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9 予定されたイベント


「イオさんは一回生なのね。なら、サーヴァさんと一緒のクラスだわ」

「そうなんですね」


 図書館を出て講堂に向かう。

 学年としては下に編入されたらしい。

 シェリが直接彼女と会うのは、寮と聖女クラスだけになりそうだ。

 隣で話すイオに視線を向ける。コロコロと変わる表情は見ていて飽きない。

 

(サーヴァさんがいるなら、まだ安心ね)


 平民が貴族になったなら日常に存在する違いは多い。

 着る服、食べ物の選び方、下手したら歩く道さえ。

 その大部分は、他の貴族といる時に表に出るだろう。その場にいられないのに監修するのは難しい。


(大丈夫かしら)

 

 ふわふわと歩く彼女を見ていると心配は尽きない。

 貴族のルールは細かいものも多く、一朝一夕で身につけるのは困難だ。

 むしろ付きっきりで教えろと言われた方が楽な気がした。


「なんや、仲良くデートですか?」

「そちらこそ今帰りなの?」


 講堂への道を歩いていたら、セボとサーヴァに出会った。

 どこに行っていたのやら。相変わらず、動きが読めない。


「面白いものがないか、見回ってたんやけど 空振りでしたわ」


 セボが残念そうに大きく肩をすくめる。

 彼女にとって面白いものがそうそうあっては困る。

 シェリとしては面倒なことさえ持って来なければいい。


「イオさんは、サーヴァさんと同じクラスのようなの」

「あら、そうなんや」


 ちらりとセボがサーヴァを見上げる。

 主からの視線に気づいたように速やかに挨拶をした。

 立場は同じであっても、 彼女はセボの従者という事を崩さない。

 

「サーヴァ・フォン・エメアルバです。何かお困りでしたら、お手伝いします」

「わぁ、ありがとうございます!」


 これでひとまず安心できる。

 どうしても貴族クラスの中に一人だけ放っておくのには不安があった。

 その点、サーヴァであればセボとの連絡も密だ。何か異変があればすぐわかるだろ。

 チラリとサーヴァを見れば、 分かっているというふうに頷かれた。


「お、講堂に着きますえ」


 セボの声に顔を上げる。

 学校の施設にしてはとても巨大で立派な建物が見えてきた。

 

「うわ、すごいですね」

「教会とこの講堂がうちの学校でも有名なもの一つね」

「教育施設にわざわざ宮殿を模したものを作る必要なんてないと思いますけどな」

「セーボ……そう言わないの」


 王族のくせに、ばっさりとした物言いにシェリは苦笑した。

 何より目を引くのは正面玄関の豪華さだ。ダルニエ宮殿を模したと言われ、屋根の上に聖女の彫刻や細やかなレリーフが使われている。

 美的感覚を養うためという名目があるが、わざわざこの建築物を足を止めて見るような学生は少ない。

 セボが言うように、無駄と言われれば無駄なんだろう。

 だがシェリはこの講堂が好きだった。


(美しいものは、心が休まりますわ)

 

 時代にあわせて、地域にあわせて、建築は形を変える。

 共通しているのは、そこに人が集まること。

 そして、人々が丹精を込めて作り上げた場所だということだ。

 無駄かもしれないが、 職人がひとつひとつ作り上げた作品は心が込められている。

 これらをゆったりとした気持ちで眺められるようにするのが貴族の仕事だ。

 

「教会とは、また違う荘厳さでしょ?」

「ほんとですね。神官長と一緒に教会を訪ねたときも、すごい建物だなと思ったんです」

「あっちはあっちで気合が入ってるから」


 この学校の教会は、街のものとはまた様式が違う。

 町にあるのはビザネスク様式という木造のつくりの物が多い。

 特徴としては尖った尖塔と塔の上に作られた鐘。 教会の鐘が時計代わりの町は思ったより多いのだ。

 それに比べてここの教会は、大聖堂と呼ばれるものと同じ作りになっている。

 石造りだし、出入り口だって正門以外に2つもある。

 神官長がいるくらいだ。下手なものは作れなかったんだろう。

 

「講堂は、集会や演劇の上演に使われるわ」


 足を止めて、 上を見上げる。

 さすがに中に入ることはできない。申請すれば誰でも使えるが、急な話で準備をしていなかった。

 イオはシェリの言葉に興味深そうに講堂を見上げている。


「シェリはん、歌謡祭を忘れてますえ」

「ああ、そうだったわ」


 歌謡祭。聖女クラスにとって忘れてはいけない、大切なイベントだ。

 聖女ならば必ず参加になるし、イオも出なければならない。

 選定の儀に関連して、最も重要なもののひとつだ。

 

「歌謡祭って……?」

「文字通り歌うお祭りよ。ソロからグループまで聖歌の腕を競うの」


 貴族同士の交流を目的にしているため、 この学校にはイベントが数多く設置されている。

 歌謡祭、 武闘会、 それらを運営する自治組織もある。そのどれにも聖女ならば関わらなければならない。

 階級にとらわれない交流を行うためだ。

 

「武闘会と対になっているイベントやで。学生の楽しみの一つや」

「へぇ、そんなものがあるんですね」

「イオはんも出るんやで?」


 完全に他人事の様子のイオに、セボが肩を竦めてみせる。

 突然言われたイオはびっくりして動きを止めた。


「え?」


 苦笑するしかできない。

 やはり知らなかったようだ。

 歌謡祭にかける気持ちがセボは人一倍大きい。

 それを説明するには、彼女の家の話や聖歌について話さなければならい。

 今はその説明をする時間はない。

 

「……歌謡祭は聖女は必ず出席なのよ」

「歌のうまさによって、選定の儀に選ばれるか決まるんやで」

「選考の一つというだけよ」


 胸を張るセボにシェリは説明を付け加えた。

 いきなり選考の話をされたら混乱するだろう。今まで学校のことさえ知らなかったのだ。

 突然降って湧いた情報にイオは頭を交互に動かし困惑している様子。

 

「イオはんの聖歌楽しみにしてるで」

「あとで詳しく教えるわね」

「よろしくお願いします!」


 胸の前で手を握りしめならが気合を入れる少女。

 この少女が本当に自分を陥れることがあるのだろうか。

 過ぎった疑問の答えは出ないままだった。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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