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37聖女の理由


「ジャンヌさんは、どうして聖女になりたいのかしら?」


 はぁと大きく息を吐いてから、ジャンヌに尋ねる。

 聖女になりたい。その思いは一緒のはず。少なくとも聖女クラスにおいては、そうだとシェリは信じていたのだ。

 みんな、聖女になりたくて、このクラスに集まっているのだと思っていたのだから。

 だが、そうではないらしい。

 武闘会での二人の様子を見て、湧いた疑問。


(聖女って、何なのかしらね)


 聖女の力を一番発揮しているのは、イオだ。癒やしの力。

 それを使うことで、誰かを助けること。それを彼女は真剣に願っている。

 魔物の討伐数で言えば、目の前のジャンヌが一番。次がクロンだろう。

 どれも聖女の仕事ではある。だけれど、聖女になりたい目的にはならないのだ。

 シェリの言葉にジャンヌは一度動きを止めた。真意を伺うようにシェリの瞳をじっと見る。

 それを見つめ返した。


「正直に言えば、あまり興味はありません」


 緩やかな笑みが唇の端に乗る。

 やっぱり、と言いそうになるのを堪える。伊達に長い時間を過ごしているわけではないのだ。

 ジャンヌが感情を動かすのは、聖女ではない。クロンだ。今回の大会でそれはさらにはっきりした。


(ジャンヌさんは未来を変えた。聖女クラスしか知らないことだけれど)

 

 はっきり言って、あの展開は異常だ。

 予知夢が外れてくれたことはありがたかった。だが、その覆し方が、ありえなかった。

 ジャンヌは、クロンに怪我をさせたくないという想いだけで、未来を変えてしまったのだ。

 未来をつくるのは神の仕事。人間にできるのは努力だけ。


「興味がないのに、どうしてここに?」

「……わたくしは、負けたことがありません」


 わずかに広まった沈黙。お互いの呼吸さえ聞こえてきそうな静けさだった。

 シェリはジャンヌが何を言い始めるのか待っていたし、ジャンヌはどうすれば伝わるのか考えているのだろう。

 そんな彼女から出た言葉に、シェリは肩を竦めた。


「なに、嫌味?」

「いえ、事実です。武術の家系に生まれて、10の頃には同年代はもちろん、年上にも勝てるようになっていました」


 剣の天才。神童。彼女を褒め称える言葉は幾種類もある。

 やっと二桁になったばかりの女の子から年上の騎士たちが負けるのだ。

 その衝撃はどれほどのものだったのか。

 今でさえジャンヌはがっしりとした体つきというわけではない。

 運動をしていない貴族令嬢よりは大きいものの、ドレスを着こなす際も邪魔にならない程度の筋肉だ。

 あの体からどうやって、目に見えないほどの剣術が生まれるのかシェリには想像がつかなかった。 

 

「でも貴族令嬢にとって、そんなことは無価値に等しい」

「まぁ、そうでしょうね」

 

 ぽつんと落とされた言葉は、令嬢にとって真実である。

 剣術ができることは何の意味もない。

 聖女候補だからこそ討伐で使う場面もある。武術の家であれば、軍を率いる機会もあるかもしれない。

 才能であり、強みである一方で「強いから自分と結婚してください」となる貴族はいない。

 令嬢の一番の務めは、家の繋がりを強めること。

 その上で、ジャンヌの才能はあったら嬉しいが、なくても構わないもの程度の価値しかない。


(他人事ではないわね)


 シェリの家も似たようなものだ。

 家の繋がりを求められ、姉の代わりを求められ、聖女になろうとしている。

 聖女になりたかった理由は他にもある気はしたが、今一番の理由であればーー死んだ姉の後を追っているというのが正しいのかも知れない。


「そんな中で、クロンだけはいつまでも剣術で勝負を挑んでくれました」

「クロンさんも負けず嫌いだものね」


 キラキラ、キラキラ。少しずつジャンヌの瞳に光が灯り始める。

 ステージの上に似た光を見ながらシェリは頷いた。


「ええ、ほんと。見せてあげたいくらいです」


 ふわりと漏れた笑顔は、とろけるくらい優しかった。

 嬉しかったのだろう。

 その顔から、そう言われたときのジャンヌの喜びが伝わってくる。

 誰も勝つことができない孤高の少女。孤高は寂しい。特に小さい頃に駆け上ってしまった場合は。

 そんな彼女の前に負けても負けても、勝負を挑んでくる人物がいたら。

 シェリはジャンヌが武闘会で見せた喜びの意味が理解できる気がした。


「聖女の力が発現したときも、必ず追い付くと……それが嬉しかった」

「じゃ、聖女になろうとしている理由は」

「クロンと競争できるなら、何でもよかった」


 話の流れになんら矛盾しない答え。

 矛盾しないが、聖女の模範かと言えば、そんなことはない。

 むしろ、正反対のことをジャンヌは堂々と言ってのけたのだ。

 一度大きく大きく息を吐いて、こめかみを揉む。あまりに身勝手すぎる理由に頭痛がする。


「呆れた理由ね」


 シェリの言葉に、ジャンヌは薄く微笑んだまま。

 そう言われることはわかっていたのだろう。

 小さく肩を竦めて、クロンのベッドの方を一度見てから、こう答えた。


「聖女に本当になろうとしているのは、案外、あなただけかもしれませんよ」

「……どういうこと」


 じろりとジャンヌを睨めつける。

 涼しい顔。焦りなどない。

 この余裕が、まさしくジャンヌを表していた。


「さあ、ご自分で確かめてみては?」


 煙に巻かれる。

 シェリはうっすらとした笑顔を浮かべるジャンヌに挨拶をし、部屋を出るしかなかった。

 

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