7転入生
尻拭い、問題、聖女の仕事、尻拭い、仲介……自分のこと以外にかまってばかりの毎日。
そんなシェリの毎日に変化が現れた。
いや、聖女クラスに変化が現れたと言ったほうが良いだろう。
「はじめまして、バイオレットと申します。イオと呼んでください。貴族になったばかりで勝手もよく分かりません。よろしくお願いします」
神官長であるブラン・フォン・ブランシュの隣に立ち、少女はそう名乗った。
徹頭徹尾。頭の先から爪の先まで、まったく貴族らしくなかった。
にっこりと笑う顔は整っていて、平民だったなら、だいぶ人目を引いただろう。
「あらあら、可愛らしいなぁ」
「本当ね」
紅茶のような髪に、茶色の瞳。この国で一番よくみられる色あいだ。
新品の制服に身を包んでいる。それだけなら新入生かと思うのだが、ひょこひょこ歩く様子に優雅さはない。
本人の言う通り、貴族になったばかりなのだろう。
「皆さん、お静かに。神官長がおしゃべりになりますわ」
ちらりと周囲へと視線を巡らせれば、みな興味津々と顔に描いてある。
聖女クラスは今日も華やいでいた。
同世代の女の子ばかり集まっているのだ。無駄な話から、重要な話まで会話も多くなる。
その賑やかさもブランと一緒に現れた見慣れぬ少女によって塗り替えられる。
新しいものを観察し、どうするか決める。それは貴族の基本だった。
「彼女は教会のお手伝いをしてくれた子です。貴族としてわからないことも多いですから、優しく教えてあげてください」
(どこに養子に入ったのかしら……教会との繋がりを考えると、ダンジュー家かしら、リンクル家もあったわね)
シェリもその例にもれず、顎の下に指を置き、笑顔を保ったまま立っているイオを見つめた。
頭の中で聖女信仰に熱心な家をいくつか思い浮かべる。その中で、養子をとれるような家となるとずっと絞られる。
学校に入れるだけでもいくらかのお金が必要だし、王都に別邸があったほうが良い。
「へぇ、面白いわね」
「……そうですか?」
好奇心の強いクロンは、机の上に肘をついてかじりつくように見つめている。
隣に座るジャンヌは、それほど興味を引かれなかったらしい。背もたれに軽く背中をつけたまま静観の様子だ。
「新しい聖女なぁ」
「調べておきますか?」
「まだええよ」
セボが少し目を細める。
いつもは閉じられている扇子が広げられ、顔の目から下を隠していた。
そう言いつつ調べるのだろう。
貴族の繋がりは家の繋がり。調べないといけないことは山のようにある。
(私もお父様に聞かねばならないかしらね)
貴族学校に入るような人間は大体が顔見知りである。
この国の貴族は小さいころからあいさつ回りに連れまわされているので把握している。一度でも顔をあわせれば、顔と名前は覚えるようにしていた。
例外は聖女選抜のために留学してきた4人だったのだが、新しい例外が生まれてしまった。
背後関係を洗うためには、父親に連絡を取るのが早いだろう。
気は進まないが。
「イオさんの席はシェリさんの隣です。シェリさん」
ブランの呼びかけにシェリは席を立つ。
この時、初めてイオと目があった。
(――何かしら?)
