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ユーモアな短編

カセットテープの忘れ物

作者: 会津遊一

「やったーっ! 自由だぁあっ!」


俺は、叫んだ。


今日からアパートで一人暮らしが始まるのだ。


これが喜ばずにいられるものか。


もう親の顔を見なくて済むし。


気兼ねなくオナニーだって。


朝や夜だって、押し入れの中だってオナニーできる。


窓から外を見て、歩いている女を視姦する事さえもできる。


 本当に実家から遠いという理由だけで大学を選び、引っ越しして良かった。


俺はこれからの日々を想像して、ニヤニヤと笑った。


 例え、ここが築50年の木造アパート。


6畳一間。風呂キッチンは無しで、トイレは共同。


薄い壁は、隣の人が動いた音まで聞こえるし。


床を踏みつけると、濡れた木の感触がする。


そういう悪い環境だったとしても。


今日から、俺はこの城の主として生活できるのだ。


 だが。


とりあえずは段ボールを開けて、荷物を整理しなくてはならない。


「メンドクセーけど、やるかぁ」


俺は王様として最初の仕事に、ため息を漏らしていた。


 


 


「なんだこれ」


俺が襖の中を掃除していた時。


カセットテープを見つけた。


ラベルには、ヒミツ、と赤いボールペンで書かれていた。


ツメが折られているので、何か録音されているのだろう。


もしかしたら、前に住んでいた人の忘れ物かもしれない。


 俺はニヤリと笑った。


中身が。


女の秘密だったらオナニーのネタになるし、男の秘密だったら笑いのタネになる。


早速、俺は偶々持っていたデッキにカセットを差し込んだ。


スイッチを押すと、きゅるきゅると擦れる音がして、やがて再生された。


ジージージーという不快なノイズに混じり、声が聞こえた。


『お前を殺してやる』


女の声だった。


『お前を殺してやる』


たぶん、これは年寄り。


それもデッキのスピーカーからでも伝わってくるぐらい、殺意に満ちた声だった。


『お前が夜に寝た後、忍び込んで殺してやる。包丁を首に突き立てて。――いや、まず手足を釘で止めてやろう。虫螻むしけらのように暴れるお前を殴り、皮を剥ぎ、指を折り、焼いてやろう。そして殺してくれ哀願する、お』


そこで俺は再生を止めた。


聞いていて気持ち悪かったし、オナニーも出来そうにないし、面白くもない。


 しかし、どうして、こんな内容でヒミツというタイトルになるのだろうか。


いぶかしんだ俺はカセットを取り出し、もう一度見た。


特に変わった所はない。


普通だ。


 だが、くるりと裏返した時。


俺の手が止まった。


カセットの磁気テープに、何か文字が書かれていたのである。


細かく、びっしり。


 うしろをむけ。


と。


ゾッとした。


 何かに引っ張られるように、俺が慌てて振り向くと。


息を飲んだ。


ぞわぞわと。


ぞわぞわと、うぶ毛が逆立っていく。


喉の奥から悲鳴らしきものが飛び出そうとするも、筋肉が硬直して喋られなかった。


 老婆がいた。


音も立てず、いつの間にか背後に立っていたのだ。


乾いた雑巾のように、しわしわな顔。


死体に様に白い肌。


ボロ切れを身にまとい、手には錆びた包丁を握りしめている。


無機質な瞳が、俺を睨んでいた。


やがて、あのカセットテープに録音されていた声で言う。


「お前を殺してやる」、と。


それを聞いて。


俺は。


恐怖で動けなくなっていた。


ガチガチと歯の根が震え、失禁しそうになっていた。


自分の意志で立って入られず、腰が砕けてしまう。


へなへなと床の上に、大股開きで座ってしまう。


 このまま殺されてしまうんだ。


そう思うと、心臓だけがドクドクと激しく動き出す。


血脈に生暖かい血が流れ出し。


呼吸が餌を前にした野良犬のように荒くなる。


体中の筋肉がカッチコチになった。


 すると。


白かった老婆の顔が、サッと朱に染まる。


皺だらけの顔が歪み、手にしていた包丁を握り直していた。


俺は、もう駄目だ、と思って目を瞑った。


 だが。


いつまで経っても、俺が死ぬ事はなかった。


チラッと、薄めを開けてみると、そこに老婆の姿は無かった。


恐る恐る、部屋中を探してみたが、どこにも隠れてはいなかった。


「助かった……」


 何だか分からないが、俺は安堵のため息を漏らした。


だが、また襲ってくるかもしれない。


あの老婆と顔を合わせるかも、と考えただけで、ブルルっと下半身が震えた。


俺は慌てて警察に電話した。


 その間も。


どうして老婆は、俺の前から消えたのだろうか。


と、考え続けた。

 


 


 やがて、数名の警察官が駆け付けてきてくれた。


俺は事情を説明しようと、矢継やつばやに合った事を話そうとした。


包丁を持った老婆が勝手に侵入していたのだと。


だが警官達は話を聞いてくれない。


それどころか、怒った様子で俺の事を睨んでくるのだ。


 俺は混乱した。


一体、どういうつもりなのだ。


公僕の癖に、コイツ等は仕事をする気があるのだろうか。


俺は尋ねた。


「あの、お巡りさん達、俺の話を聞いてますか?」


「……ああ」


だが、全員がチッと舌打ちしたのが聞こえた。


その態度にイラッとしたが、俺は言った。


「俺は殺される所だったんですよ。早く、老婆を捜してくださいよ」


「……それよりも君」


「はい」


「なんで、そんな姿なんだ?」


「姿? 俺は、朝からずっとこの格好ですけど……」


「――ずっと全裸なのか。しかも下半身をカッチコチにして」


「ええ。裸のまま掃除して、終わったらオナニーしようと思ってましたから。そんな事より、早く老婆を捕まえて下さいよ。下を見られたから、興奮が静まらなくて困っているんですよ」



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