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46歌謡祭朝


「お、遅くなりました!」


 二人揃って、教室に駆け込む。

 聖女クラスの扉を開けたら、思ったより静かな空間が広がっていた。

 室内にいるのはセボとクロンだけで、部屋を見回しても他の二人はいない。

 残っている二人にしても表情はつまらなそうだった。

 空気の違いに首を傾げると、シェリたちに気づいたセボがいつもの調子で話しかけてきた。


「二人とも遅かったなぁ」

「来ないのかと思ったわ」


 軽く朝の挨拶をしてから、二人が話している輪に入る。

 息もようやく整ってきていた。これだけ走れるならば、歌も問題ないだろうか。

 久しぶりに咳を気にせず話すことができた。


「ええ、お陰さまで回復しました。少なくともイオは来るに決まっているでしょう」


 シェリの言葉にセボとクロンは顔を見合わせる。

 それからふっと小さく鼻で笑ったと思ったら、シンクロするように肩を竦めてみせた。


「イオだって、シェリがいなきゃ休んでたかも知れないわよ」

「なにを馬鹿な」


 歌謡祭は聖女の一番大切な行事である。健康なのに休む馬鹿はいない。

 隣で息を整えているイオに顔を向ける。シェリたちからの視線に気付いたのか、あははと苦笑するばかりだった。

 シェリはまさかと思うしかなかった。


「図星なのかしら?」

 

 この子は一体どんな態度を取ってきたのだろう。

 自分がいなかった一週間でのイオの様子が気になってしまう。

 考えてみれば大半はシェリの部屋にいたのだから、シェリが来なければ休むと思われても仕方ないのかもしれない。


「まぁ、でも、主役の登場としては良いんとちゃいますか。とんでもないものも、発見されてもうたし」


 とんでもないもの。

 大抵のことは笑顔で流す彼女がそんなことを言うモノは限られる。

 シェリは少しだけ身構えた。これは、今まで彼女たちが起こす面倒事を片付けるのが基本的に自分だったせいだ。

 ここ一週間は歌謡祭の準備に関わることができなかった。今日の朝とて、さっき目が覚めたくらいだ。

 イオの方に目配せしても、小さく頭を振るばかりで、何も知らないようだった。

 

「リハーサルの前に舞台を確認したんや。そしたら、呪具があった」


 セボの真面目な顔にシェリは眉を寄せた。

 この頃、呪具やら毒物やら、物騒なものが多い。

 警備はどうなっているのか。イオのときのこともあり、何度か注意はしている。

 

「呪具が?」

「舐めとるとしか思えんわ。わざわざ、うちがいる所に呪具を仕掛けるなんて」


 はぁとセボがため息をつく。

 呪具に一番詳しいのはセボだ。それは家柄、呪具を使われやすいということもあったし、彼女自身の興味がそこに向かっているせいでもある。

 その大きすぎる興味が暴走しない限り、そう問題はないのだ。

 セボの願いを叶えるために走り回ることを常としているサーヴァがいるので、暴走し始めると手がつけられないのだが。 


「サーヴァさんは、それでいないのかしら?」

「呪具の無効化はすでに済んでるんだけどね。そこのお姫様のおかげで」


 クロンの説明にシェリはいつものことかと納得した。

 セボは呪具を無効化してから回収して仕組みを調べるのが好きだった。

 無効化してあるということは、すでに回収されて、手の出せない場所に移されているということだ。


「あんなお粗末すぎる呪具、本当は壊してしまったかったんやけど、回収させてもらいますえ」

「念の為、どんな効果だったか聞いても?」


 はぁとセボが大きくため息をつく。

 よほど呪具の内容が気に食わなかったらしい。

 

「効果は無声。わかりやすく、声が出なくなる呪具や」

「大変じゃない!」

「人に対する指定とか、無声が発せられるタイミングが細かいとか。内容自体は良いねん。良いんやけど」

「やけど?」


 呪具はとにかく面倒くさい。

 効果の設定から始まり、その効果を生むための術式やタイミング、発動キーワードなど、組み込まれている要素が非常に多い。

 その上、どうやって作られているのかわからない。今現在のシェリたちの技術とは根本的に違うもので作られていて、たまに遺跡から発掘されるのだ。

 核となるものは魔法であり、昔は今より遥かに広く魔法が使われていたのだろうと言われる。

 だからこそ、セボのような呪具に興味がある人間は、見つけ次第、解析と回収を行うのだ。


「存在感がありすぎて、わかり易すぎる。うちじゃなくても、見つけられたと思うで」


 ふるふるとセボが首を横に振った。

 彼女の基準がわからない。

 シェリとしては、呪具が見つけやすいほうが危なくないので嬉しいのだが、呪具に完璧さを求めている彼女からすれば、減点対象になるようだ。


「さすが、呪具愛好家としか言えないわね」

「そういえば、ジャンヌさんの姿が見えませんけど」


 はぁとため息を着いたクロンに、シェリは頷いた。

 今回の呪具について文句を言い始めたセボを置いておく。たまにこうなるので、見慣れた光景だ。

 イオの言葉にシェリも周りを見回してみれば、確かにジャンヌの姿がなかった。

 彼女のことを聞くならとシェリとイオのイオンは自然とクロンに集まった。

 話の流れが聞こえたのか。二人の視線の圧力を感じたのか。クロンはすぐに答えてくれた。


「この茶番に飽きたみたいで、どこかで剣でも振ってるんじゃない。終わればすぐに来るわよ」


 片手を上に上げ、”この”の部分でセボを示す。

 ジャンヌは呪具に興味がない。というより、聖女になること自体に興味が薄い。

 始まらないイベントに飽き飽きして鍛錬にでも行ったのだろう。

 クロンの言う通り、そのうちひょこっと顔を出すに違いない。


「さすがに、毒の方はないみたいね。念の為、調べておいたわ」

「そこまでですか?」


 ひらひらと手を振りながら言っているが、内容は物騒極まりない。

 顔をしかめてしまう。

 呪具に毒物と来たら、戦争中のパーティーのようではないか。


「呪具だって同じでしょ。こっちは見つからなかったから、安心して」


 肩をすくめるクロンの言葉にシェリはまったく安心できない。

 呪具も、毒物もないのが普通なのだ。あることが普通のように話されると困ってしまう。

 まぁ、今更のことなのだが。

 

「ありがとう。じゃ、あとはリハーサルね」


 すべてを飲み込んで、シェリは礼を言った。

 今日、歌謡祭が無事に開催できるのは、彼女たちが動いてくれたおかげなのだ。

 何か問題が起きないかハラハラしたものだったが、そこは理解を超える天才たち。

 特に問題なく準備は終えていたようだ。

 たまに聞くイオからは、シェリの代わりに尻拭いをしてくれているのを感じたが。


「そうやね。どこまで回復したのか、楽しみにしてますえ」

「病み上がりで歌うんだから、無理しないことね」

「ええ」


 セボとクロンの言葉に頷く。

 二人共その顔には「楽しみ」と書いてある。どこまでも負けず嫌いなのだ。ライバルが復活して楽しみなんだから。

 二人が先に行くのを見ながら、シェリも教室を出た。隣に気配もなく並んできたのはイオだった。

 この頃見るようになった心配そうな表情が見えた。


「シェリさま、無理だけはしないでくださいね」

「はいはい」


 いつかも交わした会話をしながら、シェリはリハーサルへ臨んだ。

 

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