それは違和感。既視感。デジャヴ。
一瞬が長く、時が止まったかのようだった。
すぐに時計の針は進む。軽く微笑みを交わし、挨拶をする。
「はい。シェリノール・フォン・アテンドよ。よろしくね」
名乗りながら、彼女をつぶさに見る。
ブランはまるで普通に転校生が来たようだが、これは異例のことだ。
聖女候補が増えることは普通ではない。少なくともシェリの知る限り、そんなことはない。
減った話だったら何度か聞いたことがある。
偽物が混ざっていたのだ。途中で排除されたという流れだったはず。
「シェリさんは同じ国出身ですから、色々聞きやすいと思います。シェリさん、よろしくお願いしますね」
「はい、わかりました」
前半はイオへ。後半はシェリへ。告げられた言葉に頷く。
今更、聖女の力に目覚めるーーそんなことがあるだろうか。
消えない疑問はあれど、ブランの言葉にシェリは愛想よく返した。
紹介を終えたイオが慣れない足取りで、シェリの隣の席に座る。
「あとで校内を案内するわね。バイオレットさん」
「はい、お世話になります! イオと呼ばれているので、そう呼んでください」
「わかったわ、イオさんね」
ひとつ頷いて、イオと呼ぶ。貴族では珍しい名前だった。
シェリが呼ぶと嬉しそうな明るい笑顔で反応を返す少女に裏は見えない。
国からの回し者なのか、本当にたまたま聖女の力に目覚めたのか。
疑うべきことが多すぎる。
「今日の授業は無しにします。友好を深めてください」
「やった!」
聖女の授業は復習となることが多い。聖女の歴史と力について勉強する。
聖女の力は個人個人で差が激しいため、ほとんどが歴史の座学。
そんなものは、ここに来る前に学習し終えていた。
「教会の手伝いって、どんなことをしてたの?」
「えっと、お掃除や礼拝に来る方の案内など――」
さっそく詰め寄ってきたクロンがイオを質問責めにする。
社交的な彼女らしく、その語り口は爽やかで緊張していイオの表情もすぐに和らいだ。
その後ろから見つめるジャンヌは一瞥しただけで前を向いてしまった。
(あれはすぐに寝るわね)
ジャンヌという少女は興味がないとすぐ寝てしまう。幼子のような部分があった。
相変わらず外側に対する興味が正反対の二人。
その様子を眺めていたシェリの肩にトントンと叩かれた感覚が伝わる。
「大変やなぁ、シェリはんも」
「……なんのことかしら?」
にっこりと笑うセボに身構える。
相変わらず、抜け目がない。聞かれて嫌なことを聞いてくる。
そういう特殊能力でも持っているのではないかと思うほどだ。
「これ、テコ入れやろ」
ずばりと言われた一言に、シェリは額に手を当てた。そのまま米神を揉むようにしつつ話を続ける。
幸いなことにイオはクロンとの会話で精一杯で、こちらの話は聞こえていなそうだ。
わずかに顔を寄せて、声を小さくする。
「あなたも、そう思う?」
「このタイミングで聖女が見つかるなんて、偶然やと思います?」
ちらりとイオを見てセボは答えた。
イオは気づくことなく話を続けている。
「本物にしろ、偽物にしろ、大変やな」
本物なら、聖女の儀を競う人間が増えることになる。
偽物なら、背後関係を洗い出して家に報告しなければならない。
どちらにしろ、面倒なことには変わりなかった。
「まぁ、うちには関係あらしまへんから、精々頑張ってください」
「他人事だと思って」
「他人事ほど、見ていて楽しいものはあらへんで」
にっこり言い返される。ぐうの音も出ない。
トラブルは暇な貴族にとって娯楽でしかないのだから。
「どうしましたか?」
「いいえ、案内順を考えていただけよ」
クロンの質問が一段落ついたのか、イオが首を傾げながら聞いてきた。
聞かせたい内容でもなかった。どう説明しろというのか、思いつかない。
小さく首を振り、関係ない話だと誤魔化した。
後ろから見えるクロンの顔はセボと同じように面白半分に輝いていた。
(まったく、また仕事が増えましたわ)
今までティーア王国の聖女はシェリだけだった。これで二人になる。
貴族になったばかりの少女の世話が増えたと思うと、負担は同じか、下手したら増えるかも知れない。
他の二国はとは関係性が違うのだ。
セボとサーヴァは完璧な協力関係を築いている。ジャンヌとクロンは言うまでもない。
あの二人は剣を振るうのが大好きな人間だ。
「いろいろ、準備しなければなりませんわね」
討伐、貴族としてのマナー、学校生活…… 彼女に教えなければいけないことが 頭の中を駆け巡る。
とりあえずできることからしよう。
仕事も時間も待ってはくれないのだから。
面倒が増えそうな予感に、シェリは目をつむった。
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