「一緒にやらん?」と友だちが笑顔で持ってきたのは流行りのゲームのニセモンでした。
「なあ、新しいゲーム買ってん。一緒にやらん?」
かつて花札の製造・販売をしていた某ゲームメーカーが作った、魔物を従え戦わせるゲームが世界的にヒットした。老若男女、幅広い層に受け入れられたのだが、ヒットに比例して、変な紛い物もたくさん世に生み出された。この日、シゲルがユウキを誘ったゲームもその一つだった。
「ええけどなんてゲームなん?」
「ニセットモンスター」
「タイトルだっさ! なにそれ、略したらニセモンやん、ダサすぎて草生えるわ」
「『腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット30回2セットを毎日続けて、目指せモンスター級ボディービルダー』が正式名称らしい」
「どんなタイトルやねんそれ! あと、そんなトレーニング量で目指せるか! ええとこ細マッチョや」
「せやねん、量がちょっと足りひんねん」
「だいぶ足りんわ! ちなみにどこのゲームなんそれ?」
「Juntendo」
「駅伝強豪校やないか! 名前だけやねん似てるの。でも、そのゲームどうしたん?」
「フリマアプリで500円やったから買ってみてん」
「あら、お安い! ワンコインやないの」
「せやろ? ワンコインならクソゲーでも話のネタになるかなと思ってさ、買ってみたらさ」
「クソゲーやったか?」
「無理ゲーやったわ」
「そっちかー。でも、タイトルがそもそもニセモンやし、無理ゲーなんはしゃーないんちゃう?」
「でも、地味に面白いからユウキにも見てほしいねん」
「ええで」とユウキが返事をする前に、シゲルは携帯ゲーム機を起動するが、シゲルがマイペースなのはいつものことなのでユウキもいちいち気にする様子はない。
シゲルが少し操作をしてからユウキにゲームの画面を見せると、そこには『レベル59』という文字と、黒光りする力強い右腕が映っていた。右腕は数秒ごとに上腕二頭筋をぴくりぴくりと振動させ、自分の魅力をこれでもかと訴求している。
「なにこれ? 右腕?」
「そう、ゲームを始めた時に選んだ、おれのパートナー」
「えらいパワフルな子にしたんやな。他にも選べるのおったんやろ?」
「そうやねん。ゲーム開始時に、御三家と呼ばれる三体のモンスターから一体の相棒を選ぶんや」
「御三家って右腕以外は何がおんの?」
「アタックタイプの上腕二頭筋。ディフェンスタイプの大臀筋。バランスタイプの三半規管」
「バランスタイプの意味が平衡感覚になっとるやんけ! 最初の二つも変やけど三半規管だけなんかジャンルおかしいやろ」
「攻略本によると三半規管は通向けらしい」
「そうやろな。三半規管が戦闘で活躍するイメージがわかんもんな」
「やろ? だからおれ、上腕二頭筋を選んで育てまくって、ボディービルダーの右腕にまで進化させたんや」
「上腕二頭筋が進化したら右腕になるってすげー世界やな。せや、肝心なこと聞いてなかった。これどういうゲームなん?」
「日本全国のスポーツジムを巡り、そこのジムリーダーとモンスターバトルをして店長の座を剥奪するんや」
「なんか道場破りみたいな感じやな。日本全国のスポーツジムてえらい多くないか? なんぼあるん?」
「8000」
「多いな! やってられるか!」
「困ったことに日々、移転や廃業、オープンするから一回クリアした街でも油断するとすぐ新しいジムができるんよ。だから、定期的にクリアした街にも戻らなあかんねん」
「マジで無理ゲーやな。ちなみに今はどれぐらいジム倒したん?」
「75店舗」
「進捗率1%以下やないか! そや、もしかしてモンスター図鑑的なやつもあるん? 捕まえたら記録できる的な」
「あるで。ゲーム開始時にもらう本に、ゲットしたモンスターを記録すんねん。モンスターの種類は人体にある206の骨、640の筋肉、それから……」
「多いわ! もうすでに800超えてるやんけ」
「でも、本の名前はかっこいいんやで? 漢字やし」
「漢字がかっこいいて発想小学校低学年かよ。まあ、ええや、なんて名前なん?」
「六法全書」
「なんで法令全集の名前やねん! せめてそこは解体新書やろ」
「またの名をポケット六法」
「そんなところで本物の名前意識せんでええねん!」
ユウキは全力でつっこむがシゲルは特に気留めることもなく、ゲームを操作している。
「無理とまでは思わんねんけど、ちょいちょい難しいところがあってさ。そもそも最初のセーブが難しいねん」
「は? セーブが難しいって意味不明なんやけど」
