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 聖女クラスはいつも通りだ。

 イオのことも知られているだろうが、誰も事情を聞いてきたりしない。

 他国の話に首を突っ込む愚かしさをよく知っているからだろう。

 

「イオー、舟こいでるわよー」

「ふわぁっ、すみません。ありがとうごさいます!」


 クロンの声に、イオは前に偏っていた頭を引き戻した。

 しかし、すぐにゆらゆらし始める。見るからに眠そうだ。

 横目で見ていたシェリは苦笑するしかない。


 (無理しすぎたかしら?)

 

 夜は遅くなったが、朝の時間もずらすわけにはいかず、結果、睡眠時間を削ることになった。

 昼の授業をどうにか乗り切っても、放課後の聖女クラスでは、どうしても眠気が出てきてしまう。


「眠そうね? この頃、一体、何を頑張っているのかしら?」


 楽しそうに覗き込んでくるクロンには、何をしてるかバレているに違いない。

 彼女自身、興味深いことがあると夜は遅くなる質だ。

 イオが来るまでの夜は静かで、クロンが新しい発見をしたら隣の部屋にいても分かるくらいだった。

 

「ちょっとイオの練習に付き合っているだけよ。夜の覗き見は趣味が悪いわ」

「しょうがないじゃない。毎日、夜になると、向かいの部屋からゴソゴソ音がするんだもの」


 クロンは両手を上げて肩をすくめてみせた。大げさなポーズだ。

 彼女は令嬢にしては珍しくさっぱりとした性格をしている。

 気になること、気になったことは口に出して確認しないと気が済まない。

 そして、気になったことを隠そうともしない。付き合いやすい性格と言えた。

 聖女は基本的に耳がよく、気配に敏感だ。


「ジャンヌも気づいてるわよね?」

「まぁ、動く気配はしますね」

 

 話を振られたジャンヌが言葉少なに頷いた。

 これは魔物討伐に行くから、命を守るために自然に身につくものでもありーー聖女の証の一つとされた。

 音に敏感でなければ、聖女は務まらないのだ。


「シェリさんとイオさんは、今、仲良くしているところなんやでー。邪魔しちゃあきまへんえ」

「ちょっと、茶化さないの」

「シェリさまには、色々教えて貰ってるだけで……」

「へぇ、そうなの」


 コロコロ笑うセボまで入ってきて、場の収集がつかない。

 こういう流れに慣れていないイオは、さっきまで居眠りしていたこともあって、頬を赤く染めた。

 こればかりは、慣れて貰うしかない。

 他の二国は、同室の聖女同士で元々仲が良いのだから。


「詳しく、どう、教えてもらってるのか聞きたいどすなぁ」

「わたしも、わたしもー!」


 さらにイオの顔の赤みがました。

 しょうがない。授業も終わっているし逃げよう。

 シェリはイオの手を掴んだ。もう片方の手にはカバンがある。


「そう、今、私達は忙しいの。なので、これくらいでお暇させてもらいます」


 にっこり笑う。

 誰もついてくるな。何も触れるなと宣言したようなものだ。

 通常の貴族令嬢であれば、これくらいの裏は読める。聖女になるほどの人物であれば、なおさらだ。

 シェリの様子にセボが小さく肩を揺らす。クロンはお手上げというように肩をすくめた。


「はいはーい、頑張ってなぁ」


 セボの明るい声を背中に教室を抜ける。

 あとは寮の部屋まで一直線だ。夕飯の時間までは練習を続けられるだろう。


「わたしのために、時間をとらせて、本当にすみません」

「いいの、気にしない。私が好きでやってるんだから。刺繍は根気よ、やればやるだけ上手くなるんだから」


 ズンズン歩く。

 まだ時間も早いためか、ちらほらといる生徒たちとすれ違う。

 視線を集めている気はしたが、シェリはまるっと無視をした。

 放課後、忙しいのは聖女にはよくある。聖女じゃなくても、用事がある生徒は多い。

 少しだけ傾き始めた太陽が、空を赤く染め始めていた。


「このシンボルは、貴族の誇りをあらわしているの。それに関する逸話はーー」

「そういう意味があるから、このマークなんですね。獅子と花なんて珍しいなと思ったんです」


 貴族の刺繍でよく取り上げられるシンボルについて話したり。


「あの伯爵令嬢は刺繍が苦手なの。別の人間にやらせている可能性が高いわ」

「なるほど。完璧なものを出せば、何も言えなくなるんですね」

「教師から見ればわかるもの。言わせなくするのよ」


 イオのクラスの貴族についてシェリが知っている話を伝えたり。

 そんなことを繰り返していたら、課題の提出日はあっという間に来ていた。


「完璧ね」

「ありがとうございます。丁寧さだけでなく、糸の種類や色使いでこんなにイメージが変わるんですね」


 シェリはイオの手元にある刺繍を見つめた。

 完璧だ。

 もう一度、胸の奥で頷く。

 刺繍が好きで、よく刺すシェリから見ても、イオの刺繍は課題のレベルを超えていた。

 材料自体はよく手に入るものを使ったのだ。侯爵家の財力を使うのは問題の解決にならない気がした。


「それを作ったのは、間違いなく貴方よ。胸を張りなさい」

「ありがとうごさいます……!」


 イオが完成した刺繍をわずかに掲げるようにしながら、じっくりと見つめる。

 光に透かし、角度を変え、自分の手から生まれた芸術を信じられない気持ちで眺めているようだ。

 その気持がシェリにもよくわかる。

 刺繍はよく使われるシンボルが決まっている。それをどう配置させるか、デザインするかで、個性を出すのだ。

 考えて、手を動かし、完成させる。充実感はひとしおだった。


「さぁ、驚かせてあげましょう」

「はい!」


 元気よく帰ってきた返事に満足する。

 この日は久しぶりに、夜中までランプをつける必要はなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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