ。

 まさか、そんな。

 ありえない。

 三葉によく似たその人は、にこりと微笑む。



『ハル 二 キヲツケテ』



 そんな声が聞こえたような気がして、もう一度聞き返そうとさらに一歩踏み出す。砂利の音が邪魔だ。

 直接耳に届いたような、風に乗って流れてきた何らかの音が届いたような、そんな曖昧な声に思える音。頭に流れてきたような気もする。


「もう一回、言って……うわっ!?」


 木々が大きく揺れるほど強い風が吹いて、視界が遮られた。腕で襲いかかる腕を防いだことで三葉によく似た人が見えなくなってしまった。

 案の定というか、三葉に似た人は見えなくなっていて、神社の境内には僕一人だけ。


「…………」


 いたよな?

 確かにいたよな?

 誰かが。

 女の人が。

 白いワンピースを着た人が。

 三葉莉胡によく似た人が。


 ――日浦舞菜に似た、その人が。


「あ、あれ……?」


 同じことが、裏山でもあった。

 鈴姉と遭遇して、それから、声が聞こえた。

 いやいやいやいや! 待て待て待て待て! 思考を停止させるんだ、風丘真音!

 ここは神社だ! お寺じゃないんだ! 死人が出てくるなんてない! 出てきても神様だろう!?

 よって、

 僕は何も見なかった。




見なかった。見なかった。

見なかった。見なかった。見なかった。

見なかった。見なかった。見なかった。見なかった。見なかった。

見なかった。見なかった。見なかった。見なかった。見なかった。

見ていない。何も、見ていない。




 さっきまで流していた汗とは種類の違う汗が額から頬へ流れる。汗が流れるのと同じタイミングで熱が引いていく。腕には鳥肌。

 一気に血の気が引いた。


 僕はもしかして、すごい経験をしているんじゃないだろうかと、寒気を感じる腕をさすった。


「あ、風丘くん!」


 気の強い声が聞こえた。自転車を止める音と、こちらへと走り寄る音に、やっと僕は振り返った。


「ねぇ、三葉さん見なかった? 何回電話しても出なくってさ」


 スマホを片手に境内中を見渡す早乙女未樹は、僕の隣まで来るとスマホを操作して誰かに電話しているのか、耳に当てていた。


「三葉さんと図書館で勉強する約束をしていたんだけれど、さっきから連絡取れないんだよね」

「三葉? 三葉ならさっき会ったところだけど……」

「はぁ!? 何それ、信じられないんですけど? だって三葉さんから誘ってきたのよ?」


 全力で怪訝な表情をする早乙女は、スマホの画面を僕に見せつけた。

 発信履歴と上部にあるその画面のすべてが、三葉莉胡の名前で埋め尽くされていた。まだ携帯電話すら持っていない僕からすれば、羨ましい画面でもあると同時に、お互いに番号を交換しあっていた事実に驚いた。

 三葉はともかく、早乙女が三葉と連絡を取り合ったりしているのか……。一緒に図書館で勉強しに行く約束をしていたと言っていたし、この二人は僕が思っている以上に仲が良いのかもしれない。


「それよりも風丘くんや。顔が真っ青だけれど、ここで何かあったのかい?」


 汗の量が尋常じゃないよ? と僕の顔を覗きこまれて、まだ余韻を引きずっていたことに気付いた。声だけじゃない。姿までバッチリ脳裏に焼き付いている。

 今しがた起きたことを早乙女に話すと、やっぱりというかなんというか、「はぁ!?」という声を上げた。


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