12もたらされる情報
食堂はいつものざわめきに満ちていた。
目の前のトレーを見つめる。好きなものを取る形式だ。
「では、シェリさま。ごきげんよう」
「ええ、皆様も気をつけて」
にこやかに挨拶を交わす。
シェリは食にこだわりがなかったので、いつも似たようなものを食べる。
アテンド家に取り入ろうとする令嬢たちとお昼を囲み終わりホッとしていた。
「どうしようかしら」
「何がや?」
知らず呟いていた言葉を拾われる。
食堂を使う学生は半分程度。
それでも周囲はざわめきに満ちている。
「セボさん、いたのね」
まさか、反応を返すような人がいるとは思わなかった。
机に落としていた視線を上げ、声がした方へ振り返る。
すぐ右隣にセボは立っていた。見上げた顔には読めない笑顔が乗っている。
「おりましたえー……ぼんやりしているシェリさんなんて、珍しいものを見させてもらいましたわ」
「見てもなんにもないわよ」
「いやいや、花の顔は曇っていても美しいもんですえ。その原因は同室のあの子ですか?」
楽しそうな顔には変わりないが、その質が変わった。
含むような言い方はセボの癖のようなものだ。彼女の言葉をそのまま受け取ると大変なことになる。
表面に出ている言葉より、その中身を察せられるようにならなければならない。
そして、聖女クラスでの付き合いから、今のセボが匂わせているのは面倒くさいことだと告げていた。
「サーヴァさんから何か届いたのかしら?」
「いややわぁ、シェリはんが聞きたいことだと思ったから届けに来てくれただけですえ」
サーヴァとセボの間を疑うわけもない。
同室であり、二人の間の情報交換が密なのは聞くまでもないことだ。
特にサーヴァはセボのためになりそうな情報なら何でも取ってくる。
何があるのだろう。
断りもなく座ってくる顔を見つめる。
「イオさんが、どうしたの?」
「聖女候補って言っても平民出やからなぁ」
セボの言葉に動きを止める。
聖女候補と言っても、平民出。
予想される、続くと思われる言葉は、そう多くない。
彼女の顔を見つめても、ニコニコした笑顔に少しの変化もない。
胸の奥で何かに火がつくような気がした。
「見に行ってあげたら喜ぶんとちゃいます?」
「……わかりました。参考にさせてもらいますわ」
視線に重さを感じる。じっとりとした視線とはこういうことを言うのだろう。
提案にみせかけた強制。
なぜ、わざわざ教えてくれたのか。
セボの考えを把握することができない。
シェリの返事にセボは満足そうに笑いながら頷いた。
「それがええと思いますえ」
「ご助言ありがとうございます」
「いえいえ、同じ聖女候補やさかい。助け合っていきましょ」
一瞬の間ができる。
助け合う。聖女候補に求められていること。
それは多くの場合、建前でしかないのだけれど。
「そうですわね」
シェリはそう答えるしかできなかった。
*
次の日、シェリは早速、彼女のクラスを訪ねた。
昼休みより一つ前の休み時間は、ほぼ移動に費やされる。
貴族クラスの授業は午前中に2コマ、午後に2コマある。
昼休みは長くとられているが、シェリは食堂で過ごすことがほとんどだったし、そこでイオを見たこともなかった。
だからこそ、わざわざ授業の間に様子を見に行くことにしたのだ。
(何してるのかしら)
ため息がひとつこぼれた。
イオの様子を見るために階段を降りる。
一段一段降りながら頭をよぎったのは、そんなこと。
放っておけば良い。
同じ聖女候補で同室とはいえ、相談をされる前から世話を焼く必要はない。
わかっているのだ。それでも放っておくことはできない。
これはお節介に入る。我ながら面倒な性格だ。
「イオさんはいるかしら」
以前は自分も使っていた教室の名札を見上げる。
用事を装って 彼女を呼び出した。転入生だから、教室の隅に席が設置されていた。
誰かにお願いするまでもなく、イオが席を立った。
「シェリさま、どうしました?」
「今日の聖女クラスのことなのだけれど、人が集まらなくて授業がなくなりそうなの」
驚いた表情でこちらに向かってくる。
席に座っていた時とは全く表情が違う。ちらりと見えたとき、彼女の顔には笑顔が張り付いていた。
周りを囲む空気も良くない。
侯爵家として様々なパーティに顔を出さなければならなかったが、こういう空気は何度経験しても苦手だ。