「二つ目の町に行く途中の草むらで、野生の海馬をゲットせなセーブ機能が使えへんねん」
「そんなところでプレイヤーに学習させようとせんでええねん! 『海馬は記憶力に関係する脳の部位なんだ!』なんて知って誰も喜ばへんわ。あと野生の海馬って見た目がシュールすぎるやろ! 海馬って脳の一部やぞ」
「あ、ごめん。正確に言うと、野生のボディービルダーを倒して、戦闘ボーナスとして海馬をドロップさせんねん」
「なんやねん野生のボディービルダーって! 『野生のボディービルダーがあらわれた!』なんてフレーズをゲームで見たくないわ」
「一つ目と二つ目の街の間にある草むらを歩いてたら、突然海パンのビルダーが飛び出してくるんや」
「ただの露出狂やないか! 怖すぎるねんそのゲーム」
「大丈夫やって、ビルダーはレアキャラやからなかなか遭遇できひんし」
「頻度の問題ちゃうわ! でも、ビルダーがレアなんやったらそこでは何がよく出てくるん?」
「最近ジムに通い始めたばかりなのにやたら体重計に乗る女子大生、テレビ番組の企画で筋トレを始めたら趣味が筋トレになった芸人、ジムの年会費は払ってるけどサボりまくってる専業主婦、なんかが遭遇率高いな」
「絶妙に嫌なキャラが多いわ! 会いたくないし見てて心に刺さるもんがあるわ」
「あ、あとは、ジムで運動した後にこってりしたラーメンを食べている中年男性もよく出るで」
「ジムでの運動以上にカロリー摂取してるやつやんけ! 罪悪感を見て見ぬふりしてラーメン食べてんねんからそっとしといたれや」
「あ、ほらこれ、ラーメン食べてるやろ?」
シゲルはそう言ってユウキに画面を見せる。するとそこには、真っ黒のジャージを着た眼鏡の中年男性が、すすりかけのラーメンをくわえたままバツの悪そうな顔でこっちを見ていた。
「そんな細かい表情まで作り込まんでええねん!」
ユウキの咆哮を聞いて、シゲルは「仕方がないなー」と言いながらアクションコマンドて『にげる』を選択した。画面の中の中年男性は心なしかほっとしているような顔で画面から姿を消した。
「なあ、ライバルっておるん?」
本物のゲームシリーズでは、毎回ライバルキャラクターが出てくる。主人公が選んだモンスターに対し、毎回優位な特性を選ぶ嫌な設定のキャラである。ユウキはふと思い出したかのようにシゲルに聞く。
「ライバル? おるで。マジで勝たれへんけど」
「そんな強いん? シゲルのレベル上げが足らんのちゃう?」
「いや、それが向こう伝説級のモンスターばっかやねん」
「伝説級ってなんなん?」
「ワールドカップ得点王の右足、ボクシングヘビー級チャンピオンの左腕、霊長類最強レスラーのバトルスキル、WBCの下半身に……」
「待て待て待て、やばいのが並んでるのはわかるけどバトルスキルで何? 筋肉も骨も関係ないやん」
「せやねん。ライバルはなんでもありやから」
「なんでもありすぎるやろ! 世界観無視しとるやんけ。あとWBCの下半身て何?」
「WBC優勝国のキャッチャーの下半身やで」
「すごそうやけどすごさがわからんねんそれ! なんとなく防御力は高そうやけど」
「絶対防御のスキル持ちやから、物理攻撃が効かへんねん」
「最強やないか! お前、このゲームどう考えてもキャラ的に物理攻撃しかないんやから、物理無効とか無敵やないか」
「せやねん、だからライバルに勝たれへんねん」
「無理ゲーやんけ! もうやめてまえやそんなゲーム」
「でも、勝つ方法が一つだけあるんや」
「あるんか? どないすれば勝てるん?」
「ドーピング」
「は?」
「モンスターの強さを爆発的に上げるエナジードリンクがあんねん。攻略本によるとライバルに勝つにはこの方法しかないらしい」
「どんなゲームやねん! 倫理的におかしいやろ。てか、さっきも思ったけど攻略本あるんかい!」
「ゲームとセットで売ってたんや。ちなみにドーピングをすると90%の確率で警察にばれて即逮捕、スポーツマンシップに反するってことでセーブデータが初期化されるんやって」
「クソゲーやないか! 難易度も設定もクソやんけ。やめてまえそんなもん!」
「でもせっかく買ったしなあ」
「じゃあもう500円やるから別のゲーム買えや」
「え、まじ? じゃあ別のゲーム探すわ!」
ユウキはまだ知らない。後日、シゲルがまたクソゲーを買ってくることを。ユウキはまだ知らない。シゲルが買ってくるソフトがまたJuntendoのもので、そのソフトの名が『ニセモンクエスト』であることを。そして、またその内容がクソゲーであることも……