50歌謡祭とその後
「こればっかりは、かける気持ちが物を言うわね。案外、あなたが一番光らせられるんじゃない?」
「……そうなってくれると良いんだけど」
近づくクロンの顔。動揺を隠しながら苦笑する。
聖女になりたい。ずっとそう思ってきた。
思いだけで光らせられるんであれば、シェリにとってこれ以上のことはない。
そうではないことも知ってしまっているのだけれど。
「クロン、何をしているのですか?」
「ちょっとした立ち話よ。そうカッカしないの」
迎えに来ていたジャンヌにクロンとの距離が近いことを見咎められる。
自分も出場者だというのに、歌い終わった途端にクロンの手伝いに向かったくらいだ。
シェリから見れば、いつもと同じ無表情だと言うのに、クロンにしてみれば怒っているらしい。
ひらひらと手を振りながら、ジャンヌの側に歩いていく。観客席から見るのだろうか。
気軽な様子にシェリはもう一度苦笑した。
「相変わらず、仲がいいわね」
「おかげさまで……ジャンヌを助けてくれたアンタたちには感謝しているんだから」
照れたように早口で告げられた言葉にびっくりする。だって、ステージの感想より感情が込められていたから。
どうやらこうやってジャンヌとじゃれあえることが嬉しいらしい。
シェリは言葉に困った。
武闘会での事件を予知したのはシェリでも、ジャンヌを救ったのはイオである。
「イオに言ってあげてください」
シェリが受け取るべき言葉ではない。
そう思って言ったのにクロンの視線は変わらなかった。
それどころか常に笑みを形作る唇が、少しだけ面白くなさそうに形を変える。
「ふーん、まぁ、いいわ。イオだけで助かったかなんて、わからないと思うけれど」
「どういうことです?」
シェリは首を傾げつつ、聞き返した。お互い制服、しかもステージ横だ。
もうすぐセボの歌唱が始まるし、その次は自分の番である。
こんなことをしている暇はないのだが、聞き返せずにはいられなかった。
「人は、人を助けたいと思うだけで助けられないのよ。助けるためには行動もしないと」
クロンが再びシェリとの距離を積める。そのまま指でとんと左肩を指で押された。
まるで自覚しなさいと促されているようで、居心地が悪くなる。
「あの日、一番行動したのは、きっとあなたでしょ」
「……買いかぶり過ぎです」
予知夢を見た。嫌だった。防ぎたかった。だから、起きないように行動した。
シェリにしてみれば、それだけ。
防ごうとして防げなかったし、起きた事件が大事にならなかったのは、イオのおかげである。
「ま、歌唱楽しみにしてるわ」
シェリの言葉に、クロンはそれ以上突っ込むことなく、ジャンヌのもとに戻っていった。
幕の間からステージに立つセボを見る。
話していたことに気づかれたのか、見咎めるような視線がすぐに飛んできた。
胸の前で手をあわせ、小さく頭を下げる。
一番の山場が始まろうとしていた。
(イチかバチか、やるしかないわね)
セボの歌唱は素晴らしかった。
さすが、聖歌歌謡の家と言われるだけある。
音程の正確さや難しい曲を難なく歌い上げる技術。歌に込められた意味を表現する力。すべてにおいてレベルが違った。
何よりも普段は見ない真剣な顔で歌うセボを見れたことがシェリにとっては僥倖だった。
もっとも今現在、その素晴らしい世界をつくりあげたセボは目の前で膨れているのだけれど。
「あんなん、ずるいとちゃいますか?」
場所は寮の談話室に移っていた。
丸いテーブルを囲んで、銘々好きに話をしている。
シミひとつない白いテーブルクロスの上にはティーカップが置かれている。
サーヴァが気合を入れたお茶の味は、香り高く味よく、歌謡祭を乗り切ったシェリには特に心地よく感じられた。
「私はできることを全力でしただけよ」
じとっと自分を見つめる視線に、シェリはティーカップを片手にわざとらしく顔を逸してみせる。
セボの完璧な曲の後、正攻法で歌っただけでは勝ち目などなかった。体調が万全なら、その方法を取る事もできたのかもしれない。
合唱で自分の喉の調子を把握していたシェリには、それがいかに無謀なことかわかっていた。
だから、課題曲だけを全力で歌ったのだ。
「課題曲って、あんなに上手に歌えるんですね」
「あの一曲だけに絞ったから、技巧のうまさが引き立ったわね。あとは、やっぱり、想いの強さかしら?」
イオは歌い終わったあとから、ひたすら称賛してくる。
昨日までの体調の悪さを知っているからこそ、シェリが今日滔々と歌い上げたことが信じられないのだろう。
気合さえ入れれば人間大抵のことは乗り切れる。それで乗り切れないときは裏技だ。
具体的に言えば、今回、シェリはもらっていた薬を使用した。
クロンからもらった薬は熱冷まし以外に、喉の調子を良くするものもある。それを少しだけ加工したのだ。
「どうとでも。合唱で確かめた喉の調子から一曲が限界でしたし、準備はしておくに限りますわね」
「ずーるーいー……クロンはんも、何でシェリはんにだけのど飴とか上げてるん?」
セボの言葉はクロンに飛び火する。
粉薬は即効性はあっても、持続性がない。歌う直前に飲むことも難しい。
携帯できて、直前に舐めることができる飴にした。
良い仕事をしたと自分でも思う出来だった。
「あら、必要な人に必要な薬を渡しただけよ。それをあのタイミングで使うとは思わなかったけど」
まだ納得していないセボがバタバタと手足を動かす。
「はしたないですよ」とサーヴァがたしなめ、シェリはそれを見ながらどこ吹く風といった気分だ。
巻き込まれた形のクロンは、結果に口をだすこと亡く緩やかに微笑むだけ。
彼女にとっては面白いかどうかの方が重要そうだ。
「宝珠もキラキラしていて、すごかったです! シェリさま」
「ありがとう」
イオの言葉に頷く。
一曲だけだったが、宝珠は一番つよく輝いた、と思う。
宝珠の輝きは目安にはなるが、あくまで判断するのは人間だ。
歌謡祭の結果を含めて、どのように選定の儀で判断されるのか、わからなかった。
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