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 討伐は魔物を倒して終わりではない。

 魔物が発生する穴――世界の欠損を埋めて初めて終わりになる。

 騎士の仕事には欠損を探すことが含まれている。欠損の探索は有効な手立てがなく、聖女の力も発揮されない。

 使えるのは、人海戦術だけなのだ。

 シェリの欠損の場所を尋ねる言葉に、騎士は口をつぐんだ。

 嫌な予感がした。

 じっと見つめられ、居心地が悪そうな彼が言いづらそうに口を開く。

 

「それが……見つかっていないのです」


 かっと頭に血が上った。

 ――見つかってない?

 ありえない。職務怠慢ではないか。

 出ていきそうになった言葉を押し留め、適切な温度になるまでぐるぐると回転させる。

 その努力がとれほど効果があるのか。自分でも疑問なのだけれど。

 

「穴を埋めなければ、いくらでも魔物は出てきてしまいますわ!」


 落としたはずの勢いは、それでも強い剣幕になった。

 魔物を退治するのも騎士の仕事だが、欠損を探すのも大切な働きだ。

 むしろ大本を止めるという意味では、世界の欠損の方が重要かもしれない。

 こればかりは人手に頼るしかなく聖女だけではどうにもないらないのだから。


「まぁまぁ、シェリはん。見つかってないなら仕方ないやろ?」

「セボさん、これは義務に等しいことです」


 するりと合間に入ってきたのはセボだった。

 騎士とシェリの合間に入る彼女の表情に緊張はない。

 そう言われても、すぐに納得はできない。

 魔物討伐と欠損を埋めることは1セットだ。

 セボの口から、はぁと大きなため息が漏れる。まるで子供を見るような瞳に、少しひるんだ。

 

「こういうところ、頑固なんやから……うちが、良いって言ってるんやから、良いんです。これだけ人を使って見つかってないものが、すぐに見つかるとも思えんしな」


 首を横に振りつつ、言い聞かせるように。

 あまり振りかざすことのない身分まで使って止めに来ている。

 聖女を一番輩出しているグランアルバ王家が言うと重みが違う。

 視線と視線がぶつかる。


「セボさんが言うなら仕方ありませんね」


 引くしかない。

 セボの言うことは、もっともなのだ。

 シェリたちの周りにいる騎士たちだけで、10は超える。森に入っているグループが他に5つはあるはずで、一グループの人数が5人と考えても25人は森に入っている。

 欠損は見逃せるものではない。

 文字通り世界が欠けているのだ――違和感は大きい。

 それを見つけられない時点で、分かりづらい場所にあるか、面倒なことになっているに違いないのだ。

 

「……帰ります」


 大きく深呼吸して、空を仰ぎ見る。

 頭を下げる騎士の間を通りすぎ、馬車へと一足先に腰を落ち着けた。

 すぐにセボとサーヴァも乗りこみ、寮へ帰ることになる。

 馬車が動き始めてしばらくしたころ、シェリは礼を口にした。

 

「ありがとう、助かったわ」

「討伐のことになると、引けんくなるの悪い癖やで」


 めっと怒られる。

 まるで子供みたいな扱いに曖昧に頷く。わかっていても、ダメなのだ。

 何を言っても言い訳になりそうで、黙ったままお小言を聞いていた。

 

「まぁ、気持ちはわかりますけどな」


 切り替わった声は優しさに満ちていた。

 セボの瞳が気遣わしげな色を帯びる。

 その理由に心当たりがあるシェリは、何も言うことが出来ず、ただ馬車の床を見つめていた。


「リゼットさまは面白い方やったさかい」

「真っ直ぐで、気さくで、素晴らしい方でしたね」


 リゼット・フォン・アテンド。

 シェリの腹違いの姉であり、本妻の子供である。

 疎まれてもおかしくないのにリゼットは優しかった。

 本妻の子として生まれ、きちんと教育を受け、さらに聖女の力に目覚めた。

 妾腹として生まれ、孤児院で育ったシェリとは、何もかも違う。

 アテンド家に戻ることになったのも、リゼットが進言したと聞いていた。


「姉さまだったら、もっと上手くやれたのでしょうね」


 記憶の中の姉に近づこうと努力してきた。

 嘘を重ねようと、それを真実にするための頑張った。

 そうやって出来上がったのが、聖女としてのシェリノール・フォン・アテンドなのだ。


「属性も聖属性やったし、討伐数も群を抜いていたし……次の聖女の儀は彼女がするもんやとばかり思ったわ」


 姉は、まさしく完璧な聖女であった。

 属性は聖属性で、力自体も強く、魔物の被害のことを考えて、討伐も数多くこなした。

 騎士団とのつなぎも、アテンド家が軍閥ということでスムーズに行われたし、姉は差し入れなどの心遣いも忘れなかったらしい。

 姿形は、絵姿に描かれるような完璧な聖女様だ。

 腰まで伸ばした髪の毛は、本当に金のように煌めき、シェリより濃い色をした頭髪は毛先に行くほど薄くなり輝きを増す。

 瞳は空の青さを込めたような、吸い込まれそうな色をしていて、縁取る瞼はすっきりとした二重をなしていた。

 

