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26帰還


 息ができる。

 慣れ親しんだ空気を肺に取り込む。

 陽射しの温もりが少しずつ身体に広がる。

 シェリとイオはどこか外に出れたようだった。

 

「おや、これは、また」

「ちょっと、あんた、一体なにをすれば、こんなことになるのよ?」


 何かが近づいてくる音。そっと身体に誰かが触れる。

 滑り落ちて、しばらくは訳が分からなかった。

 身体が現実に対応するように少しずつ馴染んでいく。

 聞き慣れた声だったのも、助かった。

 

「見知った気配がしたので、切ってみただけです。そしたら、この二人が」

「はぁー……これ、あとで呼び出されるわ。間違いなく」


 淡々と説明する声に疲れたようにため息が聞こえた。

 温度差が激しい。

 しかし、聞き慣れたようなやり取り。

 どうにか重たい瞼を押し上げれば、逆光に二人の人影が見えた。

  

 (だ、れ……?)

 

 まだ誰かまではわからない。

 シェリとイオが滑り落ちるように出てきた場所は、知り合いがいるところだったようだ。

 体が軽い。息ができる。元の世界に戻ってきたと理解できた。

 聞こえてくる音もクリアで、受け身も取れず落ちた体は節々が痛む。


「ジャンヌさまと……クロン、さま?」


 ダメージの少なかったイオが名前を呼ぶ。

 シェリはまだ怠い体に鞭打って、瞼を上げるのが精一杯だった。

 声で誰かはなんとなくわかった。見えた姿も、見慣れたもので体の力が抜けた。

 隣には同じような状態で横たわるイオもいた。

 身体を起こせるあたり、シェリより調子は良さそうだ。


「珍しいお帰りで」

「あんたが原因でしょ! 穴に落ちたって聞いたから、心配していたのよ。みんなで色々方法を探したのだけれど、このバカがすべて解決しちゃったみたい」


 ジャンヌとクロンの変わらぬやり取りにほっとする日が来るなんて。

 いつもと変わらないジャンヌと、申し訳無さそうに彼女の身体をつつくクロン。

 帰ってきた。その実感がわき始める。


「今、人を呼んでるわ。あんまり動かないほうがいいわよ」


 そこら辺の人使いは流石の一言だった。

 いつもの聖女クラスでは自由なところばかり目につくのだけれどーー彼女は、貴族令嬢としての優秀さではセボにも引けをとらない。

 公爵令嬢、しかも宰相を定期的に排出する家の令嬢なのだ。

  

 いったい、どれくらいの期間をさまよっていたのか。

 魔物討伐はどうなったのか。そしてーーここはどこなのか?

 あふれる疑問にクロンは一つずつ丁寧に答えてくれた。


「ここは学校よ。あなたたちがいなくなって今日でちょうど1週間」

「いっしゅう、かん?」


 あんまりにも検討外の数字だ。

 あの気持ち悪い場所に、自分は一週間も滞在していたのだろうか。

 いや、体感としては数時間。それほど、落ちていく感覚は気持ち悪いものだった。

 

「欠損って、なんでもありなのね」


 目を丸くしたシェリの反応に、クロンは軽く肩をすくめる。

 そのようですねーー答えようとした言葉は、音にならなかった。

 帰ってきた。帰ってこれた。

 その安心感が、シェリの睡魔を後押しする。

 色々気になることはあったが、今はもう休みたい。


「運んでおくから、安心して休みなさい」


 クロンの優しい声に、意識が闇に溶けた。


(ああ、これでゆっくり休める)


 なんて、思ったのに、神さまはシェリに休息を与えるつもりはないらしい。

 初めは疲れているのだと思った。欠損に落ちて、帰ってきて、様々な聴取を受けた。

 なにせ欠損から帰ってきた初めての人間。

 聞きたいことは山のようにある。


「欠損に落ちたときの感覚ですか? そうですね」

「体調の変化は、前にお伝えしたとおりですわ」


 毎日、イオと二人で聖堂へ連行される。

 それから質問に答え続けた。

 自分の経験が魔物の発生に対するヒントになるなら、いくらでも話そう。

 少しでも姉の足取りが掴めたらーーそんな想いも確かにあった。


「疲れましたね」

「さすがに連日だと、何を答えたかさえ分からなくなりそうね」


 イオと寮の部屋でぐったりした。

 お茶だけはどうにかいれたが、中々口をつける気にならない。

 魔物が生まれてくる欠損の研究は進みたくても進むことが出来ない状態でいた。

 わかっていることは百年前とそう対して変化していない。

 その中で、シェリたちが欠損に落ちて帰ってくるなんて、前代未聞の事態になってしまったのだから、研究者たちの驚きもわかるというものだろう。


「お体は大丈夫ですか?」

「ええ、まぁ、大分もとの調子になってきたわ」


 心配そうな視線が投げかけられる。

 欠損の中での様子からそうだったが、戻ってきてからもイオの方が元の調子に戻るのが早かった。


 (やっと元の生活に戻れそうだわ)


 体調も隅から隅まで確認させられた。

 聖女の力に変化はないか。体のどこかに変化はないか。

 計測できるもの、見えるものはすべて書き留められた気さえする。

 一部分を除いて大した変化はないーーそう思っていた矢先に、その夢は姿を表した。 


「っ、はぁ……ぁ!」


 溺れる魚のように息を吸う。呼吸が定まらない。ベッドの上で飛び起きた。

 まだ夢の残滓がシェリの体にまとわりつく。

 心が反応していた。


(夢……夢よね)


 実体さえない夢。どんなものだったかも思い出せない。

 起きた瞬間に、こんなにも苦しめられたはずなのに、端から消えていってしまう。

 夢を見たあと特有の浮遊感が頭を揺らす。

 今いる場所が現実であると確認したくて、シェリは周りを見渡した。


「次から次へと」


 代わり映えのない寮の部屋。

 ベッドの上から見える景色は、夜の静けさに包まれている。

 うっすらと窓から差し込む月明かりだけが部屋を浮かび上がらせていた。

 見慣れた絨毯、昨日寝る前にイオと話した机。その奥に、ベッドがあり、わずかに膨らんでいる。

 イオが寝ているのだ。ハッとした。


(……起こしてはいないみたいね)


 しばらく息をひそめるように、盛り上がったシーツを見つめる。

 耳が痛くなるような静寂の空間にイオの寝息だけがしばらく響いていた。

 やっと意識が定まってくる。

 眠気がくるまで、しばらく、シェリは部屋の中をぼうっと見つめているしかできなかった。 


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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お返事なかなかできていませんが、感想もすぐに嬉しく読ませてもらってます。

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