49歌謡祭の始まり
さて、方法はあるのか。
シェリはどうしようか考えた。
一瞬で喉が治る方法など、あるわけがない。だが、イオの前で諦めるしかないなど口が裂けても言えない。
つまりは、ただの意地で張った嘘ある。
「嘘つきもここまで来ると病気ね」
シェリは自分に苦笑する。
それでもこれが自分なのだ。
嘘を本当にするため、動き回る。姉を探すために聖女になる。
そう決めてから嘘を真実にするために選んできた人生だった。
「何かないかしら……」
一度自室に戻り、部屋においてある喉に良い道具を全部引っ張り出してみる。
今日になって数時間だが、喉の調子以外は大体、元の体調だった。
瘴気あたりは体力を奪っていったが元の体を損ねるものではない。
喉だけ、どうにかなれば良いのだ。
そこが一番繊細な部位だとはシェリもわかっていのだけれど。
「幸いなことに、歌う順番は最後になったし……そこまでに調整を終えればいいから、2時間くらいは余裕がある」
喉のメンテナンスの仕方は個人差がある。
それぞれの体質にあったものになるため、一人ひとりが模索していくしかないのだ。
例えば喉のために、温めの飲み物だけ飲むという歌手がいる。
シェリもしてみたことがあるのだが、声は出る。しかし持続性がなかった。
それよりは、はちみつや油のほうがあっていたようで、声の出や歌いやすさが違った。
「できることを、全力で」
呟くように、言い聞かせるように言葉に出す。
結局はそうするしかない。シェリは集めていた道具から、いくつか選ぶと残りを片付け始める。
あと2時間。
歌えなかったかもしれないことを考えれば、こうやって普通の体調で出れるだけ良い。
そうやって再び幕の袖に戻ってきていた。
「いよいよね」
幕の内側からステージを見つめる。
照明もつけられリハーサルのときとは違う緊張感が満ちている。
あの上は、もう違う世界。
その感覚が好きだ。万全で望めないのが悔しいほど。
歌う順番は開会式のあと、くじで決めた。イオ、ジャンヌ、サーヴァ、クロン、セボ、シェリの順になった。
聖女独唱の前に合唱があったが、無難にこなした。ただ今は目の前の歌に集中したかった。
(良い調子ね)
トップバッターはイオだ。制服でステージの真ん中に立ち、堂々と前を向いて歌っている。
あれがついこの間まで物も言えないような子だったとは思えない。
イオを見つめるシェリに、順番を待つクロンが声をかけてきた。
「人のことばかり心配して大丈夫なの?」
「ありがとうございます。あなたこそ、次でしょう?」
「そうね」
聞こえてくる旋律は、細やかで軽やかな音だった。
彼女の歌声は、聖女候補の5人のうちで一番聞いている。
一緒に練習したこともあったし、なんだったらこの間子守唄まで歌ってもらった。状況を考えると苦笑しか出なくなる。
そのどれとも違う本番の迫力が今のイオの歌にはこもっていた。
課題曲は文句のつけようがない出来。自由曲も、彼女らしい軽やかなで、それでいてセンチメンタルを感じさせる。
聞いていて心地よい。それは一番大切なこと。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
歌い終わって戻ってきたイオに声をかける。
宝珠の輝きはまずまず。一番初めにしては十分な輝きだった。
ジャンヌとサーヴァは、可もなく不可もなくな歌いぶりで、宝珠の輝きとしてはイオが勝っていた。
最初に歌うことは不利になる事が多いのに、彼女はよく健闘している。
(やっぱり、本物は違うわね)
聖属性であり、癒やしの力もピカイチとなれば、今もっとも聖女に近いのはイオだろう。
反対に焦っているのはセボだろうか。あの笑顔の下でどうなっているのか、さっぱり予想できない。
クロンは聖女にかける心意気がわからない。何でも卒なくこなす彼女は、聖女にこだわっていない気がした。
それこそ、ジャンヌのようにただ競いたいだけなのかもしれない。
「わからないわね」
小さく呟く。
ジャンヌ、サーヴァと滞りなく歌唱が終わって、ステージの上にはクロンが立っている。
同じ制服を着ていても、華やかさが違うように、すっと背筋を伸ばして前を見る姿だけで目立つ人間は目立つ。
ステージ脇から見ていても、これなのだから、正面から見たらもっと華やかに決まっている。
これだけの力がありながら誇らない、こだわらない。それは才能がある人間の余裕なのだろうか。
(滑らかな歌いだしに、透き通るような高音……かすれもしない声質、圧倒的ね)
歌謡の才能が彼女にはあった。
自分にあっているものを選ぶ能力もある。
技術も小さい頃から磨いていたとわかる、一朝一夕では身につかないものばかりだ。
歌としては圧倒的。横から聞いていてもスゴイ。正面から一番良い音を受け止めた観客たちは感動に打ちひしがれているだろう。
それでもーーシェリはステージの前方上方に置いてある宝珠をみる。
輝きとしてはイオと同程度。相変わらず、基準がわからない。
「まぁまぁ、ね」
ステージを降りたクロンは肩をすくめながら、そんなことを言った。
可もなく不可もなく。彼女の様子はそう言っていた。
緊張している様子はない。まるで授業を受け終わったあとのような自然体。武闘会でみせた気合が入っている姿とは正反対だった。
水が流れていくように彼女は常にそのまま。貴族としてとても珍しい性質だった。
(あれを”まぁまぁ”で済ませられたら、堪ったもんじゃないでしょうね)
本気で聖歌に打ち込んでも出ない高音や技術がある。ましてや響く声質は完全に天性のもの。
能力だけでぶつかろうと思ったら、セボくらいしか思い浮かばない。
呆れ半分にクロンを見ていた。あちらも気づいたようで、シェリを目にとめると、すぐ側まで歩いてきて体を寄せる。
顔と顔が近づく。耳元で話されるのは慣、相変わらずれなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もしよければ★★★★★クリック評価や、ブックマーク追加などで応援いただけると、とっても嬉しいです。
お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。
いつもありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




