29顕になる未来
ブランの言ったとおり、シェリの見る悪夢は徐々に具体的になった。
誰が、どこで、どんな目にあうのか。
それを毎日のように見せられる。最初は形のない不安だったものが、具体的な傷になり、血になり、事件になった。
(ねむい……)
当然、シェリの睡眠時間は削られた。
幸いだと思っていることは、イオを起こさずに済んでいることだ。
あまりにも悪夢を見るから、静かに飛び起きるなんて、よくわからない特技を身につけたようなのだ。
「シェリ、あなた、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「……大丈夫やなさそうやな」
昼間の時間はまだ良い。困るのは放課後。
放課後になると、気が抜けるのか、眠気が襲ってくる。
聖女クラスの内容が、復習ばかりなのと、シェリの事情を知っている人間ばかりという油断がそうさせていた。
(何を、甘いことを……)
聖女クラスでこそ、一番気合を入れないといけない。
わかっていた。わかっていもて、シェリの心身は限界に近づいていたのだ。
力が抜ける。眠気が頭を覆う。
立った瞬間に視界がブラック・アウトした。
「シェリさま!」
「……だいじょ、うぶよ、イオ」
聞こえてきた声に、返事をする。
返事をしたつもりが、声にならなかった。
シェリはとうとう倒れてしまったのだ。
(心配しないで)
それは、声にならなかった。
――白い。白い、ひかり。
目の前がすべて焼かれているようにも思えたし、まったく違う空間に飛ばされているようにも感じられた。
わかるのは、この眩しさがシェリにはどうすることもできないものだということだ。
「な、に?」
どうにか眩しさを抑えようと目を細めれば、何もなかったはずの空間に朧げな形を結び始める。
白と黒しかなかった世界に、徐々に色がつき初め、シェリはどこにいるかようやく理解した。
「闘技場?」
学園にある訓練場の一つであり、王立騎士団の訓練所を見本につくられた場所だ。
毎年の武闘会に使われるステージでもある。
学園のものでありながら、威信を賭けて作られた舞台は騎士団のものと謙遜無い。
床には大理石が敷いてあり、その周りをぐるっと囲むように閲覧席が並んでいた。
シェリがいる場所からは、大理石が敷き詰められたステージがよく見えた。
一度認識してしまえば、照りつけるような太陽の陽射しが眩しい。
「っ」
他に誰かいないかと周囲に目をやれば、気づかないだけでたくさんの人がいた。
おかしなことに物音は一つもしない。
それぞれが熱狂しているように見えた。手を振り上げ、中には口元に手を当て、ステージに向けて叫んでいる人物さえいる。
「音がしない?」
自分の声ははっきりと聞こえた。
これでは物音どころが叫び声が聞こえてもおかしくない。
ボルテージは最高潮。
人のざわめきや応援、もしかしたら鳴子なども使われているかも知れない。
毎年の武闘会でよく見られる光景だった。
――それなのに音がしない。
首をかしげる。まるでこの世から音が消え去ってしまったかのようだ。
(何を見てるのかしら……?)
