5クラス紹介
シェリノール・フォン・アテンドは凡人である。
他と比べて飛び抜けたところなど何もない凡人。ただ、努力をすることだけで生きてきた。
シェリは自分をそう評価していた。自分の能力についてよく知っている。
姉に比べれば血筋も頭脳も運動も、聖女の属性でさえ劣る。
それほどリゼットは完璧な存在だった。
(完璧な、聖女さま……ね)
その姉を探すために、魔物と戦うために、聖女を目指した。
体を鍛え、聖歌の練習をし、魔法の発現を願った。
聖女の力が発現した時は、本当に嬉しかったのを覚えている。
だが。
「遠いわね」
目の前に広がる光景を前にシェリは思わず呟いた。
ティーア国の貴族は、16歳から三年間、王立学院へ通う。
どの領地の貴族も一律の教育を受け、王国として一定の水準を保つためだ。
その中でも聖女の力を持つものは特別な授業が追加され、聖女クラスと呼ばれている。
(これで聖女として戦える、なんて)
甘い認識だったとしか言いようがない。
聖女クラスの扉の前で一度立ち止まる。
聖女になれるのは年に一人いれば良いとされる。
今年は大豊作。3学年合わせれば、シェリ以外に聖女の持つ人間が4人もいた。
そして、そのすべてが天才もしくは天災クラスの能力を持っている。
たとえばーー扉を開けて中に入ろうとした瞬間に、しゅっと剣が空気を切る音がした。
「ごきげんよう、ジャンヌさん」
「ごきげんよう。相変わらず、良い動きですこと」
開けた瞬間に迫ってきた剣先を反射的に避ける。カツンと鞘が床に触れる音がした。
その剣先を見つめる。肝が冷えた。
ほぼ毎朝繰り返されるやり取りとはいえ、気を抜くことはできない。
――ジャンヌ・フォン・パブリカ。
共和国の聖女のひとりで、年齢としてはひとつ下。
扉を開けると切りかかってくるという、非常に危ない少女だ。
監督する立場にあるシェリが助かったのは、この聖女クラスに来る人間は斬りかかられても対応できる人間ばかりだったことだ。
「危ないですから、朝から不意打ちは止めなさいと言いましたよね?」
ため息吐く。背中には冷たい汗が滲んできていた。
聖女クラスだから許されるというものではない。
貴族令嬢としてありえない行為に、毎回注意するのだが、相変わらず繰り返されていた。
「避けれない人間には、わたくしだってしませんよ」
「そういう問題ではないのですが……」
飄々とした口調でそんなことを言うジャンヌに肩を落とす。
まったく反省しているようには見えない。
また繰り返されるのだろうなと、未来が見えた気分になる。
「ごめんね、シェリ。ジャンヌにはよく言って聞かせるから」
「クロン。大したことではありませんよ」
入り口の喧騒に気づいたのか、ジャンヌと同じ共和国出身であるクロンが近づいてくる。
ふわりと良い匂いがした。彼女はいつも良い匂いをまとっている。
ネックレスのトップがきらりと光った。
「ジャンヌ、シェリがよくできるからって、切りかかっちゃダメでしょ」
切りかかってから表情の一切変わらないジャンヌとは対称的に申し訳無さそうな表情だ。
そのまま、胸の前で手を合わせて小さく頭を下げる。
少しばかり小首をかしげた仕草は、彼女の愛らしい見た目と組み合わさり、抜群の庇護欲だ。
「そんな、このくらいはスキンシップのレベルです」
「それはスキンシップじゃないでしょ」
呆れたようにジャンヌに言い聞かせるクロンの姿は、まるで妹の面倒を見ている姉のようだ。
とはいえ、ジャンヌの剣の才能は共和国にとって、とても有用なもの。
よほどのことがない限り、本気で諌めはしないだろう。
何より多くの剣を受けているのはクロン自身なのだから。
「ほんと、よろしくお願いしますね。クロンさん」
「ええ、任せて」
肩の荷をおろしたつもりで、教室の中に入る。
やっと教室の扉から少し中に進めたと思ったら、すぐに教室にあるべきでないものが目に入る。
「……クロンさんは、何を手にしてるのですか?」
クロンの後ろに籠と植物が置いてあった。
キレイに洗われたそれは泥どころか、塵のひとつもついておらず、状態としては完璧に近いだろう。
薬草園などであったら、素晴らしい管理に感動してしまいそうな状態。問題は、ここが授業をする教室だということだ。
聖女クラスは人数が少なく、使用されない場所も多い。邪魔にはならないが、違和感は大きかった。
「ん、これ? 良い薬草があったから取ってきたの」
「クロン、ひとりで採集に行くのは止めてくださいと」
「近場だもの、平気よ」
薬草について触れられ、クロンの顔が輝く。立場が逆転したように、ジャンヌが渋い顔をした。
彼女の名前はクレール・フォン・ボルシェビキ。世界に名だたる薬のボルシェビキ家の令嬢だ。
薬を有効に活用している間に、政治の中枢まで食い込んでしまった。
クロンの父親であるボルシェビキ現公爵は宰相を務めている。
「シェリ、後で乾燥してくれる?」」
クレールという貴族らしい名前より、愛称のクロンと呼ばれる方を好む。
採取から剤形による効果の違いの調査まで、自分の手でやりたがる天才。
薬草が生えている場所なんて深山幽谷ばかり。普通の人間が足を踏み入れる場所じゃない。
ジャンヌの相手もできるという身体能力も備えた人物だった。
「ご自分でできるでしょうに」
「潤すのは簡単だけど、乾燥させるのは大変なのよ」
クロンの属性は水。乾燥させるのはひと手間かかるらしい。
こっちだって、乾燥させるのは分野外だ。
植物を芽生えさせるのと、乾燥させるのはまったく違う魔法だ。
植物に関しては願ったとおりに形を変えてくれるので、どうにかなっているが、その方法を見つけられなかったらどうする気だったのだろう。
「よろしくね」
「わかりましたわ」
にっこりと笑顔で押し切られる。
シェリは渋々頷き、自分の席へと足を向ける。
ジャンヌとクロンは軽口を叩きながら戻っていく。幼馴染の気楽さがそこにはよく現れていた。
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