28相談と心配
イオにつれられるようにして、シェリは聖堂へと足を運んだ。
気は進まない。自然と足取りも重くなる。が、目の前で先導するイオをおいて部屋に戻るわけにもいかない。
(あの目に弱いのよね……)
自分で相談すると言ってしまった手前、逃げ道はない。
一度口にしたことを反故にするなんて考えはシェリの中に一欠片もなかった。
貴族としては珍しい気質は、色々と生きづらさを生むこともあるのだが、今の所、努力ですべてをカバーしている。
「なるほど、徐々に夢の内容は具体的になっているのですね」
「はい、恐らくですが」
聖堂についてすぐに奥の部屋に案内された。
普段使う左側の通路ではなく、右側の奥、祭壇に隠れるようにその通路はあった。
そこから内部へ通じているのは知っていたが、実際に足を踏み入れるのは初めてであり、シェリは物珍しさから周囲を観察した。
イオは足を運んだことがあるのか、シェリのように周囲を見ることはせず、ずんずんと先を進んでいく。
その背中が怒っているように見えて、首を傾げる。
(何かしたかしら……?)
さっぱり思いつかない。
頭の中に疑問符を浮かべたままイオの先導に従い神官長の執務室のような場所に入る。
ソファに座れば、すぐにお茶がでてきた。
二人の間に会話はない。
じっとお茶を見つめるイオに声をかけることができなかったからだ。
そして、いくらかの沈黙の時間が過ぎた後、ブランが登場し、シェリは予知夢のことを口にすることになった。
「シェリさんならば、知っているとは思いますが、予知夢の取り扱いは非常に難しいと言われています」
「はい。”予知したところで、それを変えるのは不可能に近い”と聖女エルザさまも仰っていますよね」
「そうですね。エルザさまは一番予知夢を見たと残されている方ですが……正確には望み通り変えるのが不可能なんです」
「望み通り変える?」
聖女の仕事は魔物討伐が第一とされる。予知夢はあくまでそのついでだ。
そのため、予知夢を見たという聖女の記録はそう多くない。
一番有名なのが、エルザさまで彼女は討伐についても予知夢を見たとされ、そのおかげで甚だしい戦果をあげられたとされている。
つまり、予知夢を見ていたとしても、聖女の仕事に役立っていなければ記録に残らないのだ。
「予知夢は、予知した内容を誰かに伝えた時点で変化し始めるとされています」
「それは良いことなのでは?」
「良い方向になるとは限らないのが問題なのです」
ブランは困ったように笑った。
たとえば、誰かが魔物に襲われる予知夢を得たとする。
聖女はそれを防ぐために色々な手段を講じるわけだ。
その場所に警備を増やしたり、魔物がでることを前提に出動したり、その誰かと一緒に行動したりする。
そうすると、予知通りに物事は進まなくなる。
別の場所に魔物が出現したり、別の人が襲われたり、被害を少なくするための行動が裏目に出ることが多い。
「それは、困りましたね」
「ええ、だから、予知夢は扱いが難しいんです」
防ごうとして動いたら、さらに悪い結果になる。
今シェリが見ている夢は、内容こそはっきりしないが、悪夢だ。
飛び起きたときの苦しさ、何かから逃げているような、目を背けたいような間隔。
あれは魔物に襲われているときに一番似ているとさえ思っていた。
あの感覚がさらに悪化するとなっては、安心することは出来ない。
「シェリさんの話を聞いている限り、これから徐々に内容がはっきりしてくると思います。それを記録していてください」
「わかりました」
ブランの言葉にシェリは大きく頷いた。
いまだ夢の内容ははっきりしない。それでも記録を続けることで見えてくるものもあるのだろう。
ずっと大人しく話を聞いていたイオが膝の上で握っていた手をぎゅっと握りしめる。
意を決したように顔を上げた。
「シェリさま、あまり寝れていないようなのですが、どうすれば悪夢自体を見なくなりますか?」
一瞬、面食らったようにブランが目を見開く。
すぐに優しい笑顔に変わると顎の下に手をあてる。それから、ゆっくりと話し始めた。
「予知夢であるなら、必要がなくなるまで見続けるでしょう。しかし、まだ予知夢と決まったわけではないので、リラックスできるポプリなどを使ってみると良いと思います」
「ポプリ……リラックスできるものですね、わかりました」
ブランの言葉を真剣に聞くイオ。
この様子だと、すぐにでも街に買いに行ってしまいそうだ。
隣に座るイオの制服の袖を軽く引く。
元々シェリ自身は相談さえする気がなかった。悪夢にうなされるなど、大したことではないのだから。
それをイオやクロンたちに背中を押されて、ここまで来た。これ以上、彼の手を煩わせる気はなかった。
「大丈夫よ、寝れてはいるのだから」
「いいえ、シェリさまは無理をしてしまう人だから」
暖簾に腕押し。
イオはまったくシェリの言葉を信用していない。
そんなに彼女の前で無理をした覚えはないのだが、イオを助けようとして穴に落ちてから、だいぶ過保護なのだ。
いつもは可憐な笑顔を振りまいているくせに、こういうときは頑固で思い込んだら一直線の瞳。
シェリは小さく天を仰いだ。
この瞳の前で何を言えるというのか。そう思う時点で、負けだった。
「ふふ、また何か変化があったら教えて下さい」
「わかりました。時間を取っていただき、ありがとうございました」
ブランに大人しく頭を下げる。
上下関係と言うか、力関係と言うか。あまり見透かされたくないものを見透かされた気がした。
それでも、こうなったイオに何を言っても無駄なのは、もうわかっている。
無駄だから、わざわざ聖堂まで出向いているのだ。
「イオは心配し過ぎよ」
聖堂を出て寮の部屋に帰る。
その道すがら、シェリはイオに不満をぶつける。
一応なりとも年上だ。聖女候補として経験も長い。
年下で、この間、転入してきたばかりのイオに心配されると、恥ずかしくなってしまうのだ。
「いえ、絶対そんなことありません」
きっぱりとした口調。
いつの間に、こんな強い口調が使えるようになったんだか。
ついこの間まで、クラスメイトにいじめられていた人間には思えない。
貴族令嬢の中でも年重に見られ、迫力もある自分とずっといるからこんな事になったのだろうか。
シェリにはわからなかった。
「強情ね」
「シェリさまのことは、譲れないんです」
言葉をなくす。
そして、そんなイオの言葉の正しさが証明されてしまうのは、そう遠くない授業の時間だった。
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