15
刺繍を提出すると言って朝別れた。
そのイオが聖女クラスに来ない。
ちらりと視線だけで隣の空席を見つめた。
(落ち着かないわね)
そわそわがイライラになり、気づけば貧乏ゆすりまでしている始末。
聖女クラスにはきっちりとした始業時間が決まっていない。
貴族クラスの授業が終わり次第、この特別教室に集まる。これは聖女の仕事が個人でバラバラに行われることに起因する。
仕事に行く人間もいるのだから、遅刻や欠席もゆるい扱いだ。
「来まへんなぁ」
「ほんとね」
セボとクロンの声が聞こえてくる。
小さなものだったが、このクラスにいる皆の疑問を表していた。
出欠は緩い。だが、そういう場合は誰かに言伝を頼んだり、教師に前もって言っていたりしている。
ここに集まる人物は貴族の令嬢であり聖女。
自分がいないことがどれだけの影響を与えるか理解している。
面倒くさいことにはなりたくないのだ。誰だって。
「ブラン神官長」
「はい、シェリさん。どうしましたか?」
シェリは手を上げた。気になって授業どころではない。
いくら見つめてもそこにイオが座ることはない。
扉の方を確認しても、動く気配がない。
神官も把握していないようで、困ったように眉を下げていた。
「イオの様子を見てきます。退席をお許しください」
「シェリさんたちには必要ない範囲ですし、良いですよ。早くつれてきてあげて下さい」
礼を言ってから静かに席を立つ。
予想できる場所を考える。まずは教室。
神官長に小さく頭を下げた後、周囲の視線が集まっているのに気づく。
「少し、席を外しますわ」
「はいはーい、こっちのことは気にしないで。うまくやってきなさい」
「なぁに、すぐ見つかりますえ」
クロンはひらひらと手をふり、楽しそうに笑っていた。面倒事まで楽しめるとは良い性格をしている。
本人に面と向かっていえば、「面倒事は令嬢の仕事よ」なんて、よくわからないことを言われそうだ。
セボもセボで、なんでも知っているような笑顔でそんなことを言うから、すべて知られているのではないかと思ってしまう。
「ありがとう」
このクラスに居る限り、心配するなんてことはなさそうだ。
声援に小さく頷いてから、シェリは教室を出た。
逸る気持ちを扉までは抑えていた。
そこから先は気持ちに任せた。
(やることが短絡的すぎると思うわ)
ずんずんと風を肩で切って歩く。
貴族が通う学校を歩くにしては激しすぎる歩調なんて百も承知だ。
まずは考えていた通り、イオの教室を目指す。
シェリがいつも過ごす教室の一階下で、前も様子を見に来た場所だった。
前とは違い、きちんと扉に立ち、中を見回す。今はなんと言われても、イオを探しに来たという理由がしっかりとあった。
「バイオレットさんはいるかしら?」
シェリの声にすぐに生徒が寄ってきて、イオがすでに教室にいないことを知る。
聞けば数人の生徒とともに出ていったという。
言いづらそうに告げる少女に礼を告げ、すぐさま足を別の場所に向ける。
きっとイオがどんな状態か彼女は把握していたのだろう。
そして、数人で一緒に出ていったということは、この間一緒にいた子たちだ。
ならば、場所も同じところだろう。
シェリは中庭に向かった。
「なに、あの刺繍は? 誰かにやってもらったのでしょう」
「いえ、自分でちゃんと刺しました」
場所も同じなら、言っていることに面白さもない。
イオの刺繍がどれほど見事だったか、知っている身としては見苦しい以外の感情を抱かなかった。
(芸がない)
わーギャーわーぎゃー言う三人の声に対して、冷静な声がこれまた冷静に返す。
イオに前よりオドオドした様子はない。それでも多数に無勢。緊張しているのは伝わってきた。
二人で練習した刺繍が地面に叩きつけられる。
もう駄目だったーー我慢できず、中に踏み込む。
「いったい、何をしているのかしら?」
気持ちは燃え上がっているのに、言葉はひどく冷たく響いた。
だいたい、一人に対して三人掛かりなのが気に食わない。平民だと見下してるんなら、貴族らしく一対一で望むべきだ。多人数で獲物を仕留めるなら、有効な使い方が他にも色々ある。
(まったくもって、何から何まで不出来)
その上、渾身の作品である刺繍を地面に叩きつけるとはどういうことだろう。
軽く持ち上がった足からは、刺繍を踏みつけようとしていたことが伺い知れる。
まったく、まったくもって、ナンセンスだ。
「私が、刺繍を愛でているのは知っていますわよね? 同室であるイオにも趣味に付き合ってもらって、一緒に練習したのですわ。それをまさか、あなたは踏みつけるというのですか? いえ、そんなわけありませんわよね。貴族令嬢ならば、そんな恥知らずな真似できるわけがありませんもの」
一気にまくし立てる。
貴族としての立ち居振る舞いを叩き込まれている。自分の容姿の使い方や、口調による効果も勉強には入っていた。
どうすれば迫力を出すことができるか。
よく知っている。シェリはその全てを使うことにした。
令嬢たちは顔色をさっと青ざめさせると、何も言うことも出来ず、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「まったく、嘆かわしいですわ」
「シェリさま、ありがとうございます」
令嬢たちの背中を見送り、それから地面に落ちてしまった刺繍を拾い上げる。
キレイな金の獅子と山のエンブレムがそこにはあった。
ほとんど汚れていない。キレイな芝の上に落ちたのが良かったのだろう。
軽く表面のの汚れを落としてからイオに手渡す。
イオの瞳に涙はない。我慢していたのか、少しだけ残滓が見えた。
「感謝されることでもありませんわ。あれは貴族令嬢としてあるまじき態度ですから」
体をそらし、少しほころんできた蕾を見つめる。
こんなに真っ直ぐお礼を言われることはなかったから、少しだけ顔が熱い。
気に入らないとはいえ、完全に助ける形になってしまった。慣れないことはするもんじゃない。
照れているのがわかったのか、イオはシェリの言葉に微笑むだけだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、コメント、評価をお願いします!




