44教会の助け
目を覚ますとお昼だった。
イオが授業に行き、誰もいない部屋でシェリはウトウトとしていた。
熱は下がらなかったが、瘴気だとわかれば対応もわかる。聖女の力を循環させれば良いのだ。
問題は具合が悪くて、精密なコントロールができないことなのだけれど。
「この力も謎よね」
ここ数日で慣れてきた操作。
暴発することはなくなった。これで慌ててイオから傷を隠す必要もなくなる。
時間があると色々なことを考えてしまう。
一体、聖女の力とは何なのか。イシュル湖に魔神を封じた力。
なぜ、そんなものがあるのか。なぜ、突如人に宿るのか。
今までは思ってもみなかった疑問が熱でぼんやりとした頭に浮かんでしまう。
(血筋とは言われているけれど)
元々、ティーアの成り立ちは、魔神を封じた勇者が聖女とともに建国したというものだ。
グランアルバや共和国も似たようなもので、基本的に魔神を封じたときの人間が関係している。
三国は一つの湖を通じて密接な関係があったため血も入り混じっているのだ。
聖女の力について研究している人間は多いが、結局の所よくわかっていない。
「シェリさん」
「はい」
そうやって時間を潰していたら、コンコンと扉を叩く音がした。
扉の向こうから、この部屋では聞かない声がする。
ブランの声だった。基本的に教会から出てこない彼が寮まで来ることは珍しい。
「どうぞ、お入り下さい」
ベッドの上から咳が出ないギリギリの声の大きさで、ブランを中に招き入れる。
本来であれば扉を開け、迎えなければならないが、病気ということで容赦してもらおう。
「失礼しますね」
ドアノブが下がり、ゆっくりと扉が開く。
いつもの神官服を着たブランが立っていた。ゆったりと歩いてくる。
ベッドまで数歩という距離でシェリはブランに頭を下げた。
「神官長。すみません、この大切なときに体調を崩すなんて」
「いえ、今は体調を一番に考えて下さい。様々なことがありましたから、あなたへの負担も大きかったのでしょう」
そっと肩に手をかけられ、温かい言葉をかけられる。
シェリは少しほっとした。今の時期寝込んでいるようでは、選定の儀に大きなダメージになってしまう。
聖女として失格と言われても仕方ないと思っていたため、ブランから優しい言葉を聞けて気が緩んだ。
「ありがたいお言葉です」
言い終わり、ふとブランの様子がおかしいことに気づく。
いつものような笑顔ではあるが、薄っすらと冷たさを感じる。
視線の動きが忙しない。言葉を探すように口が何度か開閉した。
シェリはわずかに首を傾げた。
「どうされました?」
「……瘴気あたりであれば、治る呪具があります」
一度、外を見て、それからもう一度シェリを見る。
聞こえてきた言葉に目を見開く。そんなものがあるとは、まったく知らなかった。
だが、歌謡祭に間に合わせる方法があるなら、聞かないわけにもいかない。
思わず身を乗り出し、ブランに近づいた。
「本当ですか?」
「ええ、ですが……条件があります」
瘴気あたりに特効薬はない。
そう思っていたシェリにとっては希望の光だ。
頷くブランに身を乗り出したせいで、ベッドが少し軋んだ。
「条件?」
「これは瘴気を移動させるものなのです」
顎の下に手を当て、彼の言葉を聞く。
瘴気の移動。瘴気自体は、それだけで存在できない。魔物が身にまとうか、人にくっつくか。
瘴気を封じ込めておけるなら、こんなに言いづらそうではないだろ。
シェリはその可能性に思い当たり、唇を引き結んだ。
「誰かに、移すということですか」
「ええ。そうなります」
ひと呼吸おいてからブランに尋ねる。
彼も申し訳なさそうに眉を下げていた。
誰かに移す。つまり、自分の代わりに誰かが歌謡祭に出られなくなる。
「体調さえ万全であれば、歌謡祭での点数がいくらであれ、シェリさまの努力が報われることでしょう」
「それは……」
不正の匂いがする。
聖女を選ぶ儀式は神聖なものであり、俗世の思惑が入って良いものではない。
何より今のシェリには、そうまでして聖女に選ばれたいという思いが少なくなっていた。
イオが来る前だったら、何がなんでも聖女になろうとしただろう。自分以外の有力株ーーセボやクロンに瘴気を移すこともしたかもしれない。
だが、今となれば、聖女クラスの誰かを犠牲にしてまで選ばれることは考えられない。
(甘くなったのかしら)
自分に苦笑する。
セボの持ってくる問題は頭が痛いものばかりだったが、背中を押してくれることも多かった。
サーヴァは見えないところでイオのサポートやトラブルの後始末をしてくれた。
クロンとジャンヌには驚かされてばかりだ。武闘会も、その前の穴に落ちた時だったときも。二人は聖女に何のこだわりもなく生きていた。それが、少しうらやましかったのかもしれない。
「神官長さま、ありがとうございます。そう言っていただけるのは嬉しいです。ですが……」
シェリはまず深々と頭を下げる。少なくとも、シェリを助けようとしてくれたのは本当だろうから。
それから、まっすぐ彼を見る。
それだけで、シェリの答えは伝わったようだった。
「使わない、と」
「ええ。神に任せようと思います」
数秒の沈黙が続いた。
それでも、シェリは自分の意思を変える気にはならなかった。
やがて根負けしたようにブランが苦笑する。
そんな提案をしてくる時点で王国は切羽詰まっているのだろう。
王国の貴族として、本当はこの話を受けたほうが良かったのかもしれない。
ブランが部屋から出ていくのをシェリはただ見ていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
もしよければ★★★★★クリック評価や、ブックマーク追加などで応援いただけると、とっても嬉しいです。
お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。
いつもありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




