42熱の原因
一日では治らなかった。むしろ、熱は上がり続け、イオがベッドサイドで右往左往していたのを朧げに覚えている。
いつ起きても、イオは側にいた。
歌謡祭も近いのに、徹夜に近いような状態で世話をさせることになった申し訳無さのほうが先に立った。
「イオ、あなたも授業があるんだから、寝なさい」
「わかっています。シェリ様は心配せずに休んでください」
声をかけてもそんな返事ばかり。
さらに言葉を続ける元気はない。そのまま静かに瞳を閉じた。
ランプの明かり一つでもベッドサイドにいてくれる人の顔がこんなにも見えるとは知らなかった。誰かがずっと側にいてくれることの心強さを感じた日だった。
「……下がりませんね」
「クロンさんの薬もあるし、大丈夫よ」
シェリの熱を計るとイオが顔をしかめた。
体感でも変化はない。クロンが差し入れてくれた薬を飲んでから、体としては大分楽だった。
熱も上がり止まった。もっとも高い状態なところが、イオの表情を暗くしている。
意識が飛ぶことはなかったが、起きている間の消耗は激しいらしい。
起きて軽く水分や食べ物を口にすると、すぐに眠くなってしまう。
まるで幼子のような生活だ。
覚えているのは、起きるたび隣に誰かいることーーこの頃になると、イオだけでなく、他の聖女候補の面々も顔を出すようになっていた。
「あんさん、ええ加減、おかしいんとちゃいます?」
「……そのようね」
その一人であるセボは、イオが休んでいるのを見計らって、シェリにそう告げた。
シェリにも湧き出始めていた疑念。これは普通の風邪ではないのではないだろうか。
聖女の勤めを果たせるように、そこらの貴族より鍛えられた体は、学園に入る頃には病を寄せ付けないようになっていた。
シェリが寝込むのは、怪我か欠損に落ちたときのように瘴気に当たったときだけだった。
「瘴気にあたったか、いまさら穴に落ちた影響が出てきたとか。他にも、考えたくありまへんけど呪具の類もありますなぁ」
セボが早口に告げた言葉に、シェリは頷いた。
魔物が発生し続けると、穴から毒が漏れるようになる。瘴気と呼ばれるものだ。
聖女の力はこれを綺麗サッパリ消してしまえるのだが、まれに瘴気によって病を被る者もいる。
これが瘴気当たりと言われ、今のシェリの状態に一番近い気がしていた。
「瘴気が一番近いかしら」
「まぁ、呪具や毒なら端っこを掴むのも簡単なんやけどね。特にそういうのはなさそうや」
呪具の類は、セボが一番得意としている部分だ。その彼女がないというなら、そうなのだろう。
聖女として多くの人間を輩出してきたということは、それを呪おうとする輩もたくさん出てくる。
何より彼女の家は王位継承権が絡んでくる。
自然とセボの家は呪具や暗殺について詳しくなったし、サポートするサーヴァはさらに探索と破壊に特化している。
「毒についてはクロンさんが調べてくれたで。あの子、便利な体やな」
「その言い方は、どうなのかしら」
セボの言葉にシェリは苦笑いを浮かべる。
クロンは毒物に詳しいーー具体的には、鼻が利く。毒物が使用されていれば匂いでわかるらしい。
確かに、こうやって床についている間に、セボが部屋を観察していたり、クロンがそれとは分かりにくい歩調で歩きまわったりしているのを見た。
知らぬ間に級友たちはいろいろやってくれていたようだ。
「ということは、やっぱり瘴気なのね」
「やろうな。欠損に落ちるなんて、あってはならないことやから」
人にすれば毒の海に落ちたようなもの。
実際、中に入ったときの気分としては、まさしく毒を泳いでいる気分だった。
上も下も分からない。動こうとすればグラグラするし、視界はよくわからない色に阻まれる。
あの世界から返ってこれたのは本当に奇跡的なことで、イオとジャンヌのおかげだった。
「イオは大丈夫かしら」
ふと過ぎった。自分がこの状態ならば一緒に欠損に落ちたイオに同じような症状がでてもおかしくない。
ここ数日はシェリのことで、体力を削られているだろう。
今だってセボが来て、代わりにイオを無理無理休ませたのだ。
(無理しないように言ったのにね)
ちらりとセボの後ろにあるベッドへと視線を向ける。イオのベッドだ。今、そこで彼女は寝ている。
本当は別の部屋に連れて行って欲しかったのだけれど、イオが頑なに譲らなかった。
これだけ側にいて移らないのも不思議だったが、これが瘴気当たりならば、それも道理だ。
「大丈夫とちゃう? あの子は、あんさんと違って瞳の色も変わらんかったし、予知夢を見るようにもなっておらんから」
「そう。なら、いいわ」
シェリには様々な変化が起きた。瞳の色は代わり、予知夢を見るようになった。
しかしイオには何も起きなかった。良いのか悪いのか判断に困ってしまう。
それが体質の問題なのか、聖女として一番強い聖属性を持っているからなのかは分からない。
瘴気に強いのは間違いない。身体自体も元々丈夫のようだ。
「諦めるん?」
うっすら、ぼんやり、イオのことを考えていた。
その脇からまるで絡まった糸をばっさりと切り落としたように、セボが確信に迫ってくる。
諦める? 何を? 聖女になることを?
シェリは天井からセボへと視線を移す。
(そんなわけ、ないじゃない)
歌謡祭も近いのに、まったく練習ができない。
これは由々しき事態だ。絶望的と言っても良い。
この状態では歌うことさえ難しい。
瘴気あたりは回復に時間がかかる。毎日聖女が瘴気を払っても一週間はかかるのが定説だった。
セボの言うように、諦めるのが普通なのかも知れない。それでも、それでも努力だけで上り詰めてきた私が諦められるわけがない。
「いいえ、全力で治すだけよ。瘴気に勝つには聖女の力を使えばいい。寝ているだけだもの、力を使うくらい楽なものだわ」
「また無茶を」
シェリの言葉にセボは顔をしかめた。
聖女の力は外側に向けられる。自分自身に魔法をかけるなんてしない。
イオのような癒やしの力ならまだしも、シェリの魔法は植物に使うものだ。
どんな影響が出るか少しも予想がつかない。
「イオはんに頼んだらええんとちゃいます?」
「いえ、これ以上彼女に迷惑はかけられないわ。大体、聖女が瘴気あたりなんて、恥ずかしくて言えないでしょ」
「イオはんはそんなこと気にせんし……言わんほうが怒ると思うけどな」
シェリにもそれはわかっている。後半の言葉は小さくて聞こえなかった。
頑ななシェリの様子に、セボは渋々頷いた。
浄化の力を持つイオに頼むのが一番である。それくらいシェリにも分かっている。
それでもこの時間の無い時に、治るかも分からない病気のために、人の手を煩わせるのがシェリは嫌だった。
「見ていなさい。絶対に治してみせるから」
「はいはい。努力の天才さんは、こんなときでも努力するんやね」
「それしかできないもの」
シェリの言葉に、セボは諦めたように笑うだけだった。
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