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20シェリの秘密


 平民街に入るとがらりと空気が変わる。

 人影もまばらになり、周囲の雰囲気も少し寂しい。

 人の陽気さがないだけで、ここまで街の雰囲気は変わるのか。

 いつもいく貴族街は建物からして違うが、平民街も貴族街ほどではなくても、貧富の差を感じさせるものだった。


「あのあと、授業のほうは大丈夫?」

「ああ、えっと……正直に言えば、馴染めてはないです」


 シェリの質問にイオは正直に答えた。

 困ってるのが丸わかりの表情にシェリは目を細める。

 この正直さ、真っ直ぐさが貴族に馴染めない要因のひとつだ。


 (こればかりは、急には治らないでしょうね)

 

 真っ直ぐに物言いに、貴族は慣れていない。どうとでもとれる発言が多すぎるのだ。

 王子のようにそういった部分に感銘を受ける人間もいる。

 皮肉なことに、王子の注目を集めたことが、イオが反発を受ける原因のひとつなのだけれど。


「殿下は何かと気をかけてくださっているようで、休み時間などにも見に来てくださっているのですが……」

「あの人は、まったく」


 まさかの回答にシェリは頭を軽くふる。

 平民に王子がかまけているとなると、注目は否が応でも集まる。

 そっとしておくように釘を差したのだが、効果はなかったようだ。


「あんまりにも困ったときは言いなさい。私からももう一度言っておくわ」

「はい、すみません」


 イオの瞳が下を見る。

 地面をウロウロとさまよう視線にシェリは足を止めた。

 できればあまり滞在したい場所ではないのだが、イオがこんな状態では目的地に行ったところで、いつも通りの彼女を見ることはできないだろう。


「わたしは、どうすればいいんでしょうか?」


 真っ直ぐな瞳。茶色い瞳がシェリを貫く。

 それを受け止めて、一度、空を見上げた。

 どうすればいいか。

 王子相手の話になれば、意味は2つしかない。

 このまま、婚約者の目の前で他の女に声をかける王子を放っておいていいのか。

 イオからも拒否したほうがいいのか。


「放っておきなさい。殿下も、その他も」

「でも」

「私のことは気にしなくていいわ」


 イオを安心させるために、シェリは笑みを形作る。

 自分の顔についてはよく把握している。

 笑い方によっては、怒っているようにもとられやすい。


 (人にどう思われようと、構いませんもの)

 

 そこを気にする段階はとうに過ぎてしまった。

 強気な笑みは証明なのだ。シェリが貴族令嬢として聖女として正しいことをしているという。

 自分自身に正しい行動をしていれば、周りになんと言われようと気にしてはならない。

 きちんと、したいことを知る。しなければならないことを把握して、努力を続ける。

 それだけが人生を歩む道なのだとリゼットは教えてくれた。

 

「……シェリさまは、すぐに無理をしそうで怖いです」

「あら、そんなことないわよ。上に立つものとして、当然のことをしているだけだもの」


 イオの言葉にシェリは小さく頭を横に振った。

 王子ーー自分の婚約者を諌める役目は、シェリのものだ。

 イオは巻き込まれただけ。低位の貴族が殿下から声をかけられて無視することなどできやしない。

 大抵の貴族は、これ幸いと、そのまま王家に近づく方法を取るだろう。

 それをせず、シェリに素直に相談するだけ、イオはありがたい存在だった。


「それに、あなたも、すぐに慣れるわよ。私も元々は孤児院で育ったのだもの」

「ええ?」

「あら、知らなかった?」


 驚くイオにシェリはコロコロと笑った。

 イオの驚き方が新鮮だった。

 シェリが庶子であることは隠されていない。口に出すものもいないので、公然の秘密というやつだ。


――シェリノール・フォン・アテンドは庶子である。

 

 シェリの記憶は孤児院の薄暗い部屋から始まる。

 大勢の子どもたちと一緒に寝て、遊そんで、働いた。その頃は髪も短くて、よく男の子に間違われたものだ。

 自分たちのことは自分たちでする。貧しいけれど死ぬことはない。

 親はいなかったが、それは孤児院にいる子すべてがそうだったので気にすることもなかった。


「じゃ、シェリさまも、聖女の力がわかって?」

「いえ、私の場合はお姉さまが働きかけてくれて……聖女になったのは貴族になってからよ」


 シェリ自身はアテンド侯爵の血を引いていた。

 母親が侯爵家で働いていたらしい。貴族としてはよくある話だ。

 アテンド侯爵家には兄、リゼット、シェリと三人の子供がいる。

 兄とは年が離れており、軍に所属しているため一度も会ったことがない。

 姉が10歳のころに、侯爵夫人も亡くなっている。姉のリゼットも行方不明だ。


(お姉さまがいてくれれば、こんなことにもならなかったのでしょうけれど)


 じんわりと、苦い感情が湧き上がる。

 姉の聖女としての力はとても強かった。強すぎて、神様に気に入られたのだ。だから、あんなにも早くいなくなってしまった。

 記憶の中の姉が優しく微笑む。それは親の愛情を知らないシェリにとって、唯一の甘やかな記憶だった。


「そう、だったんですね」

「そうよ」


 イオは初めて聞いたようだ。驚きに目を見開いている。

 意味もなく胸を張ってみる。

 姉がいなくなってから、努力に努力を重ねた。

 それが、今の姿。侯爵令嬢であり、聖女であるシェリノール・フォン・アテンドなのだ。


「だから、あなたも気にしないの。しっかり、成すべきことをしていれば良いだけなのだから」


 わざと数歩先に進んでから振り返る。隣で見るよりも、イオの表情がよく見えた。

 なんと言っていいのか考えているのだろう。頭の中がそのまま表情に出ている。

 くるくると変わる顔ともごもごと口を動かす姿にシェリは笑いを抑えきれなかった。

 ムズムズした感情が湧いてくる。


「ふふ、あははっ、あなた、すごい顔になっているわよ」

「な、シェリさまのせいじゃないですか!」

 

 笑いだしたシェリにイオは呆然としたが、すぐに頬を膨らませ怒り出す。

 もちろんポーズだけだ。ごめんごめんと言いながら、シェリとイオは足取りも軽く店への道を進んでいた。


 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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