45治癒のちから
再びこっそり自分に魔法を使う。
ブランに大見得を切ったのだから、治らないなど言いたくないのもある。
いい加減、自分のために徹夜するイオに迷惑をかけたくない。
(対処はあってると思うのよね)
瘴気あたりと考えたセボは正解だった。聖女の力を発動すると、少し息がしやすくなる。
高熱で震える手を組んで、魔法を使う。するとすっと何かが抜けるような感覚がして、そのまま眠りにつく。
疲れているのか、熱のせいなのか判断はつかなかった。
それを数え切れないほど繰り返した。
「もう少しね」
もはや、大会は明日に迫っている。
熱は最初より下がったとは言え、まだベッドから出れるほどではない。
いざとなったら、クロンからもらった熱冷ましを飲んで出てしまおうと思っていた。
ベッドの上で体を起していても、以前よりずっと楽だ。
意識がある時間も増え、魔法を維持できる時間も増えていた。
窓の外では青い空が広がっており、歌謡祭の日もこんな天気なら良いのにと思った。
ーーどうにか、イオにばれずに治せそうだ。
そう思った矢先に、それは起きた。
「……なに?」
最初聞こえたのは、貴族寮に相応しくない荒々しい足音だった。
一直線に自分の部屋へと近寄ってくるそれに、シェリは目を覚ました。
「シェリさま!」
部屋に飛び込んできたのはイオだ。血相を変えた様子に、何かあったのだろうか。
苦しそうに肩を上下させる姿から、よほど急いでここに来たのが感じ取れた。
シェリはベッドに半身を起こす。
「イオ、どうしたの?」
「どうして言ってくれなかったんですか」
荒い息。まだ言葉の端が震えている。
それでも、聞かずにはいられないというようにイオは顔を上げてシェリを見た。
乱れた前髪が瞳にかかっているが、その合間から見える強さに息を飲む。
ーーバレた。
脳裏をよぎったのは、その一言だった。
「……何が?」
「わたしの力を使えば、シェリさまの熱は下がるらしいじゃないですか」
足の震えが収まったイオがベッドサイドに近寄る。
シェリはこの頃やっと慣れてきた角度でイオの顔を見上げた。
下から見ても彼女の頬は少し膨らんでいる。怒っているというより、拗ねているようだ。
他の聖女クラスのみんなには口止めをしたから、自分だけ知らなかったという事実が堪えているのかも知れない。
強く引き結ばれた唇に握りしめられた拳。彼女の憤りがそのまま伝わってきそうだ。
「聖女クラスのみんながコソコソ話してるのを聞きました」
「隠していたのは謝るわ。でも、確実に治るわけじゃないし、どれだけ日数がかかるかもわからなかったのよ」
嘘はついていない。
イオの魔法は病気には効き目が薄い。癒やしの力はその人が持つ治癒の力を増やすものだ。
傷は目に見えて治るけれど、病気はまた別の区分になる。
その上、瘴気あたりでは、どれだけの力を使うのかも未知数だった。
「それでも、治るんですよね?」
「それは」
言いよどんでしまったのは、シェリがこっそり使っていた魔法でも効いていたから。
自分の魔法で効くならば、癒やしの魔法はさらに早く治っただろう。そういう推測がついてしまったから。
「おかしいと思ったんです。全然下がらなかった熱が下がり始めて、そのわりにシェリさまは疲れている様子だし、セボさまやクロンさまからも、気にかけるように言われるし」
下がらない熱は重病だ。
治る病気は2、3日で快方に向かう。今回のシェリのように光熱が続く場合、周囲の心配はうなぎのぼりだ。
一番辛いであろう最初の数日をずっと見ていたのはイオだった。
とても心配をかけていたらしい。
こっちを見る瞳は強くても、目のふちが涙で潤んでいた。
「ごめんなさい。それでも、あなたの力を使うわけには」
「聞きません」
「イオ」
彼女の名前を呼ぶ。もう一度首を横に振られた。
「わたしを騙していたシェリさまは、大人しく治療を受けてください」
じっとシェリを見つめる視線に、もう一度断ることもできなくて。
徐々にイオの力が集まりだす。聖なる力の高まりにシェリは諦めて目をつむった。
音がした。
チュンチュンと小鳥がさえずる音が、いやにはっきり聞こえる。
久しぶりにスッキリしているせいだろうか。
体もやけに軽い。
深いまどろみから少しずつ意識を上昇させる。
瞼を上げれば、窓から差し込む太陽の光で部屋が明るく輝いていた。
「今は?」
かすれた声が出たが、痛みはない。水でも口に含めば、さらに楽になることだろう。
昨日のことを思い出す。イオに怒られた。
使われた力は、シェリの比ではなく瘴気を吹き飛ばし、そのまま疲労で寝てしまったようだ。
どんどん過保護になっていく年下の同居者には困ってしまう。
(ああ、朝なのね)
ぼんやりとした頭で、時計を見た。
途中、ベッドに突っ伏すようにしてイオが寝ていることに気づく。
どうやら、シェリに力を使ったまま寝てしまったらしい。
「困った子ね」
シェリは頬に手を当て、イオを眺めた。
イオの表情は満足げである。わざわざ歌謡祭の前に、疲れるようなことをしなくてもいいのに。
そう思っても、治そうとしてくれたことが嬉しくないわけではない。
迷惑になるのが嫌なだけなのだ。
「ん? 歌謡祭?」
昨日は、歌謡祭の前日。
間に合わなそうだったからこそ、シェリはクロンからもらった薬を飲んでしまおうかと思った。
一夜明けての、今である。
時計をもう一度見る。今度ははっきりと頭は覚醒していた。
「8時……?!」
飛び起きた。
かけられていた布団が大きく跳ね上がられ、イオの体の上にかかる。
もぞりと身じろぎをした程度で起き上がることはなかった。やはり疲れているようだ。
その肩に手をやり、揺り動かす。
とにかくイオに起きてどいてもらわないことには、シェリは布団からでることさえできない。
「イオ、起きなさい! イオ!」
「ふぁ、はい?」
グラグラと遠慮なく動かす。
こうやって彼女の寝顔をじっくり見るのは、じつは初めてに近い経験だったが、浸っている暇はなく、あっという間に過ぎ去っていった。
イオは半分覚醒した顔で目元をこすり、気の抜けた声を出す。
「朝よ。遅刻よ。歌謡祭よ。遅れたら、出場できなくなるわ!」
「ええっ」
がばりとイオも身を起こした。
一瞬顔を見合わせる。それからすぐに行動を開始する。
貴族の部屋でほとんど聞き慣れない慌ただしい音が響く。
「シェリさま、体調は?!」
「おかげさまで、治ったみたいよ」
ベッドから降りて、制服を引っ張り出す。
お互いの身支度を簡単に確認して、それから廊下へ飛び出した。
走りたい気分だったが、貴族令嬢が走るなんてことはできない。いや、まぁ、討伐で走り回っているシェリからすれば、どういうことという感じなのだけれど。二人共できる限りの早足で廊下を進んでいく。
イオが今更、気づいたように問いかけてくるので、シェリは思わず笑ってしまった。
「良かった!」
「ええ、本当に。ありがとう」
キラキラとした笑顔が降ってきて、シェリも知らず満面の笑みで返していた。
あとは間に合わせるだけ。
二人で頷きあい、急いで、聖女クラスへ向かった。
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