38歌謡祭にむけて
聖女とは一体なんなのか。
浮かんだ疑問に答えはでない。
シェリはひとりため息を吐いた。
「次は歌謡祭ね」
予知夢、武闘会、お見舞い……すべては目まぐるしく変わっていく。
シェリは中庭に来ていた。一人で考えたかった。
寮の部屋ではどうしてもイオがいる。そっとしてはくれるが、あの子は過保護だ。
下手な心配はかけたくない。
(お姉さま)
中庭には桜の木がある。
入学する前からシェリはその存在を知っていた。
太い幹は大人三人でやっと囲めるくらいだろうか。
眺める木にピンクはない。葉でさえ色を茶色へ変え、落ち始めていた。
「きっと、お姉さまもこうやって眺めたのでしょうね」
姉はよくこの木の話をしてくれた。学園の話を聞くのがシェリは好きでよくねだったのだ。
だから、存在しなくてもシェリの瞳には、美しい桃色の花びらが見えていた。
同時に姉の顔も浮かんでくる。
シェリに話をする時、姉の顔はいつも楽しそうだった。いや、あの姉は何でも楽しんでしまえる性格だったのだ。
ーーキラキラしていて、ずっと見ていたくなる顔。
アテンド家の裏庭にも一本だけサクラが生えていて、リゼットはよくそれを見に来ていた。
春になると必ず、あの木を見に庭に出ていた。
部屋から出るリゼットについてシェリも一緒に見ていたから、鮮明に覚えている。
「ーー♪」
小さく息を吸い込む。
もれる吐息を音にした。かすかな歌声が少しずつ広がっていく。
姉の好きだった歌。姉の見ていた夢。姉の……浮かんでは消えていく思い出たち。
(だめね)
わかっていた。
シェリの歌がため息に変わる。リゼットの存在が大きすぎる。
聖女なんてものになろうとしたのも、結局は姉であるリゼットがなりたいと言っていたからなのだ。
「……私も人のことは言えないのかしら」
それを除いて、聖女だけを考えたことがなかった。
聖女と言えばリゼットだったし、リゼットと言えば聖女だった。
だから、姉を追いかけると決めたシェリにとって、聖女だけを追い求める理由がなかったのだ。
リゼットが聖女になりたかった理由を聞いておけばよかった。案外、ただ聖女の力に目覚めたからとか言いそうな気がした。
もう一度歌いだそうか考えていた時、茂みが揺れる音がした。
「誰?」
振り返る。曲りなりにも貴族学校の女子寮の中庭だ。
不届き者が入れるとは思えないが、同じ立場でも敵味方はできるもの。
イオのいじめの件もある。
油断せず音のした方向を見つめる。
もたらされたのは静寂。何も聞き逃すことがないように、何が起きても動けるように身構える。
幸い植物に囲まれていたし、魔法を使うこともできる。
かすかな葉擦れの音さえシェリにははっきりと聞くことができた。
(感覚が鋭くなっているわね)
瞳の色が変化して、体調はいろいろ調べられた。
色以外に変化はないとされていたし、予知夢のこともあり、自分自身の変化に気づいたのは最近だ。
もともと耳は良い。音の大小も、音程もよく聞き取れる方だ。
それ以外に、気配というか存在に敏感になった。寝れなくなった原因の一つかもしれない。
今はだいぶ慣れたが、気配に敏いまま。まるで野生動物のようだと自分でも思う。
「相変わらず、耳が良いどすな」
花垣の横から現れたのはセボだった。
呆れた色が隠さず出ている。
トントンと耳の脇を軽く叩く様子は、シェリがどうやって気づいたか分かっているかのようだった。
力が入っていた肩を撫で下ろす。
「セボさんも良いでしょうに。それにしても、こんなところまで来るなんて珍しいわね」
「まぁまぁ、歌謡祭も近づいてきましたからな。様子見どす」
セボに言われて、シェリも小さく頷く。
武闘会の次にくるイベントは歌謡祭。そのあとに、選定の儀が行われる。
