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55/57

55神を止める


 聖堂には阿鼻叫喚の地獄が広がっていた。

 この地獄は神さまが引き起こしたものなのだから救いようもない。

 天から落とされた雷は付け狙うように、神官長と貴族にばかり落ちる。

 シェリはそれを呆然として見ているしか出来なかった。


「ちょっと、あんた、これ、どうにかしなさいよ」


 体を支えてくれているジャンヌの手が離れる。詰め寄ってくるクロンに、シェリは苦い薬を飲んだような気分になった。

 人に神が止められるわけがない。

 発端が自分にあったのかも、イオにあったのかも、はたまた8年前にあったのかも、わからない。

 力なく首を振るしかできなかった。


「どうにかって、どうやって?」


 止めようにもイオは手の届かない場所にいる。

 先程まではこちらを見ていてくれた。だから、意思の疎通ができたのだ。

 だが、今のイオは荒ぶる神のごとく、一瞥もくれず雷を落とし続けている。

 表情は無であり、なんの感情もないように見えた。

 

 ーーゾッとする。

 

 イオが神という事実なのか。自分が復讐を望んでいると知っていたから、こんな行動に出たのか。

 わからないことだらけ。そんなシェリの背中を押すようにして、セボが詰め寄ってくる。

 抱え込まれるような姿勢のまま、ぱんと小さく背中を叩かれた。


「あれは、イオはんや。イオはんなら、一番懐いていたあんさんの言うことを聞くんやない?」

「そんな簡単に……!」


 セボは珍しく真剣な顔をしていた。

 雷が落ち続けた聖堂はすでにあちこちで火の手が上がっている。

 目ざとい貴族たちは逃げたのだろう。ここから入り口の方は煙が上がり、さっぱり見えなかった。

 自分の利を考える領主たちならば、神の怒りをかった国など見限る。元から小さく、信仰のみで保っていた王国だ。崩壊は目に見えている。

 

「ひぃっ……!」

「イオ、もう止めて! いいわ、十分よ!」


 神官長が悲鳴にさえならない大きさのうめき声を上げる。

 このままでは雷が直撃するのは時間の問題に見えた。それを見たくなくて、シェリはイオに向かって叫んだ。

 届くかなどわからない。とりあえず、叫ぶしかなかったのだ。

 雷は不思議なことに音もなく落ちていたため、聖堂は人の叫び声以外は静かなものだった。

 あとはパチパチと建物が熱せられてズレていく音だけ。

 それらも酷いのは後ろの入り口とジョルジュ神官長の周りだけであり、シェリたちに影響はない。

 

「そうですか? シェリさまは無理するから、思いっきりやった方が良いですよ?」


 必死の叫びは届いたようで、降り注いでいた雷が止む。

 肩で息をする神官長を眺めていると、きょとんとした顔のイオが不思議そうに言った。

 ほうほうの体で逃げていた神官長はそのままぺたりと石がむき出しになった床に腰を落とした。

 動けないのだろう。その場にうずくまるようになりながら、小刻みに震えている。


「さぁ、シェリさま。どうしますか?」


 ーー今なら殺せますよ。

 囁かれた言葉は、劇薬だった。今なら確実に姉の仇を取れる。

 しかも、神さまがそれを許してくれている。差し出されたご馳走を前にシェリは固まった。


「この仇、殺します? リゼットさまがそうされたように」


 口を開けて、閉じてを繰り返す。声が出ない。

 どうしたいのか。何を言えば良いのか。

 いつもなら考えずとも出てくるような言葉さえ出やしない。姉の仇がとれるなら命を捧げることも構わなかった。

 だが、目の前にいるのはイオにより着ているものは焦げ、髪の毛もボサボサになっている老人だけ。

 何より姉は、きっと復讐を望んではくれない。そんなことより、楽しく生きなさいと笑いながら言う人だったから。

 だけれど。


(姉さま、ごめんなさい)


 シェリは心のなかで謝った。

 姉の仇。

 シェリの人生で一筋の光明だった姉を奪った人。

 殺してしまいたい。

 それがシェリの本心だった。


「殺すと言ったら、どうなるの?」

「天罰を下すだけです。リゼットはとても良い聖女でした……神を信じない神官長によって殺されるなどあってはならないことですから」

「殺さないと言ったら……?」

「あなたの悪いようにはしません」


 イオと言葉を交わす。

 その間も、神官長に動く様子はない。もはや動く気力もないのだろう。

 いつもならすぐに入る横槍もない。聖女クラスの誰もがシェリのやり取りに注目していた。


「ーー」


 息を吸う。わずかに火の粉をまとった焦げ臭さが鼻を突く。

 天井を見上げる。あれほど壮麗で、美しかったアーチ型の支柱たちは所々煤けている。

 それから、ステンドグラスを背に浮かぶイオを正面から見つめた。


「殺しません。姉は、リゼットはたとえ復讐のためでも、自分に否がなくても、そんなことはしないでしょうから」


 正しいのかなんて、知らない。

 心のままに動いても良かったのかもしれない。結局、シェリにそんなことはできなかった。

 誰にも誰かの命を奪うことなどできやしないのだ。そんな権利はない。

 ふっとイオが笑う。


「っ」


 天から一筋の光が落ちた。

 雷とはまた違う。優しさとぬくもりのある光。

 地上に届いた光は、まるで地面を覆い尽くすように広がっていく。


「シェリさまなら、そう言う気がしてました」


 強い光に包まれたのはブラン神官長、その人だけ。

 光のあまりの強さに意識を失っているようだ。いつの間にかあれほど降り注いでいた雷は収まり、火の粉も収まっていた。


「そういうことです。ブラン神官長。あなたには生きてもらいます」


 もはや聞こえていない神官長にイオが裁きを下す。

 リゼットの殺害に、聖女の選定を歪めた罪。その上、この国の教会の地位は地に落ちた。

 これから生きていくほうが、彼にとっては辛いかもしれない。

 ぼんやりとその光景を見ていた。自分が決めたこととはいえ、現実感が薄い。

 家に降りかかる問題を考えると頭が痛いはずなのに、今のシェリには遠いことだった。


「甘いなぁ、シェリはん。そこが良いところなんやろうけど」

「まぁ、いいじゃない。シェリらしくて」


 シェリの周りばかりが忙しなく動いていく。

 先程まで臨戦態勢をとっていたジャンヌはすでに気配を普段のものに変えていた。

 セボの服の汚れを払うようにサーヴァがその周りを動いていた。

 そんな状態でもセボはまったく気にせずクロンと会話をしている。ちらりと視線があって、鼻で笑われる。

 いつもならカチンと来ただろうが、今その元気はない。

 クロンもやっと収まった事態にやれやれと疲れと楽しさ半分の表情を見せていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。

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