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48/57

48喉


「何のことかしら?」

「そんな歌唱でバレてないと本気で思ってるん?」


 じろりとセボに睨まれてシェリは肩をすくめた。

 クロンも睨むことはしていないが、その瞳は心配そうな色をしている。

 つまりは、シェリの不調に、完璧に気付いている。


(さすがに、バレてるわよね。私自身、ここまで影響があるなんて思ってもなかったし)


 天才を前に誤魔化そうというのが無理な話だったのだ。

 セボの苛立ちは歌うことにそれだけかけているから。歌に対して不誠実であることを彼女は許さない。


(こういうときだけ、厳しいのよね)


 シェリが魔物討伐に熱を傾けているとしたら、セボは歌と呪具にだけ拘るのだ。

 他のことのようにのんべんだらりとしてくれたらいいのに、と思わずにはいられない。


「まずいわね」


 クロンは自分が提案した合唱がシェリの負担になることを心配しているのだ。

 いつも通りの体調であれば、問題は何もない。歌謡祭の曲数である2曲はもちろんのこと、休憩さえ与えられれば10曲だろうと歌ってみせる。

 それだけの練習は積んでいた。

 だが、この喉では全力で歌うなどもってのほか。

 それでも歌える曲数は、多くて3曲程度だろう。歌謡祭に出るには致命的だ。

 

「思ったより瘴気の影響は大きいみたいね。大きく声を出そうとすると、何か引っかかる感じがするのよ。もうちょっと調整してみて、ダメだったら……課題曲だけ歌うことにするわ」


 嘘である。

 大きな発声が必要な場面以外でも、歌いづらさを感じていた。

 いつもなら気にもならない息継ぎの一つをとっても気が抜けない。

 ーークロンの言う通り6割も歌えているかどうか。

 まともに一曲を歌うだけで倍以上の気を使う必要があった。

 

「そうね、その方がいいかもしれないわね……合唱も休む?」

「大丈夫よ。独唱ならまだしも合唱なら調整にもちょうどよいわ」


 にこりと気を使ってくれているクロンを笑顔で交わす。

 合唱で独り抜けるということは影響が大きい。

 10人単位で人がいるならまだしも、今回は全員で6人、各パート2人ずつの合唱だ。

 その上、伴奏もないアカペラでの合唱だ。聖女が体調不良で歌えませんなど、言っていられない。

 出ないよりマシ程度になってしまうが、いないよりは良いだろう。


「まぁ、合唱のことを考えるならシェリさんはいてもらった方がええわな。ただ課題曲だけにするって、本気か?」


 クロンを押しのけるように、セボが距離を詰めてきた。

 片眉を引き上げられた表情ーー信じられない。そう書いてあった。


「歌謡祭では宝珠の輝きが一番の審査対象とされとるけど、審査員の心象は大きいで?」

「わかってるわよ。それは、たぶん、この中で私が一番実感してるわ」


 選定の儀で選ばれるため、その過程の歌謡祭を一番調べたのは自分だと思う。

 勝つために、下準備はしていたのだ。まさか、体調不良に鳴るとは思ってもいなかったのだけれど。


(宝珠の原理が解明されてないのが痛いわね)


 宝珠の輝きは神に届いたかによるとされる。

 だが、大差がつかない。誤魔化そうと思えば誤魔化せる光量であることも多いのだ。

 そうなると審査員の判断に重きが置かれてしまう。

 一曲しか歌わないより、二曲歌って両方輝かせた方が、審査員の心象はよくなる。比べれば平均を取ってしまうのが人間というものだ。

 課題曲は、基本的な技量をみるために設定されている。

 自由曲を歌わないということは、基本的な技量だけで勝負するということーー自分の強みを見せる場面がなくなることを意味していた。


「冗談でこんなこと言わないわよ。課題曲は歌わなければならない。でも2曲は歌えない。なら、そうなるのが自然でしょ」


 シェリとて歌えるなら歌いたい。

 だが、何回も歌ってきたのでわかってしまう。この喉で連続二曲を歌うのは難しいと。

 その上、シェリが選んだ大地礼賛は技巧が必要とされる。低音と高音の切り替わり。小さい音から大きな音への変化。

 ソロで歌うには負担が大きすぎる。だからこそ、腕をみせるには丁度よい歌なのだが。


「大地礼賛を選んだのが仇になったわね……なんだか、申し訳ないわ」

「あの曲は、一人で歌うには負担が大きいですからね」


 クロンが顎の下に手を置く。それからシェリの方を見ると眉を下げた。

 選ばれた過程を知っているのか、ジャンヌもクロンの言葉に賛同する。

 

「え、ええ? シェリさま、体調は万全って」

「起きたときは、そう思ったのだけれど……一週間歌いもせずに寝ていたからね」


 やっとセボとクロンの言っていることを理解したイオが、シェリの袖を引く。

 そのまま隣を見れば、困惑と悲壮をごちゃまぜにしたような顔のイオがいた。

 昨日の状態を考えれば、全力で走れるだけで凄いことだ。


「そんな。もう一度、力を使わせてください!」

「無駄よ。瘴気はきっちり払われているもの」


 瘴気は完全に抜けている。イオの力をもう一度使ったところで、意味はない。

 歌謡祭の前に消耗させるわけにも行かなかった。


「……まぁ、手は抜きまへんえ」


 イオとのやり取りを見て、せぼがそういった。シェリは苦笑する。


(優しいんだか、優しくないんだか)


 わかりづらいお姫様だ。

 それだけを言って去っていったセボの後ろ姿を見つめる。素直じゃないのは相変わらず。心配をかけたようだ。

 クロンもセボを見つめながら苦笑すると「頑張りましょう」と、まさしく優等生の回答をして去っていく。

 残ったのはイオと2人だけ。

 はぁと小さく息を吐く。


「シェリさま、全然、気づかなかったです」

「あなたはパートも離れているんだし、初めての歌謡祭でしょ。気づかなくていいのよ」


 落ち込んだ声が聞こえた。

 さっき少しは盛り返したと思ったのに、セボが突っかかってくるから気づかれてしまった。

 まぁ、言わなかっただけでジャンヌもサーヴァも気づいているだろう。

 ガックリと肩を落としているイオのつむじがよく見えた。

 ぽんぽんとその頭を軽く撫でる。

 それから顔を上げさせた。


「やりようは、いくらでもあるわ。あなたは自分のことに集中しなさい」

「はい」


 どうやって乗り切るか。

 シェリは現状を把握した上で、できることを頭の中で巡らせる。

 勝機がないわけではなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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