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40クロンの提案


 シェリの言葉にクロンは少しだけ首を傾げた。

 

「あたし? あたしは『聖なる湖のほとりで』よ」

「ああ、たしかにあの曲はあなたらしいですわ」


 『聖なる湖のほとりで』は有名な聖歌だ。シェリの前には置いていない。

 好む曲調ではなかったし、自分らしいものとも思えなかったからだ。

 『聖なる湖のほとりで』は、三国が囲んでいる湖の美しさを歌った歌で、そこから神への感謝を捧げるものになっている。

 水属性であるクロンが歌うにはぴったりだし、透き通るような高音が美しい曲なのだ。


「でしょ。ちなみに、ジャンヌは『旅路の果てに』を歌うみたい」


 『旅路の果てに』は、聖歌にしては珍しく、人が受難の道を歩いた果てに神の御心を知るという物語形式の曲である。

 神からの試練を努力と忍耐で突破していく姿が劇的で、歌う者は低音の伸びやかさを要求される。

 あまり選ばれることのない楽曲だったが、ジャンヌが歌うのであればぴったりかも知れない。

 そこまで考えてからはたと気づく。


「……人のものまで教えて良いのですか?」

「いいんじゃない? だって、あたしが選んだもの」

「ああ、確かに、ジャンヌさんならあなたにお願いしそうですが」


 シェリはジャンヌの顔を思い浮かべながら苦笑した。

 この二人のあっけらかんとした軽さ。これは貴族社会に慣れたシェリにとって、物珍しいものだ。

 通常、聖歌を選ぶことを他人に任せるなどありえない。聖女になるために重要な部分であるし、自分が歌うのだから、どれが歌いやすいかなど自明の理なのだ。


(だからこそ、迷うのだけれど)


 ここが歌謡祭の難しい部分である。

 歌いやすさだけで、技術だけで評価されることはない。

 宝珠の輝きは、心に反応すると言われる。心を込めやすいものとなると、やはり好きなものになりやすいのだ。

 ジャンヌの聖女になりたい理由を知った今となれば、クロンに選んでもらったということに疑問はない。

 クロンも元々世話焼きの性格だったし、ジャンヌは曲選びに頓着しなそうだ。


(むしろ、クロンさんが選んだほうが頑張って歌いそうね)


 なにせジャンヌはクロンのために未来を、予知夢を覆した。

 そんなことができる人間は、そうさせる相手に選んでもらったほうがやる気もでるだろう。

 納得できた。だからこそ、シェリはクロンに切り返す。


「で、どんなご用事で?」

「わかる?」

「わかるに決まってるでしょ。わざわざ他人の曲を選ぶために、ここまで来ないもの」

「そうよね」


 クロンは落ち着かない感じで、髪の毛を触った。

 珍しいなと素直に思った。クロンは完璧な貴族令嬢だ。

 内面が表に出ることは珍しい。

 明るく見える表面も、感情のままではなく、そう望まれている姿を表しているのだ。

 貴族令嬢なら大なり小なり身につける技術だ。


「実は、お願いがあるのよ」

「何でしょう」


 照れたようにおずおずと言い出すクロンに、シェリは首を傾げつつ言葉を待つ。

 クロンの申し出にシェリは、目を瞬かせた。



 クロンの提案は歌謡祭で合唱をしたいというものだった。

 聖女の選定に関わる歌謡祭で、わざわざもう一つ仕事を増やしたいなんて不思議だったが、悪い話ではない。

 個人戦に入る前に合唱するくらい聖女候補として鍛えられている人間ならば可能だ。

 シェリ自身、声を合わせる感覚は好きだった。


「それで、合唱もやることになったんですか?」

「ええ、そうなのよ。もちろん、個人練習に影響が出ない程度になる予定なのだけれど」


 週末は孤児院。そのルーチンをイオは崩していない。

 返ってきたイオにシェリは、昼の間、クロンから持ちかけられた話をする。

 合唱は聖歌でもよく取られる形式だ。

 むしろ、シェリたちのようにソロで聖歌が歌われることの方が珍しい。

 一般生徒はほとんど合唱形式でエントリーしているくらいだ。


「他の皆さんは?」 

「セボのところは、セボが面白そうって了承してくれたわ。セボがいいならって、サーヴァも頷いてくれて」

「クロンさまが話を持ってくるくらいだから、ジャンヌさまはすでにわかっているわけですね」

「そうなるわ」


 こくりと頷く。

 なんとも分かりやすい。クロンが話を持ってきている時点で、ジャンヌという賛同者がいるのだ。

 シェリがすべきことは、もう一つの国に話を通すことだけ。そのセボのところだって、結局はセボが賛成してくれれば良い。

 

(こういう時は、素直に助かるわね)


 逆に考えれば、クロンかセボが反対するとプラス二名を説得しなければならないのだが、今の所そんな状況にはなっていない。

 わざわざシェリの元に話を持ってきてくれたクロンの期待に答えられてホッとした。

 ティーア国の聖女候補だから取りまとめることになっている。

 自分の聖女の力の程度を知っている身としては、恐れ多いのだが、クロンはそんなメンツをきちんと立ててくれた。


「わたしは構いませんよ」

「いいの?」

「はい。むしろシェリ様と声をあわせられるなんて嬉しい限りです」


 ニコリと笑って頷いてくれる。

 良かった。

 シェリは胸を撫で下ろす。イオならば賛同してくれると思ってはいた。


「それじゃ、今回の歌謡祭は合唱も追加する形で良いわね」

「はい。曲はどうなるんですか?」

「それはまだ決めていないのだけれど、おそらく『御心のままに』になると思うわ」

「わぁ、素敵ですね」

「あの曲が一番謳われるし、個人で選んでいる人もいないみたいだったから」


 聖歌は民衆に慣れ親しんでいる。

 その中でも一番認知されているのが、『御心のままに』だ。

 一番、練習がいらないとも言う。

 聖女であれば誰もさらりと歌うことができるだろう。

 今年の歌謡祭は、また新しいことができそうだ。

 シェリは少しだけ口元を緩めた。


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お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。

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