39選曲
その日の夜、シェリは寮の部屋でイオにセボとの会話内容を話していた。
鏡台の前に座り髪の毛を梳く。小さい頃から続けている寝る前の儀式のようなものだ。
鏡越しに写ったイオは部屋の中央に置いてあるソファに座っていた。
「へぇ、それで歌の練習を増やすことにしたんですね」
「そうね、やっぱり、言われっぱなしは嫌だし」
歌謡祭に向けて、みなが浮足立っているのは間違いない。
以前はひとつひとつの行事をよくわかっていなかったイオも、好きな歌のことになると力が入るらしい。
「歌が一番重要しされるって不思議な感じですね」
まだイオにはピンと来ていないようだ。
昔から歌謡祭の結果で、聖女の選出が行われる。
それは神との更新は歌でされると信じていたから。というより、音階が神の声だと解釈されているからだ。
「まぁ、こればかりは昔からの習慣みたいなものね」
「皆さんやる気みたいですしね」
シェリは小さく頷く。
ジャンヌもすでに回復し歌うことに問題はない。クロンは元々、そういうものを卒なくこなす。
セボとサーヴァは言わずもがなだ。シェリとしても気合が入っている。
歌うことは何より姉に近づける行為だったから。
「イオは、どうするの?」
ちらりと顔を見る。
その顔に焦りはない。楽しみだなぁと言うばかりだ。
歌に自信があるのか。聖女に興味がないのか。
シェリにはわからないのだけれど。
「今のところ、普段どおりの生活をするつもりです。普段から聖歌の練習はしていますから」
うーんと少し考え、出てきた答えは気が抜けるものだった。
朝、起きて、祈りを捧げて、授業して、放課後は聖女クラスがある。
週末には教会に行き、孤児院を手伝って、そこで聖歌を歌ったりする。
一緒に暮らしてわかった暮らし。リズム。
そこには貴族とは違う、普通が流れていて、シェリには好ましく感じられた。
「イオの場合、教会でも歌うものね」
「シェリさまもじゃないですか」
「あなたに比べれば、ほんとにたまによ」
イオと一緒に教会に行ったときに交わした約束はいまだに続いている。
ほぼ毎週訪れるイオとは違い、シェリは月に一度のペースだ。
聖女の仕事以外に侯爵令嬢としてしなければならないこともあった。
欠損の穴に落ちたときは、さすがにしばらく行くことができなかった。
「教会の子たちもシェリさまが来るのを楽しみにしてるみたいです」
「そう、それなら良かったわ」
ふわりと落とされた微笑みにほっとする。
貴族という立場を気にしなくて良い教会は、息抜きに最適だった。
懐かしい感じがする。してしまう。
「お互い、頑張りましょう」
「はい」
イオの返事にまた気合を入れる。
シェリはどうすれば良いのか考えながら眠りに着いた。
(まずは曲を選ばなければ)
さて、準備だ。
歌謡祭で歌う曲を探しに図書館へと来た。
手持ちの楽譜もいくつかあったが、この際、もう一度色々見てみたかった。
歌謡祭は毎年開催されるイベントであり、聖女候補以外も参加することはできる。宝珠の前で歌うのは聖女だけ。
武闘会と違い、こちらは一般の生徒でも人気がある。
参加人数が多くなることもあり、一組2曲と決まっている。一曲は課題曲として全員に同じものが出される。もう一曲に好きなものを選べるのだが、これが中々難しい。
聖歌は数が多すぎて絞りづらい。
グループで参加するならば、合唱に適した曲を選ぶことになるが、聖女は技術をみせるためにもソローー独唱になるときが多かった。
「さて、何が良いかしら」
机の上に9枚の楽譜がある。紙が少し黄ばんでいたり、傷んでいるところもあり、年代の違いを感じさせる。
自分の歌いやすさ、声質を考えてこの9曲にした。歌の好みも少しだけ入っている。
一枚、一枚、手にとってみる。浮かんでは消えていく音律と思い出。
どれも歌える。当たり前だ。
歌うことは、一番好きだったし、リゼットが喜んでくれた。
だからこそ、決め手がなくて困ったしまう。
「あなたの曲なら、これが良いじゃない」
取っては返しを繰り返していた。
そろそろ座っているお尻が痛くなってきた頃、後ろから手が伸びてきて、楽譜を一枚引き出す。
いつの間にこんなに近づかれていたのか。
シェリはまったく気づかなかった。
「クロンさん」
驚きに反射的に体を離すと後頭部が柔らかいものに当たった。
上から覗き込むようにクロンが覗き込んでいた。
その顔には相変わらず、キレイな笑顔。
見るものが見れば、軽薄などど言われてしまいそうな整い方。これも彼女の武器のひとつだろう。
「はーい、ジャンヌがお世話になったわね」
楽譜を一枚もったままの手がひらひらと振られる。
一瞬、何を言われているか、わからなかった。とはいえ、ジャンヌを世話したことなどほぼないため、すぐ察することができた。
この間のお見舞いだ。
だが武闘会からずっと傷の具合を見ていたのはイオだ。お礼を言われるほどのことはしていない。
気にしないでと肩を小さく竦めてみせれば、クロンも同じように返してきた。
流れのまま椅子を引かれ、手に持っていた楽譜を差し出される。
「こちらはいかがですか?」
「大地讃歌、ね」
まるで執事のように慇懃に差し出された紙を、つられて恭しく受け取る。
タイトルを読み上げてから、理由を求めてシェリはクロンを見た。
「低音から高音まですべてキレイに歌えるんだもの、この曲を選ばない理由はないでしょう?」
執事の真似事はすぐに飽きたようで、クロンがにっこり笑う顔に他意はない。
競う相手であっても、悩んでいたら悩みを解決する手助けをする。そして、それが当たり前というのが、彼女の特徴だろう。
中々真似できることではない。少なくとも自分には無理だとシェリは感じていた。
ジャンヌが好ましく感じているのも、こういった部分なのだろう。
「期待に答えられるかわからないわよ?」
「またまた」
クロンの言葉をわざとそらす。
言うべき答えが、まだ見つかっていない。
(良い曲なのだけれどね)
聖歌には難易度の高い低いから、称えるものの違い、曲の解釈の仕方まで様々なものがある。
大地讃歌は文字通りこの大地の素晴らしさに感謝をする歌だ。
植物の魔法を使うシェリにとって、とても親しみを感じている曲で、一人で口ずさむこともあった。
難点があるとすれば、一人で歌うのは難しいことだろう。
クロンが言ったように高音から低音まで幅広く歌わなければならないし、転調もある。
上手く行けば技術は確実に評価される。失敗すれば。
「あなたは、何を歌うか決めたの?」
シェリはクロンに目を向けた。
人にこれを勧めるのであれば、彼女自身は一体何を歌うのだろう。
ちょっとした興味が湧いた。
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