聖女を選ぶ上で最後に来るイベントなのだ。
ーー聖女が神に歌を捧げ、宝珠の輝きを競う。
宝珠が何に反応して輝きを増すか、理由はわかっていない。
だが歌謡祭は聖女を選ぶ上で一番重要とされ、今までの努力の結果さえ覆すことがある
それだけ重要なイベントなため、手の内を隠す聖女も多い。
堂々と様子を見に来たといえるセボは流石だ。
「歌謡祭、ついにと思うとドキドキするわね」
「努力の人が何を言ってますやら」
努力の人ーーシェリは顔をしかめた。
シェリは聖女候補になる上で何かに優れているわけではない。
武であればジャンヌが、歌であればセボが、頭一つ抜けている状況だ。
何もなかったシェリは欠損に落ちて戻ってきたことや、イオとコツコツ積み上げてきた討伐数で優位に立っているだけ。
おかしなことはない。努力で聖女への道を作り上げるしかなかった。それだけなのだ。
「お陰さまでとだけ。まぁ、サボりすぎてると足元をすくわれるわよ」
「一番、足元をすくいそうな人に言われると困ってしまいますなぁ」
軽口を交わす。
社交界では必須の技術なのだけれど、聖女クラスにいると使うことがなくて困ってしまう。
嫌味を含んだ応答は慣れてないとスルーしてしまうのだ。
この口調を理解できるのはセボとクロンくらい。サーヴァは理解できても、表立つことはないし、ジャンヌは基本的に周囲がどうでも良い。
「ふふふっ」
「お互いうまくやりましょな」
視線がぶつかり火花が散りそうだった。
聖女の資質は、まず属性。これは聖属性が一番とされる。今のクラスでいえば、イオだ。
その力の凄さはジャンヌを治癒したことで周知された。人の命を救えるのだ。素晴らしいに決まっている。
次に魔物討伐の業績。これは、数だけでなる被害なども考慮される。
数が多くても無理していてはダメなのだ。もちろん、聖女だけの力ではなく、騎士団とどう協力関係を作るかも重要とされる。
聖女本人の力というより、周りとの関わり方を見ているのかも知れない。
(とはいえ、分が悪いわね)
シェリが努力でどうにかできる部分は限られているのだ。
残されているのは、歌。聖女本人の資質、神との交信を測っている。
神は音楽しか耳になさらない。祈りは音楽として、耳に届くと言われている。
聖歌がもてはやされるのも、その謂れがあるからなのだ。
神に届く歌ほど、宝珠は輝く。
それを競うのが歌謡祭だ。
「偵察するほど、気にかけてくれてるの?」
「こればかりは、負けられませんから」
この歌謡に一番秀でているとされるのが、セボの家。いや、国だ。
彼女の家では小さい頃から歌う技術を叩き込まれる。セボも物心ついたときには歌っていたらしい。
もっとも広く歌われる一般的な聖歌から、古典とされるようなものまで、習得している曲は幅広い。
セボの家が一番多く聖女を輩出できた理由もここにある。
「聖歌歌謡の家だものね」
「生まれた本人としては、めんどうなだけですわ」
やれやれと首を横に振るセボと視線が交差する。
家に生まれる。それは貴族として逃げられない義務を発生させる。
歌謡の家は歌謡で負けられない。
ジャンヌの家が武闘会で娘の命を賭けてでも勝負を続行させたように。
本人の意思には関係なく、引けない場面が出てきてしまうのだ。
面倒くさいと言い捨てながら、セボの瞳に普段は見ない熱さを見た気がした。
「セボさま」
「サーヴァ」
「そろそろ時間です。お戻りください」
「はいはい、行きますよ」
すっと現れた従者にセボはちらりと見ただけで鷹揚に頷く。
サーヴァの姿勢は変わらない。
二人連れ立って戻る後ろ姿を、シェリはじっと見つめていた。
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