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32武闘会のはじまり


 荷物を持ったままウロウロする生徒にシェリは声をかけた。

 

「それはこっちにお願いしますわ」

「はい、わかりました」

 

 表に裏に準備をしている間に、本番は来てしまった。

 シェリは夢に見たステージを違う角度で眺めながら感慨を深める。

 ステージから距離をとって、運営のためのテントが立てられ、その下に机や椅子が並べられていく。


「始まったわね」

「今年はクロンさまとジャンヌさまが出られるので、一層注目されています」

「そうね。私も楽しみにしているわ」

 

 一般生徒の言葉にシェリは笑顔で頷く。

 武闘会は大理石でできたステージがメインで進んでいく。

 シェリたち聖女クラスはこのテントと負傷者が出たときの治癒室の2つを行ったり来たりする手はずになっていた。

 シェリは基本的にこのテントに待機する。イオは能力を考え治癒室に待機している。セボとサーヴァは周囲を見回り、情報を集めてくる役割だ。

 

「シェリ! 今回は運営に関われないけれど、よろしくね」

「クロンさん、気になさらないでください。出場する人に準備なんてさせられませんもの」

 

 準備ができたのか、クロンが挨拶に来てくれた。

 ふわりと笑うクロンの顔は、柔らかさの中に激しさが包まれている。

 身につけている服は訓練着と呼ばれるものだ。動きやすさと丈夫さを第一としたもので、上下とも手首足首まで覆われる形になっている。


(こうやってみると、小柄さがわかるわね)


 クロンはシェリよりも背が低い。女子の中でも小柄な方だ。

 しかし、そう思って彼女を甘く見れば、あっという間に飲まれてしまうことだろう。

 爛々と輝く瞳は常より色を濃くしている。

 剣を振るうのが楽しくてたまらないーーいや、実力のある人間と戦えるのが楽しみでしょうがない。

 そういう風に見えた。

 さりげない風を装ってクロンの安全を祈る。


「お二人の健闘を祈っています。無理だけはしないでください」

「ふふ、ジャンヌ以外にも強い人と当たれると良いのだけれど」


 ジャンヌはすでにこの場にいない。

 出場が早い順番だったので選手控室で待機しているのだ。

 クロンはそれより3試合ほど後ろになっている。

 こういうときでも心配しすぎないが、とても彼女たちらしかった。


(何もなく終わってくれれば良いのだけれど)

 

 二人に予知夢について話していない。

 夢のことをセボたちに話し、できるかぎりの対策を練った。それでも、シェリのドキドキは変わらない。

 夢と言うのは不安定であり、夢で予知されたことも同じとされる。

 神官長であるブランが知ってくれているだけでも気持ちは楽だった。


「あ、ジャンヌさんの番のようですわ」

「あら、本当ね」


 角度は違えど、ここから見える観客席はあの日と同じく満員だった。

 進みが早いのか、すでにジャンヌの試合になっていたようだ。

 ステージに登る姿に変化はない。いつもどおりの無表情に、いつもどおりの落ち着いた様子。

 剣を持っている手にも何ら力みは見られない。

 まさしく自然体。そのままの姿でジャンヌはステージに立っていた。


「ちょっと、はしゃいでるわね」

「あれでですか?」

「? そうよ、ちょっとだけ落ち着きがないじゃない」


 当たり前のように言われたことに、シェリはもう一度ジャンヌを見た。

 先程とは違いじっと食い入るようにだ。

 頭の先から足の爪の先まで何度か往復する。

 確かに言われてみれば、いつもよりリズムが早い気がする。

 ジャンヌは体を使うことに長けているためか、普段からリズムを取る癖がある。

 とはいえ、非常にゆったりした動きであり、見ている分にはほぼわからない。


「難しいですね」

「まぁ、勝つでしょ」


 クロンが普通のことのように口にした瞬間「開始!」と声がかかる。

 あとは、一閃。

 ジャンヌが剣を降った瞬間さえ、シェリには見えなかった。

 気づいたら相手の手から剣が飛ばされており、ジャンヌの剣は振り抜かれていた状態だった。


「え」


 さすが世界を切り裂いた人間は次元が違う。

 彼女に助け出された身として、その凄さは予想していたが、これほどまでとは思えなかった。

 言葉をなくしたまま、クロンを見る。

 ジャンヌと打ち合える彼女にはあの剣筋が見えるというのか。

 これだから、天からいくつも才能を貰っている人間は困る。


「ほら、勝った」


 キラキラしていた。当然のことだと告げる声。

 勝つことを知っていた。勝つことを信じていた。自分の予想通りに進んだ勝負に、クロンの表情は得意げだった。

 真っ直ぐ、ひたすら自分の相手を真っ直ぐに見つめるクロンの視線に、シェリは言葉をなくす。


「ジャンヌさまー!」

「凄いわぁ!」

 

 一瞬で決まった勝負に観客は熱狂している。しかし、ジャンヌとクロンはそれがまるで聞こえていないようだった。

 ステージ上のジャンヌはそんな観客の方を見向きもせず、ルール通り頭を下げ試合を終える。

 あとはただステージを降りただけ。そう見えた。

 だが、クロンの隣にいるシェリは気付いた。

 ほんの一瞬、ほんの一瞬だが、ジャンヌはクロンを見た。

 シェリにわかったのだから、クロンにわからないはずがない。二人の視線がかち合った。

 瞬間、燃え上がったものをなんと表現したら良いのか。

 

(これは、止めても無駄ね)


 あの二人の家からの言葉も納得できる。

 これは止められるものじゃない。

 

「二人の試合、楽しみにしています」

「ええ、がっかりはさせないわ」


 そんな様子を見て、シェリに何が言えるというのだろうか。

 戦わないでとも、怪我しないようにとも、言えやしない。

 この二人は、お互いに戦えることを本当に楽しみにしているのだ。

 今更、二人の家から帰ってきた書面に納得できる気がした。


「どうか、無事に……」


 自分の試合のために去っていったクロンの後ろ姿に祈りを捧げる。

 彼女たちが全力で競えるよう、シェリはシェリにできることをするわだけだった。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。

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