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8学校案内


 復習でしかない授業が終わる。

 今回も学ぶべきところはなかった。当然だ。

 聖女に選ばれたものは、ここで習う程度のことは家で終えている。

 そうでなければ、選ばれないとさえ言って良い。

 その中で、何も知らないイオは異質だった。


(ノートもマジメにとっていたし、性格自体は良い子なんでしょうね)


 横目で授業中に観察した結果だ。

 彼女にとって初耳の部分が多かったようで、ブラン神官長の話に真剣に向き合っていた。

 真剣に聞かれることが少ない神官長は感激したようで、ほぼひとりに対して授業している感じになっていた。


「さて、学校を見て回りましょうか」

「はいっ?」

 

 自分の持ち物をカバンに詰め終わり、シェリはイオを振り返った。

 彼女はまだ授業の内容を神官長に尋ねている。

 シェリの言葉にピクリと肩を跳ねさせた。

 まだ状況を飲み込めていないようだ。

 

 「気をつけてなー」


 セボがひらひらと手をふる。

 セボとサーヴァは授業が終わると、勝手にどこかに行ってしまう。

 その日により違うので、行方不明状態だ。不思議と呼びたいときにはいるので、なにか呪具をつけられているんじゃないかと冗談でも疑ってしまう


「シェリ、あとで部屋に来てね」

「わかりましたわ。あとで伺います」


 忘れられないように告げられた言葉に頷く。

 クロンはジャンヌと二人で薬草を抱えていた。

 ジャンヌはクロンの言うことは素直に聞く。

 もう足は進んでおり、クラスの出口に立っていた。


「クロン」

「今行くわよ」


 ジャンヌがクロンの名前を呼ぶ。クロンは待ち切れない子供を見るかのように返事をした。

 それからシェリに対してもう一度「お願いね!」と言ってジャンヌの元へ行く。

 あくまで待っているのはジャンヌであり、クロンが急がないのが面白い。


「皆さん、自由なんですね」

「聖女は基本的に自由に過ごしていいと言われているわ」


 イオは苦笑いしながら、皆がそれぞれに散っていくのを見ていた。

 シェリにしてみればいつものことだ。 

 授業が終わった瞬間に、みな好き勝手にどこかに行ってしまう。

 ジャンヌは鍛錬。クロンは大量の植物を移動させていたから、あとで呼び出されるのだろう。

 。

 

「近い場所から行くわね」

「はい、よろしくお願いします!」


 元気の良い返事が返ってきた。

 鞄を片手にパタパタと後ろを着いてくる様子は妹ができたようで、少しくすぐったい。

 むずむずするのを収めるのに意識が必要だった。

 

「ここが図書館よ」

「うわぁ、すごいですね」

 

 学園の図書館は 巨大な箱のような形をしていた。

 建物自体は装飾されていて、 古代の神殿をイメージしているらしい。

 巨大な円柱が何本も周りを取り囲んでいる。

 目をキラキラさせているイオと一緒に中に入る。

 

「聖歌の楽譜もここに置いてあるのよ」


 全てを見て回るには広すぎる。

 入り口から見える範囲だけについて説明した。

 聖女として一番使うのは聖歌の楽譜のところだろう。

 ふとよぎった疑問。

 

「あなた、字は読めるの?」

「はい。教会で教えてもらっていたので」

「それは僥倖ね」


 平民の識字率は高くない。半分あるかどうか。

 教会で学べたということは、まだ余裕のある地域出身なのかもしれない。

 ずらっと楽譜が並ぶ本棚にたどり着く。


「ちょっと待っていてね」

「はい」


 小さく断りを入れて目当てのものを探す。

 天窓から低い位置になり始めた太陽の光が差し込み、ぼんやりとした影を落とす。

 その中を一つ一つの背表紙を確かめるように触り、見つけた。

 破けないように慎重に一つの楽譜を取り出しイオの元に戻る。

 どこかぼんやりとしている姿に首を傾げた。

 

「どうかしたの?」

「あっ、その……シェリさまが、あんまりにも綺麗だったから」


 声をかけると、びくりと身体を震わ、目を何度か瞬かせる。

 気まずそうに周囲を見回すうちに、その頬はどんどん赤みを増していた。

 やがて出てきた言葉にシェリは一瞬あっけにとられた。


「昔、読んでもらった絵物語の聖女様みたいでした」

 

 きらきらとした瞳がまっすぐに突き刺さる。

 こういった視線にシェリは慣れていなかった。

 この国の聖女はリゼット。

 完璧な姉であり、貴族社会では、どうしても姉と比べられてしまうから。

 

「な、にを言ってるの。でも、ありがとう」

「あ、いえ、本当に、そう思ったので」


 少しだけ頬が熱い。

 重ねられたイオの言葉に、シェリは今度こそ言葉をなくす。

 妙な沈黙が広がった。

 それを打ち切るように、こほんとひとつ、小さな咳払いをする。

 気を取り直すように持ってきた楽譜をイオの前に広げてみせた。


「御心のままに、ですか?」


 イオはタイトルをそのまま読み上げた。

 ふむ、本当に読めているようだ。

 ただその視線の動きを見る限り、シェリはあることに気づく。

 5本線に音符が並んでいる部分を軽く指差す。

 

「楽譜は?」

「……まだ、読めないんです」


 少し恥ずかしそうに答えるイオ。

 予想通りだった。文字が読めるだけで教育は受けているレベルといえる。

 楽譜まで読めるのは聖歌を仕事にする人間くらいで、そうなると聖女か教会関係者のみ。

 読めなくても仕方ない。それ以外の人間は基本的に耳で覚えて歌うだけだ。

 シェリはそのまま楽譜を小脇に抱えて、出口へと戻っていく。


「シェリさま?」

「この曲なら、あなたも歌ったことがあるでしょう?」


 この曲ならば誰でも一度は歌ったことがある。

 楽譜の読み方を教えるにはちょうどいいだろう。

 ついでに、図書館利用の仕方も教えられる。 一石二鳥だった。


「ありがとう、ございます」

「あるなら利用しないとね」


 目を丸くする イオに、シェリはただ微笑むだけだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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