31武闘会準備
シェリは素早く頭を下げた。
目の前には、セボとサーヴァ、イオがいる。
「心配おかけしました」
まさか倒れるとは。
シェリとしても予想外だったし、周りにいた彼女たちには本当に心配をかけた。
目が覚めたあとイオから聞かされた話は、申し訳無さだけを募らせた。
「まったくやで。シェリはんが倒れたあと、大変やったんやからな……主にイオはんが」
「セボさまっ」
「ほんまのことやろ?」
セボがいつもの軽口を滑らせる。
彼女の言葉にイオが慌てたように名前を呼んだ。
セボは楽しそうに笑うだけで、まったく動じる様子はない。
イオをからかって遊んでいる。今回のことにしても、彼女にしてみれば戯れの一つになるのかもしれない。
「まぁ、その夢で、やるべきことがはっきりしましたし」
「そうやなぁ。怪我の功名とでも言うんか?」
「予知夢は扱いが難しいですが……何もしないわけにもいきませんもの」
フォローとまでは言えない言葉で濁す。
見えた未来はシェリにとって絶対に回避したいものだった。それは、聖女クラスに在籍するものすべての想いだろう。
少しだけ真剣味を帯びたセボの声にシェリは頷いた。
「やるべきことを済ませてしまいましょう」
部屋にいるのは、シェリ、イオ、セボ、サーヴァの四人だけだ。
ジャンヌとクロンは予知夢の当事者ということで、席を外してもらっている。
今回の武闘会は公正を期すために、出場者である二人は運営から外れていた。丁度良かったとしか言えない。
「しっかし、あの二人に限って、そんなヘマするとは思えまへんけどな」
ぎっと椅子を斜めにしながらセボがそんなことを口にする。
うーんと大きく伸びをする姿は、とても自然で、いつもどおりに見えた。
シェリはあえて答えることはせず、隣にいるサーヴァに視線を向ける。
(サーヴァさんなら、セボさんの不利になることはしないはず)
セボの言うこともわかるのだ。
ジャンヌとクロンの剣の腕は飛び抜けている。下手な失敗ーー相手を傷つけるようなことをするわけがない。
武闘会は元々訓練の成果を見せるために行われるものだ。武器も刃は潰してある。シェリの夢のように切れることは、まずない。
あの二人ならば切れるだろうなと全員が思っていたとしても。
――それでも万が一を考えるのが、貴族であり、シェリの役目なのだ。
万が一切れた時のことを考えると、先に許可を取っておいたほうが良い。
サーヴァもそれをわかっているのか、軽く頷いてくれた。
「根回しはしておいたほうが得策かと」
「はいはい、わかってますえ」
セボの隣でサーヴァは冷静な顔を崩さず、そう口にした。
サーヴァはセボの従者のようにしているが彼女の根本は、セボ命である。
セボが危険な目に合いそうなときは、反発してでも止める。
「ありがとう」
「いえ」
シェリの言葉にサーヴァは言葉少なに頷いた。
危険な芽は残しておかない。それが貴族社会を生き残る上での鉄則だ。
文章一つ、口約束一つで、面目が変わる恐ろしい世界。それが貴族社会なのだから。
貴族の面倒臭さを一番理解しているセボも同意する。万が一を潰しておかないと、後々面倒くさいことになるのが貴族なのだ。
具体的には、二人の家に報告は必要だろう。
予知夢は予知夢。貴族令嬢が命を落とす危険性があるのだ。それを匂わせつつ下手な手を回してこないようにしなければならない。
「まぁ、ある意味、あの二人の家で良かったってことですわね」
「あー……二人共、貴族らしくない家やからねぇ」
「びっくりしました。返事もすでにいただいてます」
シェリはあの夢を見た直後から動きを始めていた。
神官と相談し、ジャンヌとクロンの家に封書をすでに出している。
聖女候補からの封書となれば、重要なものとして扱われる。
返事もすでに手元にあった。根回しなどで忙しいシェリに代わり、イオがきちんとまとめている。
「二人の家、どちらからも、『問題ない。存分にやらせてくれ』とのことです」
「なんやそれ。おもしろすぎやない?」
イオがテーブルの上に、返事の書かれた書類をおいた。
セボは興味をひかれたのか、すぐに手を取ってケタケタと笑い始める。
隣に座るサーヴァに手首を返すようにして手渡す。サーヴァもそれをすぐに受け取った。
見ることさえしない。スムーズな連携だった。
「ジャンヌさんはまだしも、クロンさんの家からもそんな返事が来るなんてね」
ジャンヌの家はシェリの家と同じく武闘派に入っている。
軍閥を率いており、ジャンヌの上に男兄弟が二人いる。全員、軍隊に入っており、剣の腕も相当なものだ。
性格も似通っていて、虚飾を嫌い、武を尊ぶ。努力、友情、根性を合言葉にするような家庭なのだ。
その中でジャンヌは一番強かった。
嘘ではない。あの年にして、年上の兄弟を打ち負かしている。
強いは正義。ジャンヌを止めるものは誰もいない。
「クロンさんの信頼が厚いということですやろ。あの娘が下手を打つわけがないと」
クロンの家は、少し事情が違う。
宰相も排出する優秀な家であり、武一辺倒では済まされない。というより、元々は薬に秀でている家だ。
体、頭、社交。すべてにおいて秀でていることが良しとされた。
その家から自由にして良いと言われているのだから、クロンの優秀さが目に見えるようだ。
『勝負において、怪我、命の危険はつきもの。真剣にやっての結果なら仕方なし』
書面の内容をまとめるとそうなる。
ジャンヌであれば心躍る戦のためなら、命など問題にしないだろうとまで書いてある。
唯一、彼女の戦いの邪魔をしないようにとだけ忠告してあるのが、また。娘の命より、娘の誇りを守るための行動。
ある意味貴族らしく、ある意味貴族らしくなかった。
「自分ちの娘に対して、ここまで割り切れるのはすごいですね」
「ジャンヌさんのようになるのも納得です」
書面を机の上に置き、四人で頭を突き合わせる。全員の顔に浮かぶのは苦笑だ。
集まっている場所はいつもの教室ではなく、会議室の一つを借りていた。
武闘会の運営は、貴族科以外に騎士科の生徒も関わってくる。
とはいえ、流れについてはほぼ聖女クラスで決めることになる。騎士科の生徒に手伝ってもらうのは、武闘会の具体的な準備だった。
「とりあえず、最悪の事態は避けられたわ。あとは、無事に終わらせるだけよ」
「はい」
「頑張りましょ」
「動きやすいようにしておきます」
武闘会に向けて心をひとつにした瞬間だった。
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