まるでイオと他の生徒の間に見えない膜でもあるかのように見えた。
馴染めていない。外されていると言って良い状態だろう。
「セボさんに感謝しなければいけなそうね」
自分の教室へと帰りながら、呟いた声はとても小さく、誰にも聞かれることもなく、消えていった。
完全に助けられた形。癪だがしょうがない。
見逃していたら、すごく気分の悪い事になっていたに違いない。
(寮に帰ったらいろいろ聞き出さなきゃいけないわね)
そう決めていたのに、時間は少しも待ってくれなかった。
今度は昼休みだ。いつものように食堂で昼食を食べ、のんびり散歩していた。
毎日の習慣でもある。
そんなときに、耳をふさぎたくなるような声が聞こえてきた。
「聖女だからって、シェリさまと同じ部屋なんて厚かましいと思わないの?」
「その上、ヴィンセント殿下にまですり寄って……殿下はシェリさまの婚約者なのよ!」
自分の名前が入っていては無視することもできない。
音がする方に近寄る。
中庭の奥の方、庭木が視覚を遮り、部屋のようになっている場所から、その声は聞こえてきていた。
シェリは耳が良かった。外であっても、騎士が聞き逃すような音さえ聞こえる。
「よりによって、こんなきれいな場所で……」
ため息をつく。
自分も好きな場所なのだ。こんなことに使うのは止めてほしい。
そっと見つからないように、バラの影から覗き込む。
この距離になれば耳が遠い老人でも聞き取れるくらいの音量になっていた。
(こういう人たちって、どうして自分の不満をそのまま言わないのかしら)
冷静に、冷静にと言い聞かせる。
貴族社会では陰口や噂はつきものである。
侯爵令嬢でありながら聖女でもあるシェリは様々な噂にさらされてきた。
我慢することはできる。聞き流す術も身につけた。
それでも、嫌いなものは嫌いだし、ムカつくものはムカつくのだ。
「あー、あんなところにキレイな花があるわぁ」
声を変え口調も変える。
わざとらしく遠くから誰かが近づくような演出までした。
樹木を揺らしたり葉擦れの音を立てた程度のことだ。
こういうことをする人間の場合、人の気配に敏感である。
人に知られるとまずいと思うようなことはしなければいいと思うのだが、それでもしてしまうのが人間なのだろう。
「まずい、誰か来るわね」
「とにかく、さっさと同室なんてやめてしまいなさい!」
目の前を急ぎ足の誰かが去っていく。
それを庭木のバラに隠れてみていたシェリは、顔をしっかりと確認する。
人数は予想通り三人だった。声から当たりはをつけていた、フリンツ伯爵家、ルーベル子爵家、アラベス子爵家の令嬢で間違いないようだ。
その足音が遠くなってから、シェリは中を覗き込む。
「災難だったわね」
「シェリさま、ありがとうございます……お見苦しいところをお見せしました」
突然現れたシェリにイオは一度体をすくませた。それからシェリだと気づくと、ほっとしたように肩を撫で下ろす。
所在なさげに立つイオの後ろで、まだ蕾の花たちが彩っていた。
よくこんなにキレイな場所で陰湿なことができるものだ。
まったく理解できない。
「平民から聖女候補になれば、こういうこともあるでしょう。あなたも慣れなきゃいけないし、言い返せるようにならなければならないのだけれど……あまりに目に余るときは言いなさい」
「はい。シェリさまを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げるイオに、唇を引き結ぶ。
シェリが気にしているのは、伝えたいのはそういうことではない。
自分が噂になりやすいことは知っている。もはや気にもならない。
だが貴族になったばかりのイオにシェリのようになるのは難しいのもわかっていた。
どうすればいいのか。
少し考える。
「……課題」
「え? なんですか?」
「一番、近い課題提出はなにかしら?」
「刺繍ですけど」
「重畳ね」
イオの答えにシェリは小さく頬を引き上げる。
刺繍ならば、いくらでもやりようはある。
頭にはてなマークを浮かべるイオをつれて、シェリは学校に戻っていった。
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