24落ちる
情けなさに目を閉じていた。
幸い、魔物との激走に疲れたのだろうと、誰も気にせず放っておいてくれた。
じんわり、じんわり、温かさが体を巡っていく。
(あったかい……)
おそらく一番ダメージの大きかった脇腹はもちろん、砂で削られた表皮も回復されているようだ。
うっすらと目を開けてみたイオの顔は真剣で、これではどちらが助けに来たのかわからない。
とはいえ、拒否するなんてさらにできるわけもない。
シェリはされるがままイオに治療されていた。
二人の間に会話はない。ただ、黙々と時間が過ぎた。
「シェリさま、大丈夫ですか?」
「ええ、イオのおかげで、もう傷はないわ。それに魔物討伐は欠損を閉じてこそだもの」
騎士団により魔物がいなくなったことは確認されていた。
残る仕事は世界の穴と呼ばれる欠損を閉じることだけ。聖女の一番の仕事だ。
欠損に向かって聖女の力を使うだけであり、魔物を討伐した後であれば後片付けの領域に入る仕事だ。
もちろん、見つかっていればの話ではある。
「まぁ、あれだけの力を発揮できたのだから、私の手伝いもいらないと思うのだけれど」
ちょっと嫌味っぽかっただろうか。
言ってから思う。だが、それほど、あの力はすごかったのだ。
近づいてくる魔物の蹄。肌を擦っていく砂地。自分の力である植物たちが、突破される感触。
そのどれもがシェリに死を意識させた。
シェリの言葉に、イオはその場面を思い出したのか、少しだけ瞳が揺れた。それから、彼女の声に焦りが含まれる。
「あれは、シェリさまが危ないと思ったら、でてきちゃったというか……自分でもあんなに強い力になったことないから驚いたんですよ!」
ぐっと握り込まれた拳が震えている。
ああ、申し訳ないことをしたーーシェリの脳裏に浮かんだのは、そんな感情。
この子は、本当に、真剣に、素直に、自分のことを心配してくれたのだ。
その結果として強い力が発揮された。
それを、それを自分は黒い感情に塗れそうになっていた。
ありていにいえば、嫉妬していた。自分が持ち得ない強い力を持つイオに。
「ええ、ありがとう。イオ、助かったわ」
「ほんとに、ほんとに、ですよ……あれほど、危ないことは止めてくださいって言ったのに」
「ごめんね」
謝りながら、必要があれば、きっと同じことをすると思った。
きっと、自分は必要なら、自分の身を省みることができない。
欲しいものがあるなら手を伸ばしてしまう。
この世界を救うためなら、リスクさえ選んでしまう。
(聖女、ね)
これほどまでに欲にまみれていても、聖女になるのだろうか。
シェリは自分の欲望のためだけに動いている。
わかっていた。わかっていて、イオに言うべきでもないともわかっていた。
きっと言えば彼女は怒る。止める。これからの行動を監視される可能性もある。
それはできない。だから、予め謝っている部分があった。
「ほら、行きましょう」
「はい」
イオに手を差し出す。
それから彼女の手を引いて、天幕の外に出た。
早く欠損を消さなければならない。
「こちらになります」
騎士につれられて欠損の側に寄る。
それは黒い穴だった。
いや、黒一色ではない。穴の中は不規則な渦を巻くように紫から黒、たまに赤に近いような色など、さまざまなものがゴチャ混ぜになっている。
「これは……大きいわね」
「嫌な感じがします」
聖女候補は、魔物に敏感だ。
シェリは背筋が泡立ち、嫌悪感を抱く。セボはずっと鳥肌が立って、鼓動が早くなるという。クロンはずっと耳鳴りがするような感じと言っていた。
とにかく、魔物や欠損に対して、何かしらセンサーのようなものが働く。それも聖女の特徴のひとつなのだ。
イオもそれは変わらないらしい。
見たことがないくらい険しい顔で、自分の両肘を抱えていた。
「大丈夫?」
「いえ、なんか肌寒いというか……なんでしょうね、これ」
腕を擦るように手を動かしている。
イオ自身もうまく言い表せないようで、苦笑いすしながら小さく首を振られる。
感覚の問題なのだろう。
シェリにもそれはわかる気がした。
解消するには、元を消すしか無いと本能でわかるのだ。
(何度見ても、慣れないものね)
湖の端にそれは位置していた。
モヤが晴れたおかげで、とてもキレイに対岸の景色まで見えた。
空の青と湖面の深い青。そこから広がる白い砂浜と防風林の緑。
その真中に穴は浮かんでいた。周囲が美しいだけに、その醜悪さが目立つ。
正しい世界が抜け落ちたような感覚。
「さっさとやってしまいましょう」
「はい」
イオもそうするしかないとわかっているのか、意を決するように唇を引き結ぶと一歩前に出た。
欠損を閉じる方法は難しくない。
聖女がその穴の前に行って、力を使うだけ。
イオが魔物相手に見せた力であれば一瞬で終わるだろう。
だから、そうーーシェリは油断していたのだ。
魔物討伐で油断は大敵だと言うのに。
「イオ!」
「っ」
目を閉じているイオは反応ができなかった。
シェリと騎士もほとんど同じ。数歩先にイオが歩み出ていたのも悪かったのかもしれない。
湖から急に巨大な魚が飛び出してきたのだ。
イオめがけて一直線。避けるスペースはない。
彼女が目を開けたのは、魔物の体が衝突する寸前だった。
「きゃっ」
小さな悲鳴と同時に白い光が広がった。
欠損へと向けられるはずだった力が、目の前の魔物へとぶつけられていく。
刃のように尖った鼻先が、立方体に分解され、ブロックになり消えていく。
「イオっ」
魔物を避けようとしたのだろう。彼女の体は穴の方に傾いていた。
欠損は消えていない。
魔物に力が消費されたからだ。
ーー穴に入ってしまったら?
記憶が駆け巡る。そんな記述はあっただろうか。
ほぼなかった、と思う。穴に落ちて帰ってきた人間はいない。
それはつまり、ここで落ちてしまったら、さよならということだ。
シェリは駆け寄り手をのばす。
「なんでっ」
驚きに目を見開くイオが、はっきりと見えていた。
そんなのこっちが聞きたい。
気づいたら体が動いてしまっていたのだから。
柔らかい感触を掴む。イオの手を掴むことはできた。
すでに、シェリの足は地面についていない。
二人揃って、穴の中に落ちていくしかできなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




