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24/57

24落ちる


 情けなさに目を閉じていた。

 幸い、魔物との激走に疲れたのだろうと、誰も気にせず放っておいてくれた。

 じんわり、じんわり、温かさが体を巡っていく。


(あったかい……)

 

 おそらく一番ダメージの大きかった脇腹はもちろん、砂で削られた表皮も回復されているようだ。

 うっすらと目を開けてみたイオの顔は真剣で、これではどちらが助けに来たのかわからない。

 とはいえ、拒否するなんてさらにできるわけもない。

 シェリはされるがままイオに治療されていた。

 二人の間に会話はない。ただ、黙々と時間が過ぎた。


「シェリさま、大丈夫ですか?」

「ええ、イオのおかげで、もう傷はないわ。それに魔物討伐は欠損を閉じてこそだもの」


 騎士団により魔物がいなくなったことは確認されていた。

 残る仕事は世界の穴と呼ばれる欠損を閉じることだけ。聖女の一番の仕事だ。

 欠損に向かって聖女の力を使うだけであり、魔物を討伐した後であれば後片付けの領域に入る仕事だ。

 もちろん、見つかっていればの話ではある。


「まぁ、あれだけの力を発揮できたのだから、私の手伝いもいらないと思うのだけれど」


 ちょっと嫌味っぽかっただろうか。

 言ってから思う。だが、それほど、あの力はすごかったのだ。

 近づいてくる魔物の蹄。肌を擦っていく砂地。自分の力である植物たちが、突破される感触。

 そのどれもがシェリに死を意識させた。

 シェリの言葉に、イオはその場面を思い出したのか、少しだけ瞳が揺れた。それから、彼女の声に焦りが含まれる。


「あれは、シェリさまが危ないと思ったら、でてきちゃったというか……自分でもあんなに強い力になったことないから驚いたんですよ!」

 

 ぐっと握り込まれた拳が震えている。

 ああ、申し訳ないことをしたーーシェリの脳裏に浮かんだのは、そんな感情。

 この子は、本当に、真剣に、素直に、自分のことを心配してくれたのだ。

 その結果として強い力が発揮された。

 それを、それを自分は黒い感情に塗れそうになっていた。

 ありていにいえば、嫉妬していた。自分が持ち得ない強い力を持つイオに。

 

「ええ、ありがとう。イオ、助かったわ」

「ほんとに、ほんとに、ですよ……あれほど、危ないことは止めてくださいって言ったのに」

「ごめんね」


 謝りながら、必要があれば、きっと同じことをすると思った。

 きっと、自分は必要なら、自分の身を省みることができない。

 欲しいものがあるなら手を伸ばしてしまう。

 この世界を救うためなら、リスクさえ選んでしまう。


(聖女、ね)

 

 これほどまでに欲にまみれていても、聖女になるのだろうか。

 シェリは自分の欲望のためだけに動いている。

 わかっていた。わかっていて、イオに言うべきでもないともわかっていた。

 きっと言えば彼女は怒る。止める。これからの行動を監視される可能性もある。

 それはできない。だから、予め謝っている部分があった。


「ほら、行きましょう」

「はい」


 イオに手を差し出す。

 それから彼女の手を引いて、天幕の外に出た。

 早く欠損を消さなければならない。

 

「こちらになります」


 騎士につれられて欠損の側に寄る。

 それは黒い穴だった。

 いや、黒一色ではない。穴の中は不規則な渦を巻くように紫から黒、たまに赤に近いような色など、さまざまなものがゴチャ混ぜになっている。


「これは……大きいわね」

「嫌な感じがします」


  聖女候補は、魔物に敏感だ。

 シェリは背筋が泡立ち、嫌悪感を抱く。セボはずっと鳥肌が立って、鼓動が早くなるという。クロンはずっと耳鳴りがするような感じと言っていた。

 とにかく、魔物や欠損に対して、何かしらセンサーのようなものが働く。それも聖女の特徴のひとつなのだ。

 イオもそれは変わらないらしい。

 見たことがないくらい険しい顔で、自分の両肘を抱えていた。


「大丈夫?」

「いえ、なんか肌寒いというか……なんでしょうね、これ」


 腕を擦るように手を動かしている。

 イオ自身もうまく言い表せないようで、苦笑いすしながら小さく首を振られる。

 感覚の問題なのだろう。

 シェリにもそれはわかる気がした。

 解消するには、元を消すしか無いと本能でわかるのだ。


(何度見ても、慣れないものね)

 

 湖の端にそれは位置していた。

 モヤが晴れたおかげで、とてもキレイに対岸の景色まで見えた。

 空の青と湖面の深い青。そこから広がる白い砂浜と防風林の緑。

 その真中に穴は浮かんでいた。周囲が美しいだけに、その醜悪さが目立つ。

 正しい世界が抜け落ちたような感覚。


「さっさとやってしまいましょう」

「はい」


 イオもそうするしかないとわかっているのか、意を決するように唇を引き結ぶと一歩前に出た。

 欠損を閉じる方法は難しくない。

 聖女がその穴の前に行って、力を使うだけ。

 イオが魔物相手に見せた力であれば一瞬で終わるだろう。

 だから、そうーーシェリは油断していたのだ。

 魔物討伐で油断は大敵だと言うのに。


「イオ!」

「っ」


 目を閉じているイオは反応ができなかった。

 シェリと騎士もほとんど同じ。数歩先にイオが歩み出ていたのも悪かったのかもしれない。

 湖から急に巨大な魚が飛び出してきたのだ。

 イオめがけて一直線。避けるスペースはない。

 彼女が目を開けたのは、魔物の体が衝突する寸前だった。


「きゃっ」


 小さな悲鳴と同時に白い光が広がった。

 欠損へと向けられるはずだった力が、目の前の魔物へとぶつけられていく。

 刃のように尖った鼻先が、立方体に分解され、ブロックになり消えていく。


「イオっ」


 魔物を避けようとしたのだろう。彼女の体は穴の方に傾いていた。

 欠損は消えていない。

 魔物に力が消費されたからだ。

 

 ーー穴に入ってしまったら?

 

 記憶が駆け巡る。そんな記述はあっただろうか。

 ほぼなかった、と思う。穴に落ちて帰ってきた人間はいない。

 それはつまり、ここで落ちてしまったら、さよならということだ。

 シェリは駆け寄り手をのばす。


「なんでっ」


 驚きに目を見開くイオが、はっきりと見えていた。

 そんなのこっちが聞きたい。

 気づいたら体が動いてしまっていたのだから。

 柔らかい感触を掴む。イオの手を掴むことはできた。

 すでに、シェリの足は地面についていない。

 二人揃って、穴の中に落ちていくしかできなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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