35治癒室へ
時が急速に動き始める。
悲鳴やざわめきが一気に広がる。
シェリはテントから飛び出すと、ステージに飛び乗る。行儀が悪いことこの上ないが、気にしてなどいられない。
「救護班!」
「今いきますっ」
救護班を呼びつける声にすぐさま返事が返ってくる。
ちらりと後ろを確認すれば、イオが真剣な顔で走ってきていた。たすき掛けをするように紐をかけ、さらに両手で大きな箱を支えている。
応急処置をするための救急箱だ。重症に違いないジャンヌにどれほど効果があるかわからない。
事態は一刻を争う。
「ジャンヌっ、ジャンヌ!」
「これは……」
ジャンヌの名前を叫ぶクロンの声が響く。
駆け寄ってすぐに、その酷さに愕然とした。
討伐でもここまでの怪我を負うことは少ない。
剣は太ももの半ばまで食い込んでおり、とめどなく出血が続いている。
イオが駆けつけ、ジャンヌの左側に膝をつく。救急箱がステージの上で重い音を立てた。
「だいじょうぶ、です」
「その怪我で何を言ってんの!」
「わたし、が……クロンに、傷をつけるなど、あるわけがない」
「馬鹿、今は静かにしていなさい」
騒然とする舞台と観客席。興味本位の視線がそこかしこから集まってきていた。
対称的に傷を追ったジャンヌは静かな声で話していた。まるで平静を変わらない声。
ずば抜けた胆力と言えるだろう。
応急処置をする上でシェリに手伝えることは限られている。
できることをするしかない。
イオはジャンヌの傷の具合を確かめていた。
倒れているジャンヌとクロンに視線が集まらぬように、シェリは二人の前に立った。
「トラブルにより、一時中断します。負傷者を救護室へ。観客の皆様はそのまま落ち着くまでお待ちください」
できるなら、観客を退席させてしまいたかった。こんな状態の友人たちを衆目に晒すことが心苦しい。
しかし、下手に退席をさせれば、そちらの誘導に手間取ってしまう。
ジャンヌを助けるためにも、それは得策ではない。
「イオ、治癒室へは行ける?」
「はい。大丈夫です!」
ちらりと背中側を振り返り、イオへ尋ねる。
一刻も早く応急処置を終え、さらにきちんとした処置ができる場所に行く必要があった。
後ろからは、ずっとジャンヌの名前を必死に呼ぶクロンの声が聞こえていた。
ーー死ぬような大怪我でなければ。
大会前に話していたことが現実になってしまった。
シェリは視線を集める役目をしながら、静かに唇を噛んだ。
*
移動した治癒室は騒然としていた。
今までも負傷者はいたが、そのほとんどはかすり傷や打撲程度だ。
そんな場所に急に生死に関わる患者が運び込まれたのだ。
部屋に入ってすぐに緊張がすべての人間に走るのが見えた。
「すごいですわね……」
イオとクロンともにジャンヌが運ばれていった。
それを見送ってから、シェリは武闘会を通常運営にするために動いた。
騒ぎを聞きつけたセボとサーヴァも手伝ってくれたため、どうにか残りの試合も消化できそうだ。
(セボさんから仕事を代わる言葉が聞けるなんて、ね)
優勝候補とされていたジャンヌとクロンがいなくなった。武闘会の熱気は格段に下がっていた。
その中を、セボに背中を押され、どうにか抜け出た。
気になって仕方なかったのだ。
「ガーゼをもっと大量に! 薬もだっ」
治癒室はまさしく洗浄だった。
入った瞬間に、血の匂いが鼻につく。錆びた鉄のような独特の匂い。
ジャンヌの場所を探す必要もなかった。そこだけ人の密集具合が違った。
さっき見たとおり、ジャンヌの剣は太ももの半ばまで食い込んで止まっていた。骨にあたったのか、地面に止められたのか。
どちらにせよ、太ももはどうにか繋がっている状態だった。上手く切断を免れたにしろ、傷が残ることは誰の目から見ても明らかだった。
「クロンさま、水出してください!」
「えっ?」
シェリが処置室に入ったとき、イオはまさしく獅子奮迅の活躍をしていた。
クロンに指示を出すイオなど初めて見た。
いつもは聖女クラスでも一歩引いている。自分から声をあげることも珍しい。
そのイオが、ジャンヌの処置をする中心にいた。
「綺麗な水! 洗ってからくっつけないと、腐っちゃいます」
「わ、わかったわ」
クロンが魔法で水を生成する。動揺しているだろうに、スムーズな仕様だった。
裂傷は得物を抜く瞬間に血が一番吹き出る。
不用意に刺さったものを抜かないことは、戦闘を経験するものの基本知識となっていた。
ジャンヌの足の付根は固く縛られている。ことが起きたときより、出血は収まっているようだ。
「ジャンヌさま、痛いですよ!」
「ええ」
イオが声をかければ、ジャンヌの声が返ってきた。
処置をしている側であるイオの方が痛そうな顔をしていた。ジャンヌの顔色に変化は乏しい。
訓練用とはいえ重量のある剣をゆっくりと抜き、クロンが出した水で傷を洗い流す。
抜く瞬間、縛ってはいたが、血が滴り落ちた。
ジャンヌが顔をしかめる。本人よりクロンが辛そうだった。
「っう」
「頑張りなさい! 死ぬなんて、許さないんだから」
血と水が合わさり、薄い赤い液体がシーツを汚していく。
流石に傷を直接現れる痛みはこらえ難かったようで、ジャンヌが少し体を捩る。
隣にいたクロンがその体を支え、強く握られた手に自分の手を滑り込ませる。
目を背けたくなる傷口から目をそらさず、ジャンヌを励まし続ける。それは自分に向かって言っているようにも聞こえた。
創部は切れていない。潰れていた。
剣も同様。きちんと刃は潰してある。この刃で太ももまで入り込むのだから、ジャンヌの剣の腕は尋常じゃない。
「クロンさまを助けたジャンヌさまを死なせるわけにはいきません。絶対、治しますから」
イオにもあのシーンはそう見えていたらしい。
ジャンヌはあの流れのまま動いていれば、怪我などしなかったはずなのだ。
それをーークロンを傷つけたくないという理由だけでかわしてしまった。
なんという傲慢。才能があるものだけが、なし得る動き。
「イオ、頼むわ」
「はい」
クロンの言葉にイオは力強く頷いた。
彼女のの手に光が集まる。
聖女の力の中で、もっとも尊いとされる治癒の力。
それが今発揮されようとしていた。
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