47リハーサル
シェリは久しぶりのステージに立った。
聖女といえど、この場所に立つことは限られている。
講堂のステージからみる座席は広く感じられる。
シェリは目を細めた。
(いろいろ準備してくれたみたいね)
確かめるように足をつける。床は硬い。
音がキレイに反射するように考えられたステージは、天井が高く観客の奥に行くほど広い作りになっている。
ステージの上からはすべてを見渡せる。その景色がシェリは好きだった。
最初にこっそりステージにあげてもらったときから、魅せられていたのかも知れない。
「良いステージね」
「はい、色々参考にしてみんなで準備しました」
天井には大きな宝珠が吊り下げられている以外、何もない。
ステージの上には伴奏用のピアノと、後列の人間が乗るための木でできた足台だけ。
端の方に楽譜を乗せる帳台があったが、ほとんど使われることはないだろう。
くるりとステージの真ん中から見回してシェリは満足して頷いた。
「あんまり時間はないで。さっさと音合わせしましょ」
「はいはい。まったく、せっかちね」
「今、行きますわ」
セボがパンパンと軽く手を叩くと、空気が変わる。
いつもはのんびりしていて、動きたくない様子なのに、呪具と聖歌のことになると人が違う。
小さい頃から仕込まれている人間らしく、プライドが働くのだろうか。
クロンが呆れ半分に頷く。シェリ以外のみながそれぞれの配置につくため動き始める。
「あなたはこちらです」
どこに並べば良かったのかわからないシェリはジャンヌに促され、右端の前に並ぶ。
聖女みんなで歌うときの定位置だった。ソプラノはセボとイオ、メゾソプラノがクロンとサーヴァ。そして、アルトにジャンヌとシェリ。
まぁまぁ、順当な割り振りだろう。
というか、完璧すぎる。
歌謡祭の準備から、今年初めて開催される合唱の件まで、シェリがいなくても十分な用意がされていた。
「いつも病気になろうかしら」
普段はシェリから指示されないと動かないくせに、どうやらいないと勝手に動いてくれるようだ。
自分がいなくてもできるという寂しい気持ちと、普段からこれくらい動いてほしいという気持ち。
その相反する気持ちが、シェリにそんな言葉を溢させた。
「ちょっと止めてよー。シェリがいなくて、大変だったんだから」
「これだけ準備できるなら十分でしょう?」
シェリの隣に来たクロンが呟きを拾う。
小声で言い返せば、クロンは肩を竦める。
「はい、そこ。無駄口を叩かない!」
「セボもあれだし……聖女の合唱を失敗するわけにいかないでしょ?」
目ざとく注意してくるセボにシェリはちらりと視線を向けた。
クロンもセボに視線を向ける。何となく落ち着かず、周りを見ていたらばっちり目があった。
イタズラな笑みが溢れている。聖歌を捧げる聖女が、合唱で失敗するわけにはいかない。
そうなったら目も当てられない惨事だろう。だが同時に、そうならないこともシェリは知っていた。
「失敗? ありえないわ」
「そうね、そう思う」
シェリの言葉にクロンもすんなりと頷いた。
配置についたのを確認したセボが、正面で並びを見て小さく頷く。
それから自分の位置、イオの後ろに戻る。
「伴奏はなしのアカペラや。まさか、音なんて外さんよな」
からかい半分に告げられた言葉に、一気に胸の奥に火が灯る。
シェリだけではない。
全員が、全員、燃えていた。負けず嫌いに火が着いたのを目撃した気分だった。
なによりシェリ自身、そんなことを言われて黙ってなどいられない。
「当然」
「当たり前でしょ」
「ありえません」
「はい!」
シェリ、クロン、ジャンヌ、イオ。
全員が力強く反応する。
サーヴァは小さく頷くだけだったが、気持ちとしては一緒だろう。
「〜〜♪」
最初の音は、メゾソプラノから始まる。
そこからソプラノとアルトが絡み合うように音を乗せ、主旋律を歌い上げていく。
(セボさんの正確さと音の通りの良さは、流石の一言ね。イオも負けずに声が出ているし、クロンさんは理想的な歌い方過ぎて怖いわね)
歌唱という部分で一歩抜け出ているのは、この三人だろう。
セボは家柄。クロンは全体的にレベルが高く、イオは天性のもの。
どれも一朝一夕で身につくものではない。サーヴァとジャンヌも遅れは取らないものの、セボやクロンを食う気はない。
ここらへん、聖女に興味があるかが如実に出ている気がした。
(人のことばかり、考えてもいられないわね)
意識を歌に戻す。
実は最初の音を出したときから、違和感を感じていた。元々病み上がりだし、ある程度の出にくさは仕方ない。
それでもこれは酷い。思ったより声が出ていないのだ。伸ばそうと思うと喉に棘が刺さっているように引っかかってしまう。
少しずつ慎重に喉を馴染ませるように歌を紡いでいく。一度でも咳き込んでしまったら、終わりだ。
試運転とは思っていたが、これはまずい。
「ーーんー、とりあえずは良しとしますか」
「そうね。個人の方があるし、合唱はこれくらいで十分でしょ」
一通り歌ってから、気になるところを潰していく。
大体、セボとクロンが指摘して、それを軽く流すだけだ。
クロンはよく音を聞くためなのか、いつもは自然に降ろされている髪の毛を耳に掛けていて、新鮮な姿だった。
あんまりじっと見るとジャンヌの視線が怖いので、確認程度にしている。
「こうやって見るとすごいですね。わたしも違和感は覚えましたけど、どこをどうすれば良くなるとか……どの音を変えれば良いのかまでは、全然わからなかったです」
「ん、こればかりは慣れないと難しいわね。多くの音を聞き分けるには、多くの音をきちんと聞かないといけないから」
細かいところをセボがクロンに確認する。その隙にイオがそう言ってくる。
逆にいえば慣れればできるのだ。
イオも聖女の例にもれず耳が良い。聞き取れる耳があるなら、あとは音に注意して聞くだけ。
聖女候補の合唱は、そういう意味でも良い練習になるだろう。ここまで特徴的な歌声が6種類集まることは珍しいし、ある程度実力も均衡している。
聞き分けの練習にはもってこいの内容だ。
「何を呑気なこと言ってますの」
「シェリ、あなた、いつもの6割も歌えないんじゃない?」
のんびり誤魔化すように話を続けていた。
イオは幸いなことにわかっていなかったから、このまま押し通せるかなと思ったのだ。
それはとても甘い考えだった。
セボとクロンが話し終えた足で近づいてきて、心配そうに言った。
セボは顔をしかめている。クロンは伺うように、慮るようにシェリを見ている。
一気に視線が集まって、シェリはその視線をかわすように肩を竦めた。
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