22
ちらりと視線をあわせてから、反応せずに湖へと視線を飛ばす。
イオの反応は予想済みだ。
(危険……上等じゃない)
危ない橋を常に渡ってきた。
聖女になれたのも、今のクラスでどうにかやってきたのも。
すべては、すべきことをしてきたからだ。
――すべきことをせずに、欲しいものは手に入らない。
危険なのも分かっている。
イオが嫌がるのも予想していた。あの子は貴族で生きるには優しすぎる。
だが――シェリは騎士を見た。
聖女候補として必要ならばしなければならない。
騎士たちは戦術も学び、どうすれば効率的に討伐できるか、よく考えている。
「今回の作戦をお聞かせくださる?」
「は、もちろんです」
騎士は様々な作戦を立てるが、聖女が嫌がりそうなものは消去される。
その最たるものが囮になる作戦。
魔物討伐で一番のキーは聖女なのだ。
奴らは聖女を見つけると、他の人間より優先して襲ってくる。そんなコマを使わないわけにはいかない。
だが、貴族令嬢である聖女に囮になれと言える人間は数少ない。
だから、シェリは自分から名乗り出た。それだけだ。
「かなり、危険ですよ」
「わかっています。足場は砂地だし、緑も少ないから妨害も大変でしょう。それでも、しなければならないのです」
じっと見つめてくる騎士にうなずき返す。
イオと違って驚きは少ない。
その作戦が一番良いと分かっているのだ。
武器を持った人間を見ると逃げるということは、追い込むことも難しい。
湖畔のため遮蔽物は少ない。片方は水面だし、片方はまばらな木々だ。
「シェリさまが囮にならなくても、反対側から騎士たちが追いかければ」
「人数的にあまり有効じゃないのよ。私一人で釣れるなら、安いものだわ」
まだ食い下がるイオをシェリは切り捨てた。
必要ならばしなければならない。
それが上に立つものの役目なのだ。
「……ありがとうございます」
騎士が頭を下げた、シェリはその礼を受け止める。
イオはまだ不満のようで、唇が固く結ばれている。
あとで作戦についても説明しなければならない。
さらに細かい打ち合わせをして、シェリたちは野営地のテントに戻った。
「イオ、そんな顔をしないの」
「だって……シェリさまが」
「必要なことだもの」
天幕には二人だけ。
周囲には騎士たちが警戒にあたってくれている。
もちろん、ある程度の距離はあるため中の会話は聞こえない。
「そんなに心配?」
シェリは口角をあげた。
一応何度か討伐もしている身だ。
彼女からそんなに心配される必要はない。
「心配は、心配です。シェリさまは普通に無理をするから」
「あら、あなたの前でそんなことしたかしら?」
「わたしの前ではなくても、セボさまやクロンさまから色々聞いてます!」
「かの二人は……その原因が自分だって分かってるのかしら」
はぁと大きくため息をつく。
セボとクロンが巻き起こすトラブルは手に余る。火を消すにはシェリが走り回る必要があった。
具体的には、書類とか根回しとか挨拶である。
(討伐で無理したことなんてあったかしら)
セボが聞けば笑われそうなことをシェリは本気で思っていた。
セボやクロンはシェリが自分の身体を削ってでも魔物討伐を優先することを知っていた。数としても如実に現れている。
シェリ自身に自覚がなくても、騎士団でも知られた事実だった。
「大丈夫よ。少なくとも明日の討伐はあなたがいるじゃない」
「シェリさま?」
「あなたは討伐に一番向いている属性よ。私が傷つくのが嫌なら頑張りなさい」
ぽんとイオの肩を叩く。それから、寝床の準備をした。
だから、シェリは背後でイオがどんな顔をしていたか知らない。
悔しそうに、強く拳を握りしめていたなど知らないことだったのだ。
――ポタン。
天幕から水が落ちる音がして、シェリは目を覚ました。
日差しが天幕を透けてぼんやりと薄暗い。徐々に目が慣れてくると、隣で寝ているイオが見えた。
昨日、テントに戻ってきてからもイオは作戦に納得していないようだった。
(「シェリさまが危ないことをする必要はない」ね)
