52発覚
まさか意見されるとは思っていなかったのだろう。
殿下は立ち上がった二人を訝しげに見つめた。
シェリは、セボとクロン、殿下の間で視線を彷徨わせるしかない。
「なんだ、お前らは? これは決定だ、拒否権などない」
「事実を曲げるなんて、神聖な選定の儀で許されると思ってはりますの?」
大きな手振りでセボたちの言葉を否定する殿下に、鼻で笑って返す。
大胆すぎて、シェリは頬がひくひくした。
まったくいつもの調子のセボだ。
後ろにはサーヴァも控えており、セボの言葉に大きく頷いている。
ーーこれはどういうことなのだろう。
聖女がバイオレットなことに、文句があるのだろうか。シェリが選ばれなくても、彼女たちが抗議する意義など無い。
「大体にして、神様がそんなこと許すわけがないでしょ」
「神様だ? 本当にそんなものがいるとでも……」
「あら、いるわよ。というか、気づいていなかったの?」
くんとクロンが鼻を使う。
まさか、とシェリは目をみはる。神の存在は証明されていない。それでも不思議は起こるし、聖女は必要になる。魔法だってある。魔物もいる。
多くの人間がいると思いつつ、見たことがないもの。それが神だった。
合理主義の国である共和国出身のクロンが神をいると言い切っていた。
「神様はずっと、あたしたちのことを見てたわよ。本人は無自覚かもしれないけどね」
クロンの唇が弓なりに歪む。かなり悪い笑顔だ。
自分の策がすべてうまく行ったときの顔。
忘れがちだが、彼女は目的のためには何でもする。笑顔の下で悪どく人を使うことを厭わない人間なのだ。
この顔をするときのクロンが引き起こす問題はろくでもない。できれば関わりたくなかった。
意地悪く笑っていても悪そうに見えないのだがら、得な性格をしている。
「ね、ジャンヌ」
「まぁ、気配が普通の人とは違いましたから。攻撃性はなかったですが」
ジャンヌが頷く。
彼女は気配で空間を切れる人間だ。普通の人間と違うものを感じ取れてもおかしくない。
クロンが自信を持って話している時点で、ある程度の裏付けはできているのだろう。
彼女は裏を取らずに動かない。宰相を多く輩出している家系だけあって、情報の大切さをよく知っている。
セボもサーヴァもその言葉を否定しない。それどころか、呆れた目で殿下を見ていた。
シェリはここに来て、自分の国の弱さを知る。ティーア国以外すべての国が神の存在を感じ取っていたようだ。
「ほら、そろそろおいでませ、神はん」
扇で口元を隠しながら、セボが思わせぶりな目配せをイオに向ける。
釣られるように、そこにいる人すべての視線が移動する。
舞台はすでに彼女たちのものになっていた。
「イオ? イオが神だというのか? ならば、間違いではないではないか!」
「大間違いですえ。聖女というのは神に仕える人間。神と聖女が同じ人間などあり得るわけがありまへん」
喜びをあらわにした殿下が、イオの方を振り返る。
シェリは舌打ちしたい気持ちをどうにか抑え込む。
(何を呑気なことを……イオが神だというなら、それこそ問題ばかりじゃない!)
間違いではない、とかいう問題じゃない。
シェリもまだ話が飲み込めないでいたが、殿下のように喜ぶ気には微塵にもならなかった。
彼女が、イオが神なら、今までのイオはーー自分と一緒に過ごした彼女は、一体誰なのか。
シェリはイオと半年は同じ部屋で過ごした。歌謡祭の前だって、この儀式の前だって、普段どおりに言葉を交わしたのだ。
その彼女は一体どこに行ってしまうのか。
血の気が引いていく。
「イオ?」
万感の思いをこめて名前を読んだ。恐る恐る出た声は、震えはしなかったものの、霞んでいる。
まるで独りだけ違うものを見ているように、イオはステンドグラスを見たまま固まっていた。
目も閉じず、ずっと虚空を見上げている姿は異様だった。
全員の視線が彼女に集まり、あれほど騒がしかった場所も静まり返る。
「ほんと、ありえない」
静かな一言が、静謐の空間に落とされ、波紋が伝播していく。
一度閉じられ次に開けられた時、彼女の瞳は真っ赤に変化していた。
いつの間にか、つばを飲み込んでいた。
色の変化に気づいていない殿下は、イオが自分に同意してくれたと思ったようで、気軽に近づこうとしている。
(このバカっ)
正体不明の存在に、気軽に近づくなんて。王族としてとってはいけないから行動。
まさか、イオの瞳の変化に気づいていないのか。
赤は、赤い瞳は神にだけ許された色。シェリの瞳に赤が混じっただけで、あの騒ぎだったというのに。
イオの瞳は、混じりけのない赤。少なくとも目の前にいる少女は、シェリの知っているイオではない。
距離を詰め、イオの体に触ろうと手を上げた殿下のマントをシェリは間一髪引っ張った。
「近づくな」
イオが目を細める。
ジュッと焦げる音がした。次に、凄まじい閃光。そして、熱を含む風が届く。
熱を起こすために雷を落としたことにした。因果の逆転。
まさしく神にしか不可能な所業だ。
殿下の顔が真っ青になっていた。
「シェリさまを、聖女にしないとかありえない。一体、何のためにここにいるのか、わからなくなりそう」
「……イオ?」
呟いたような声は、とても小さく早口で、イオらしくなかった。
それを聞き取ることが出来たのも、一番近くにいたシェリだけだろう。
湧き上がる疑問に名前を呼ぶが、反応してくれることはなかった。
「まったく、これだから人間は……」
殿下を一瞥したイオの体が浮いた。ドレスの裾がはためく。
美しいステンドグラスを背に空中に佇むイオの姿は、伝説の再現のようだった。
神が降臨した。
セボたちが頭を下げる中で、シェリだけはただ彼女のことを見つめるしかできなかった。
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