21討伐へ
馬の蹄が地面を描く音がする。
カッカッカッカッと響くそれにあわせて、定期的な振動がシェリの体に伝わった。
馬車から見える景色はすでに街らしさを消している。
通り過ぎていく景色の中にある色は、緑と茶色ばかりだ。
「イオ、今から緊張していたら、着く前に疲れてしまうわよ?」
「そ、そ、そうですよね! でも、どうしたらいいか……」
シェリは目の前に座るイオにちらりと視線を向けた。
馬車に乗ってから、彼女の姿勢は変わらない。
たまに窓の外の風景を確認するだけで、基本的にはずっと馬車の床を眺めていた。
その手は握りしめられ、膝の上に乗っている。たまに力が入って、はっと気づいたように開かれる。
それから小さく頭をふって、緊張を振り払うのだ。
(見ている分には、面白いのだけれど)
本人の心情を考えれば、茶化すこともできない。
初めての討伐だ。シェリも緊張したのを覚えている。
とは言え、あのときは、ジャンヌとクロンと一緒で、シェリ自身が何かをしたわけではほとんどない。
攻撃力の強い彼女たちに任せていたら、ほぼ終わっていた。
実情としてはそんな感じだった。
どうして茶化したりすることができるだろうか。
「緊張はするなと言ってもしてしまうもの。何か気になることがあるなら言うといいわ」
「はい」
返事の声も硬い。
やっと挙げられた視線がかち合う。
いつも通りの茶色い瞳が緊張に張り詰めていた。
「準備もきちんとしたし、あとは頑張るだけよ」
ぽんぽんと目の前に座るイオの手を叩く。
言いながら、これは励ましになるのだろうかと思った。
セボがいたら「根性論は駄目でっせ」と言われそうだ。
(悪い癖ね)
どうやら自分には、努力とか根性でどうにかしようとする癖があるらしい。
才能の塊のような、セボやジャンヌからすれば、それは無骨に見えたことだろう。
だが、シェリはそれしか知らない。
教えられるのも、それだけ。
自分が欲しい物のために、ひたすら努力を続けることしかできなかった。
「緊張しすぎていては、うまくいくものも上手くいかないわよ? ほら、見て」
イオの視線を外に向けさせる。
森の緑が、一瞬にして湖の青に変わる。
今日の目的地であるイシュル湖が姿を表した。
3国が取り巻くこの湖はとても大きく、対岸は別の国ーーセボとサーヴァの祖国であるグランアルバ皇国である。
目視で町並みをみることはできない。
肉眼で見ることができるのは、遠く霞む山並みが精一杯だ。
「わぁ、キレイ……っ」
「この季節はイシュル湖でもっとても美しい季節と言われているのよ」
説明しながら、シェリも絶景を眺める。
遠くに見えるのは、青く霞む山並みであり、その手前には水平線が風に吹かれて波を立たせている。
巨大すぎる湖は対岸を見させない。湖の半分ほどいって、初めて対岸の町並みが見えるようになるらしい。
キラキラと水面を光らせる太陽は、柔らかく木々を照らしている。たまに寒い風が吹くようになった。もう少しすれば、葉の色が変わり始める。
(湖の近くとなると、ちょっと難しいわね)
美しい景色に目を楽しませつつ、シェリは内心で顔をしかめていた。
シェリの能力は植物に関連する。森や草が多い場所のほうが力を発揮しやすい。
魔物討伐はそういったことも考慮されて、誰が行くか決定される。シェリだったら、絶対に選ばれなかっただろう。
イオの能力は聖属性と呼ばれ、癒やしの力が強い。これは場所に規定されない。使い勝手の良い能力なのだ。
イオのサポートをするつもりで着いてきたが、この場所でできることは限られてしまう。
(どう立ち回るか考えなければね……)
それから程なくして、目的地に到着した。
場所としては湖畔であり、足元は砂地だ。
爪先で地面を削るようにすれば、さらさらと簡単に砂が舞った。
「これは、大変そうね」
だいぶ、骨が折れそうだ。シェリは苦笑する。
想像していた通り草木はそう多くない。
シェリの力を使おうと思ったら、ある程度の準備が必要だろう。
幸いだったのは、少し進んだ先には防風林として植樹されている木々があること。
どうしようもないときは、ここまで逃げてくればいい。
「馬車での移動はどうしたか?」
「いつも通りでした。お気遣いありがとうございます。イオは緊張していたけれど」
騎士からの問いかけに、シェリは笑って答えた。
今日の担当は第3騎士団らしい。
胸元についている徽章を確認する。討伐によく駆り出される騎士団で、シェリも見たことがある人物だった。
「ふぁ、シェリさま!」
そんなことを言われると思っていなかったのか、イオが慌てて目を白黒させている。
百面相を描き出すイオからは、緊張の色は消えている。
このまま自然体で迎えれば一番良いだろう。
魔物の情報が集まるほど、緊張は高まっていくだろうし、魔物を目の前にすれば恐怖が這い出てくる。
(世界にあってはいけないものだからなのかしら)
魔物を前にした恐怖とも嫌悪ともつかない感情は、説明が難しい。
とにかく、嫌なのだ。体が拒否をする。
人によって感覚は違うが、シェリの場合、背筋に絶えず水滴を落とされているような感覚だった。くすぐったいのと不快が混じり合った独特のもの。
それは、魔物が世界の欠損と言われる場所から来るからなのかもしれない。わからないことが多すぎるのが、魔物討伐だ。
ため息を吐きたいのを我慢して、騎士に笑顔を向ける。
「今回も情報収集ありがとうございます。どんな感じになっていますか?」
「はい、今回の魔物は馬型をしており、かなり素早いです」
「嬉しくない情報ね」
イオの顔を盗み見る。
表情は真剣そのもの。騎士の情報にしっかりと耳を傾けている。
魔物は馬型で素早く、見つけると突進してくる。警戒心が高く武器を持っている人間がいると逃げる。
武器を持っていない人間であれば、突進してくるとのことだった。
(かなり、面倒なタイプね)
人の姿を見ればすぐさま襲ってくる魔物も多い。
武器を持っていると近づいてくれないとなれば、騎士が引き付けることも難しいだろう。
足場は回避行動を取るにはむいていない砂地。できれば誘い込んで、逃げられないようにしてから攻撃をしたい。
イオに囮をさせることはできない。
今回の討伐は彼女がメインになる。
魔物に止めを刺してもらわなければならないのだ。
騎士が囮をすることも、情報によればできない。
となれば、できるのは一人だけ。
「私が魔物を引き付けてくるわ」
「シェリさま?!」
砂がなる。イオが急にシェリの方を向いたせいだ。
何を言うんですか?と視線が飛んできている。
シェリはそれに微笑みだけを返した。
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