53神の目覚め
ふわふわと白いワンピースの裾が揺れている。
高い天井を支えるアーチ型の支柱と正面に作られた大きなステンドグラスを背に、イオの姿はまるで光で縁取られているようだった。
床からはまだ先程の焦げた匂いが煙とともに立ち上がっている。
(神の降臨にふさわしいのかしら)
キラキラ溢れる光。その足元に広がる惨状。
きっと人が神を恐れるのは、その圧倒的な力の差に打ちひしがれてしまうからなのだ。
そして、これを引き起こしたことに、本人は少しも気負っていない。
「イオと……呼んで良いのかしら?」
「どうぞ、シェリさまはそのままの口調で呼んでください。その方が嬉しいです」
恐る恐る口に出した言葉にイオは笑った。
ふわりとした笑顔ではない。圧力のある笑顔だ。
意識的なのか無意識なのかわからないものの、シェリも引くわけにはいかない。
今の今まで聖女として選ばれるために様々なことをしてきた。それが崩れて、もはや何が真実なのかわからない。
もっと取り乱すべきなのかもしれないとさえ思った。しかし、シェリの気持ちとしては今のほうが楽だった。
「イオは神さまなの?」
「神……の定義によりますが、湖に沈んでいる魔神を出てこないようにしているのは私です」
シェリの言葉にイオは少しだけ首を傾げて、彼女にとっての事実を口にした。
イシュル湖には災が封じられている。言い伝え通りの言葉。
よし、ひとつは真実が確認できた。シェリは落ち着くための足場を得る。
たいして大きな声ではないのに聖堂の空気がざわめく。
「なんと」
「あの伝説は本当だったのか」
聞こえてくるのは似たような声ばかり。
伝説、神話と言われるソレはシェリも知っている。教会ができた出来事なのだ。聖女の必修科目だろう。
だが、それを信じていない人間のなんと多いことか。
(信じていない人が大半だったみたいね)
呆れる。魔物の驚異から守ることばかりが注目されているが、教会は本来湖の中にいるものを監視するのが仕事なのだ。
聖女とともに魔神を封じたという勇者が祖であるティーア国の王都が湖の畔にあるのも、それが大きく関係している。
他の2国はもう少し内陸に都を作っているのだから。
「まぁ、今では助けた人にさえ忘れられているようですけど」
シェリを見つめていた視線が後ろにいる貴族たちへと移り、皮肉げに笑う。
その顔はイオだったときには見れなかったもので、どうしてもシェリは違和感を拭えない。
記憶の中で、いやついさっきまで、自分の後ろをついてニコニコと笑っていた彼女。そのイオとのズレがひどかった。
ただ彼女から発せられる雰囲気は、すでに人とは思えないものになっており、シェリに事実を突きつける。
「今まで、一緒に暮らしてきたイオは、演技だったの?」
嘘はシェリの十八番である。嘘を見抜く力も人よりあると思う。
シェリから見ても、聖女クラスの誰もが嘘のような力を本当に持っている。自分のハリボテとは違う。
それなのに、彼女たちの手綱を惹かなければならない。それが、問題だった。
神が嘘をつくのか。疑うのは不敬ではないのか。よぎる思いは多々あれど。それでも、イオが嘘をついているようには見えなかった。
「嘘じゃないです。あれは神としての部分を封印した、ただの人間としてのイオですから。今もきちんとその記憶はあります」
じっと表情の一欠片も見逃さないようにイオを見る。
シェリの言葉に表情が緩んだ。その顔は見慣れたものに近い。
少しほっとした。イオと過ごした時間は、楽しかったのだ。認めるのも恥ずかしいけれど、誰かと一緒にいて心地よかったのは初めての経験だった。
持ってくる問題も、セボやジャンヌ、クロンに比べると常識の範囲内で、あーだこーだ言いながら問題にあたるのが楽しかった。
「どうやって人に」
イオの経歴はきちんと作り上げられていた。
少なくとも貴族の家に養子に入る際に調べられるし、聖女の力に目覚めたならば、さらに詳しい調査が入るはずなのだ。
「そこの巫女に頼みました。あの家は、力が低くても神の声を拾い上げてくれるんで楽なんです」
セボを手のひらで指し示す。一気に視線がセボに移動する。
指名されたセボはやれやれと手を上げ、首を振っていた。
「神さまは傲慢やけど、今までこんなワガママ言ったことなかったんやで。言われたら叶えんといけんしな」
「……あなたが聖女で良いんじゃなくて」
頭を抱えたくなった。
神と交信できるなら、聖女の役目とは一体何なのか。
目つきはかなり悪くなっていただろう。
「そんなに見んといて」と恥ずかしがるような素振りを見せるセボをシェリはじっと見続ける。
しばらくすると、諦めたようにセボが真顔に戻り、意地悪気な笑みを唇に乗せる。
「そうもいかんのが世の中や。大体、神の声が聞こえる時は、他に聖女にしたい人間がいて、そのお世話係って感じやなぁ」
口ぶりから、セボの家がそういうことを生業としているのは理解できた。
元々60年に一度しかない聖女選定の儀だ。
その大半で聖女の座を勝ち取ってきたグランアルバの姫が言うのだから、今までも連綿と繰り返されてきたことなのだろう。
「まぁ、聖女に選ばれると、死んでまうから、うちの家は多子の家系なんやけど」
ぽろりと零された呟きは劇薬だった。
知らない情報。
セボの家に子供が多いことはよく知られている。
そして、そのわりに王位継承権を得るには厳しい条件がつく。
今だって10数人いる子供の中で、王位継承権があるのは3人程度だったはずだ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もしよければ★★★★★クリック評価や、ブックマーク追加などで応援いただけると、とっても嬉しいです。
お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。
いつもありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




