36武闘会後
ジャンヌとクロンの部屋の前に立ち、シェリは何度か深呼吸していた。
他の聖女の部屋に行くことなど、ほぼ初めての経験だ。
お茶会や情報交換のためならシェリ自身向き合い方を知っている。
今回はそれらとは全く違い、純粋たるお見舞い。
シェリは柄にもなく緊張を味わっていた。
「シェリノールです」
トントンと軽く扉をノックする。
部屋としては同じ。扉の材質も模様も自分の部屋と変わりはしない。
聞こえたかしら?と頭の中に疑問が過ぎった瞬間に、「はい」と短いジャンヌの返事が聞こえてきた。
扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、質素な部屋だ。
手前にジャンヌのベッドがあって、奥側にクロンのベッドがおいてある。
(珍しいわね)
シェリは自分の部屋とは全く違う配置に目をみはる。
部屋の中の配置は寮生に一任されている。大抵は、扉から左右で均等に部屋を割る。
これは階級に関係なく皆が平等というのを示すためだ。
学校にいるうちは、貴族の階級は関係なく友誼を結ぶようにと言われている。少なくとも表面上は誰も階級を背に何かをすることは出来ない。
だから同じ部屋になった学生は階級に関係ないと言いやすく部屋をつくるのだ。
「どうしました?」
部屋に入ったまま動かないでいたら、ジャンヌから声がかかった。
ベッドボードとの間に大きめの枕を挟み込み、上半身を起こしている。
わずかに首を傾げながら、その表情は無に近い。通常通りのジャンヌと言えた。
武闘会で見れたイキイキとした熱い姿とは正反対だが、そっちが珍しいのだ。
顔色自体は良い。ステージの上で見た白さとは違う、血の通う肌の色。
それを見て一安心しながらベッドサイドに近寄る。
「いえ、面白い配置にしてるわね」
お見舞いの花を見せ、近くにあった花瓶に入れる。
クロンが部屋にいないのは意外だった。
「そうですか?」
行儀が悪いと思いながら、部屋をチラチラと確認してしまう。
ジャンヌは気にした様子はない。むしろ、この配置に何も疑問を持っていないのだろう。
シェリの言っている意味が分からないようだった。
「クロンを扉側になど寝かせるわけにいきませんから」
「……一応、平等と言われているのだけれど?」
「平等ですよ。これは、わたくしがしたいからしているだけです」
暖簾に腕押し。言うだけ無駄だ。
にっこり笑って返された言葉は、有無を言わせない。
笑顔は仮面になる。ジャンヌという人間は愛想が良くない。その彼女が笑顔で言うのだ。立ち入ることなどできない。
「まぁ、あなたたち二人が良いなら私には関係のないことよ」
「お気遣い感謝します」
近くにある椅子へ腰掛けながら答える。
きっとここに座って、クロンは看病をしたのだろう。
甲斐甲斐しく世話を焼く様子が目に浮かぶようだ。
「体調はどうなの?」
「だいぶ、回復しました」
お見舞いの定型文を口に出す。
ジャンヌは膝の上に置いてある本を閉じ、軽く上半身を動かして見せる。その動きは滑らかだ。
とても数日前に死にかけた人とは思えない。
むしろ、早くベッドから出たいと書いてあるようだった。
「そうね、退屈そうだもの」
「この本を読み終わるまで、ベッドから出ていけないそうです」
「クロンも考えたわね」
渋い顔だ。
ジャンヌと膝の上の本を交互に見つめてから、苦笑した。
彼女が本を呼んでいるイメージは余りない。授業を受ける態度は真面目だし、課題などを苦手にしているようにも見えない。
「ええ、困ってます」
「大人しく読めばいいのよ。苦手ではないでしょ?」
ジャンヌはなんでも卒なくこなす。軽い顔で行ってしまうのだ。
その中で図抜けているのが運動ーーというより、戦闘というだけなのだ。
スペックだけで言えば、クロンの方が貴族令嬢としては高いのだろう。
彼女は、剣術以外に貴族の教養、詩作の技術、礼儀作法に社交とすべてにおいて楽しんでこなしている。
「苦手じゃないと得意は違います。体を動かそうとするとクロンが怒るんですよ」
くるくるとつまらなそうに、髪の毛の先をイジる。
本はすっかり閉じられて、枕の脇に置かれた。
「そうでしょうね。もう動かして大丈夫なの?」
「イオのおかげで傷口はすっかり塞がってますから」
「そう」
知っている。というより、塞がれるところを見ていた。
目の前で傷口が塞がっていく様は、奇跡としか言いようがない。
残ったのは一筋の線だけだったのだ。膝の上から太ももを駆け上るような傷。
それを見て、誰より落ち込んでいたのはクロンだった。
「クロンさんは落ち着いたの?」
「まぁまぁです」
貴族令嬢の体にこれだけ大きな傷を作ったのだ。その落ち込みも理解できる。
治癒室での治療が終わる頃、ジャンヌはすでに回復に入っていた。その生命力の強さには驚かされるばかりだった。
まるで負傷などなかったことのように、平静なジャンヌに戻っていた。
対称的に暗い人物もいた。ずっと隣で様子を見ていたクロンだ。
「こんな傷どうということはありません。クロンが傷つくくらいなら、100倍マシです」
愛想笑いしかできない。
本人はずっとこの調子なのだ。
クロンが傷つかなかったことを、誰よりも喜んでいる。
死ぬかもしれない思いをしたのに、後遺症が残っておかしくない傷だったのに、ジャンヌはまったく気にしていない。
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