たまにイオがわからない。
聖女は選抜されるものだ。
選抜ということは一人がいなくなれば、自分が聖女になれる可能性が増えるということ。
聖女になったからには、その可能性は高いほうが良いに決まっている。
「本気で、怒ってたわね」
イオの顔を見つめながら、昨夜の彼女を思い出す。
本気で怒っていた。驚くことに。
そんなに心配させるようなことだろうか。
聖女候補であるからには、魔物討伐は必須である。
イオは初めての討伐だがシェリはすでに何回か討伐を行っている。
他の聖女候補よりは少ない回数かも知れないーーだから、あの王子は文句を言ってきたのだが。
それでもイオよりは経験しているし、自分の力を発揮するために必要なこともわかっている。
「できることを、全力で」
シェリは小さく呟いた。自分に言い聞かせる。
できることを、しなければならないことを、全力でする。するだけ。するしかない。
それがシェリの生き方だった。
「おはようございます」
「おはようございます、シェリさま。予定通り、準備できております」
こっそりと天幕を抜け出てきた。
イオは初めての緊張感に疲れていたのだろう。まだぐっすりと寝ていた。
いつもであれば、そろそろ起き出してもおかしくないのに、何も言わず出てきたから、いないことに驚くだろうか。
彼女の初討伐を成功させるためにも、準備はしっかりしておかなければならない。
「ありがとう。これで、イオを助けられるわ」
昨日のうちに話を通りしていたため、準備はすでにできていた。
騎士から袋を受け取り、中身を確認する。
小さな粒がたくさん入っていた。手のひらにいくつか取り出して眺める。
「はい。しかし、シェリさまも無理はしないようにお願いします」
「好きで傷つく趣味はないわよ」
確かに、自分が所望した植物ーー葛の種であった。
葛は成長が早く、シェリの力を使えば一瞬で蔦を伸ばすことができる。その上、蔦としても植物の中では丈夫な方で、魔物であっても足を絡ませることくらいはできるのだ。
さすがにずっと動きを止めることは難しいが、今回の作戦で必要なのは動きを止めることでない。
イオの元に怪しまれず逃げ切ること。それだけだった。
「シェリさま!」
予定通り、種を巻き終え天幕に戻ると、すでに準備が終わった様子のイオが駆け寄ってきた。
服装はシェリと大差ない。魔物討伐のために支給される外套は基本的に同じものだ。
灰色で地味としか言えないものだが、頑丈さと汚れの落ちやすさが気に入っていた。
セボやクロンはこのデザインが気に入らず、刺繍を施したり、形を変えたり、色々している。
シェリが使うと膝から下が見えるくらいの大きさなのだが、イオが着ると足首まで隠れてしまっていた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「朝起きたらいないから、心配していたんです。騎士の方に聞いたら、魔物討伐の準備をしにいったって言うし……」
見上げられる。
その瞳には、心配の色が浮かんでいた。
これほどまでに真っ直ぐ心配されたことはない。慣れない感覚に、シェリは唇と引き結んだ。
言葉を探す。
(どうにも慣れないわね)
何も出てこない自分に、ちょっと呆れる。
貴族は役割で生きるものだ。役割を果たすために、努力をするし、役割のために生きている。
そこに”自分”は含まれない。
領民に生かされているのだから、領民のために生きるだけ。
もっともそんな貴族らしい生き方をしている貴族がどれほどいるか。
おそらく数えられるほどだろう。
「ちょっと準備していただけよ。対策は多いほど良いからね」
「わたしも起してください。手伝いますから」
「考えておくわ」
今度、同じような機会があったとして、自分はイオを起こすことができるだろうか。
たぶん、できないのだろうなとシェリは思った。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




