17討伐命令
「結局、見つかりませんでしたわね」
シェリは大きくため息を吐いた。
イオは斜め向かいでお茶を入れながら苦笑していた。
「セボさんもあの呪具が手に入ったら満足してしまいましたし」
「クロンさまは薬の成分を確認することが楽しいようですから」
イオの言葉にシェリはがっくりと肩を落とした。
そう知っていた。
あの二人は、助けに来たわけではないのだ。
言っていた通り、二人にとって面白いものがあるから見に来ただけ。
その犯人など気にしてもいない。
「知ってましたわ、知ってましたけれどね……」
窓の外ではしとしとと長雨が降っていた。
季節は春から移り変わり、すでに夏へと片足を踏み込んでいる。
シェリの気分と同じようにずっと曇っていた。
中庭からもカエルの鳴き声が響き、夜の子守唄を奏でる。
「それが……シェリさま、もうひとつ、面倒なことが起こりそうなんです」
「どうしたのですか?」
眉を下げるイオに、シェリは身を乗り出した。
考えても調べても分からないことより、イオの相談を聞くことが大切だ。
聖女クラスでシェリの手伝いをしてくれるのは、彼女だけなのだから。
そんな彼女の口から出てきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「討伐命令が……?」
「はい」
イオが肩を落とした。シェリはそれを呆然と見つめる。
テーブルの上には赤い色をしたハーブティが置かれていた。
イオのあとにシェリが入れたものだ。
(イオも大分手慣れてきたわね)
彼女の前にも同じものがあり、湯気が立ち上っている。
寝る前にこうやってお茶を入れて話をする。それが二人の間で習慣になり始めていた。
お茶を入れるのはシェリだったり、イオだったり。その日の流れによるが、短い一時でも楽しみにしていた。
(討伐命令なんて、出たのはいつぶりかしら?)
シェリは欲しい情報を記憶の山に入り込む。
トントンと組んだ腕を指で叩き、知りたい情報を探す。
討伐命令と魔物討伐は似て非なるものだ。
魔物討伐は輪番制になっている。聖女が組になって、回していくのだ。
そうでなければ同じ人に負担がかかりすぎるし、反対に名誉を取りすぎる可能性もある。
(だけれど、討伐命令は命令になってしまう)
多くは臆して使命を果たさない聖女に使われたり、偏りを正すために出されるものだ。
もしくは他の聖女の名誉を奪うことを防ぐもの。
どちらにしろ、同年代で働いている聖女としてはあまり嬉しいものではない。
「呼び出されたと思ったら、そんなことになってるなんて」
目の前で肩を落とすイオの表情は部屋に戻ってきてから変わっていない。
イオ自身は討伐命令の意味など、あまり分かっていないだろう。そういうものを気にするのは貴族ばかりなのだ。
だがーーシェリは想像した。
討伐命令が出たことは、明日には知れ渡っている。
そうなれば聖女クラスのメンバーは荒れ狂うだろう。
(困ったことになったわね)
討伐命令が出せるのは、聖女候補の管理をしている教会か、王族だけだ。
それ以外からは口出しされないようになっている。
イオに討伐命令を下したのも、そのうちの誰か。
「わたしもびっくりしてるんです」
魔物討伐が滞ったことはない。今の聖女が拒否したこともない。
イオはまだ討伐に行っていないが、日が浅いことが大きく影響している。
シェリだって初めて討伐に参加したのは選抜されてから3ヶ月目だった。
「神官長以外に殿下もいらしたので、王家も知っていることなんだと思います」
「殿下が?」
イオが少しだけ顔を上げて、ティーカップへ手を伸ばした。
殿下がいたならば、討伐命令を出したのは、ティーア王家なのだろう。
考えられないことではない。
というより、他の国が出すよりよほど自然だ。
(国で考えれば、討伐数が一番少ないのはティーアだもの)
ティーア国の聖女候補はシェリだけだ。
魔物討伐は基本的に二人以上で行われる。シェリが行くときは、他国から必ず助けが来た。
グランアルバも共和国も、最初から二人揃っている。そのうえ、討伐を嫌がるような人間はいない。
そうなれば、自然とティーア国だけ討伐数が減っていく。
小さくシェリは頷いてから視線をイオに合わせる。
「どちらにしろ討伐命令が出てしまったら、行かないわけにはいかないわ。準備をするしかないわね」
「はい。しなきゃいけないことだって、わかってます」
イオも小さく頷いた。刺繍のときも思ったが、マジメな少女だ。
聖女の仕事は魔物討伐に関することが多い。実際に討伐したり、魔物の源である欠損を埋めたりすることだ。
なぜ聖女にしか、世界の欠損を埋めることは出来ないのか?
散々研究されたが、結果は出ていない。
世界の欠損自体が不定期に出るものでサンプルを取りにくいのだ。
(とはいえ、ヴィンセント殿下には一言伝えなければ)
ヴィンセント殿下の行動に頭が痛くなる。
自国のポイントを稼ぐためとはいえ、こう堂々と横入りされると困るのだ。
聖女クラスというのは微妙なバランスで成り立っている。
隣国同士が集まり、たったひとつの椅子を争うのだから、当然だろう。
「頑張りましょうか……」
「……はい!」
シェリの言葉にイオも力強く頷く。
今集まっているメンバーは、実力的にも性格的にも良いバランスだ。
討伐に失敗したという話は聞かないし、損害も軽微で済んでいる。他の聖女候補を蹴落とそうとするような子もいない。
頭の痛い問題をとりあえず放っておいて、シェリはイオの初討伐の準備を進めることにした。
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