とりあえず熱狂の理由を知りたくて、シェリは皆と同じように視線を動かした。
いつの間にかステージの上には、2つの人影が現れていた。
まるで舞っているかのように時に離れ、時にぶつかりあう。
身につけた訓練着のマントがひらひらと激しさに似合わない呑気さで揺れていた。
ちょうど中央で剣が激しくぶつかり動きが止まったことでシェリはそれが誰か見ることができた。
「ジャンヌとクロン?」
武闘会にやる気満々の二人だったから、そこで争っていてもおかしくはない。
ジャンヌの剣の才能は、助けられたシェリが身を持って知っている。
彼女は空間さえ気配で切ることができる、剣術の天才だ。その才能は小さい頃から発揮されていたらしい。
クロンもジャンヌのように派手なエピソードこそ無いが、令嬢の振る舞いとしてはジャンヌの上をいっている。
というか、ジャンヌの剣についていけるだけで、規格外なのだ。
クロンの剣が振り下ろされ、ジャンヌはそれを受けることもなく身体を反らして避ける。
彼女の黒い髪の毛が数本散った。
「まさか……っ?」
その瞬間、シェリは心が冷える気がした。
舞台へと近寄ろうとしたが、動くことはできない。その代わり、ステージの上の出来事だけが拡大されるように大きく見えた。
――見間違いであってほしい。
武闘会はあくまでも大会だ。人を傷つけてはならない。
使用する武器も刃を潰したものを使うことになっている。いわゆる模擬刀だ。
ジャンヌたちほどの腕になれば模擬刀でも髪の毛くらい切れるのかも知れない。
そう思いたかった。
(止めなくては)
理由などわかならい。
なぜ、そうなっているかもわからない。
だがシェリの中に湧いた感情はそれだけで、どうにか止めようと周りを見る。
「はぁっ」
「っ」
気合とともに振り下ろされた剣がクロンに受け止められ、キンと金属にしては軽い音がした。
ただ刃物がぶつかる音とは違うーー金属が耐えられなかった音だ。
クロンが手にしていた剣が折れた。
驚愕が二人の顔を彩ったことさえ、シェリにははっきりと見えていた。
ジャンヌの剣は止まらない。わずかに剣を反らせたことさえ常人の動きではなかった。
どうにか避けようとしたクロンも身を引く。
間に合わない。シェリは瞳をつぶった。
キレイな太刀筋が体に吸い込まれていく。
「クロン!」
響いた声はジャンヌのものだ。
シェリは何も出来ない。何も出来やしなかった。
心臓の音だけがうるさく責め立てる。
――見ていただけじゃないかと。何をしたのだと。
すぐにでも助けに行きたいのに、足が縫い付けられたようになって動かない。
カランカランっ。
ジャンヌが剣を放り投げた。あのジャンヌが、剣を粗末に扱ったのだ。
重量感のある音が大理石に響く。その剣先は血にまみれていた。
鮮やかな赤。崩れ落ちるクロンの身体が地面に触れる前にジャンヌの手が受け止めた。
「クロン、なんでっ……!」
場面は一瞬で変わっていた。
騒ぎ立てていた観衆はすべて消え、眩しい太陽は消え去っていた。
暗い空間にシェリとジャンヌとクロンだけになる。
それはまるで二人にだけ光が当たっているかのようだった。
浮かび上がる二人のやり取りを、シェリは呆然として、傍観するしかできない。
「なかないの、びっくりするじゃない」
ジャンヌの腕の中で、クロンが訥々と言葉を紡ぐ。
いつもの快活さは鳴りを潜めている。
か細い声は聞き取るのが難しいほどで、ジャンヌはクロンの口元に耳を寄せていた。
ジャンヌが泣くところなど、想像できなかった。
激しく上下していたはずの胸は、少しずつ動きを小さくし不規則になっていく。
「しゃべらないで。あなたはわたくしの剣で切られたのですよ」
「わかってるわよ」
なぜ、そこで笑えるのか、わからない。
それでもクロンは笑っていた。傷が痛いはずだろうに、いや、もう痛みという感覚はなくなり、意志の力だけで笑っているのかも知れない。
後悔はない。そこに、驚きはあっても、後悔の色は見えなかった。
ジャンヌの頬をクロンが撫でる。
一層、クロンの側にジャンヌが顔を寄せた。
もうクロンの声は聞こえない。見ることさえ難しい。
(どうして)
指先に震えが出始めてもクロンは話すことを止めなかった。
ジャンヌはクロンの手を握りしめ、必死に何かをよびかける。
少しずつ少しずつ世界が遠くなる。二人の姿も、音もすべてが遠ざかる。
最後に見えたのは、クロンの瞳が閉じられ、ジャンヌが覆い被さる姿。
聞こえない慟哭が聞こえた気がした。
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