「セボさまでも珍しく懐いてましたから」

「まぁな、あれだけ心地よい人はそうおらんやろ」


 いつも無表情に近いサーヴァがほんのりと口の端を緩めた。

 セボも否定せず、手に持つセンスをパタパタと揺らす。

 幼い仕草だが彼女には似合っていた。

 リゼットは子供にも人気があった。気取ったような部分がなく、気さくに誰とでも話したからだ。 

 

「リゼットさまがいなくなって、8年くらいか?」

「年齢だけ、追いついてしまいましたわ」


 セボの言葉が馬車の中に落ちた。馬車が進む音だけが空間に響く。

 ふるふると小さく頭をふって外を見る。代わり映えのない緑の景色が広がっていた。

 完璧な聖女。

 彼女がいれば、聖女の儀は問題なく執り行われ、世界はつかの間の平和に包まれる。

 そのはずだった。


「未だに、何も見つからないんやって?」

「教会の方でも捜索してくれているのだけれど、魔物に食われたって考えが大半ね。私も姉さまが最後に向かった場所を探したりしたいんだけど、危ないからって止められるし」


 ある日突然、リゼットはいなくなった。

 魔物討伐ではない。

 湖の近くにある教会へ聖歌を捧げにいく定例行事だった。

 今でも出発する後ろ姿をはっきり覚えている。

 

「姉さまなら、突然、ふらりと帰ってきそうな気がしているの」


 その仕事が終わっての帰り道。

 ふらりとどこかにいったまま、リゼットは帰らなくなかった。

 遭難、誘拐、盗賊、魔物……その他、色々なことが考えられリゼットの捜索は続けられた。

 しかし、死体はもちろん、身につけていたものさえ見つかることはなかった。

 魔物に食われた。

 そういう意見が徐々に大半を占めるようになった。何ひとつ、血痕さえ見つからないのは、ありえないことだったからだ。


(姉さまが、魔物に食われる方こそ、ありえないわ)


 シェリはリゼットの強さを知っている。

 武術も、魔法も、歌でさえ、リゼットはシェリの理想だった。

 そんな姉がいきなり魔物に襲われて、戦闘もせず、食われることなどあるのだろうか。

 初めて聞いたときから、消えない疑念はくすぶり続け、シェリが聖女を目指す理由になった。


「不自然な消え方やったもんなぁ。魔物の仕業と考えるのもわかりますえ」


 リゼットがいなくなったあと、捜索は湖を囲む他国にも広げられた。

 グランアルバはその中のひとつで、セボも状況を聞いていたのだろう。

 否定したい。でも状況は否定できない。

 シェリにできるのは、聖女の活動をしながら、姉を探すことだけなのだ。それも、ままならない状況なのだけれど。

 

「だから、魔物と魔物を生む欠損は必ず消さなければならない」

「肩の力を抜かんと、逆に引き込まれるで」


 出てきたシェリの言葉には、一番の重みがこもっていた。すぐさま、セボからたしなめられる。

 大きく息を吐く。

 騎士もわざと見つけられないわけではないのだ。

 あんなことを言っても、意味はない。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 魔物退治は気が抜けない。力も抜けない。シェリの油断で、人が死ぬ。騎士たちは傷つく。

 今回、重症は出なかった。僥倖だ。

 いかに、被害を少なく魔物を討伐できるか。

 いかに、成果をあげることができるか。

 いかに――聖女になれるか。

 シェリの頭を回るのは、そんなことばかりだった。


(本物の聖女だったら……せめて、癒しの力があれば)

 

 聖女の力には、尊さがある。

 一番聖女らしいとされるのは、癒しの力。浄化の力ともいえる。

 世界の欠損を埋めてしまう、なかったことにするものだ。

 命を落とす確率が減るのは大切なことだ。

 人は簡単に儚くなってしまうものなのだから。

 

「筆頭聖女さまは、もう先まで考えていらはるんやねぇ」

「やめてください」

「へいへい」


 セボの軽口を止める。

 聖女の筆頭なんて言われるのは、ごめんだ。自分はこの場所に必死にしがみついているだけ。

 シェリの力は聖女としては弱い。

 影響を及ぼせるのが植物のため、使える地域も限定してしまう。

 一気に浄化できるような力があれば、戦い方もまったく違うものになったろう。

 それこそ、穴を見つけなくても、森全体を浄化できるくらいの力を使えれば。

 

「姉さまなら」


 小さく呟いた一言は、誰にも聞かれず森に消えていった。

 聖女として強い力を持っていた姉ならばもっとうまくできたのではないか。

 この森のどこかにまだ魔物を生む穴はは存在している。そう考えるだけで、心が落ち着かない。

 窓の外をじっと見る。そこには森が無言で広がっているだけだった。

 


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