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11王子との会話


 ヴィンセント・フォン・ティアルメニア。

 典型的な王族の色ーー金の髪に、青い瞳を持つ第二王子だ。


(相変わらず、タイミングが良いのか、悪いのか)


 ちらりと顔色を伺う。待ち伏せということはなさそうだ。

 彼はシェリノールの婚約者でもある。

 姉であるリゼットがいなくなったと同時に、婚約者の席まで転がり込んできた。

 定められた婚約者とはいえ、いや、定められた婚約者だからこそ、関係は事務的なものであり、定期の連絡以外で話すことも少なかった。

 

「そちらが噂になっている新しい聖女候補か」

「さすが、殿下は耳が早いですわね」


 決められた挨拶をこなしてすぐに、ヴィンセントはバイオレットに目を向けた。

 興味に溢れた目をしている。

 平民から聖女候補になったということで、学校中がその話題で持ち切りだ。

 特に王子である彼にすれば見逃せない情報だろう。

 聖女が自国から出るかどうか。それは国の趨勢に関わる大事なのだ。


「我が婚約者どのは聖女として忙しくしているにしては、討伐数が少ないと聞いて心配していたのだ。聖女が一人増えるならば、我が国の成績も上がるだろう」

「……お心遣い感謝しますわ」


 ぐさりと刺さる一言に気づかぬふりで返す。

 イオだけが戸惑ったように、視線を動かしていた。

 ヴィンセントの後ろにも取り巻きがいたが、殿下を諫めるわけでもない。

 ジャック、ジュリアス、エルメス、それぞれが騎士団長、宰相、商人の息子たちだ。


(さて、どう紹介しましょうかね)


 聖女という存在は扱いが難しいのだ。

 聖女になった時点で、貴族の位階は関係なくなり、誰からも傅かれる存在になる。

 自分より少しだけ後ろに立つイオを確認する。


「……大丈夫?」


 あまり顔色が良くなかった。

 小声でこっそり尋ねる。

 転校してから初めて見る表情だった。


(緊張にしてもおかしいわね)

 

 ヴィンセントと会えて、こういう顔をする少女は珍しい。

 まず、彼は見た目が良い。その上、正真正銘の王子だ。

 ヴィンセントに声をかけてもらえるだけで、伝手ができたと喜ぶものばかり。

 王家と繋がれるというのは、それだけ魅力的なことなのだ。


「イオ?」

「大丈夫です。少し、緊張してしまって……」


 もう一度名前を呼ぶ。

 すぐに小さな声が返ってきた。

 具合が悪いなら、こんなところで話している場合ではない。

 ヴィンセントとて具合が悪い生徒を引き止めてまで話そうとはしないだろう。


(緊張、ね……?)


 緊張によるものだとしたら、そこまで畏まる必要もない。

 いつもは生気にあふれた頬が、寒さに打ちひしがれたように青ざめている。

 よく見れば指先も小さく震えていた。


(まったく、そうは見えないのだけれど)


 シェリはまっすぐ前を向く。

 本人がそういうなら、シェリが変に気を回すのもおかしな話だ。

 できることとすれば、さっさと挨拶をして、この場を下がることくらいだろう。


「こちらが新しく聖女クラスに加わりましたバイオレットになります」


 端的に説明する。

 一歩下がって目でイオに挨拶を促した。

 

「お初にお目にかかります。新しく聖女候補になりました、バイオレットと申します。御前をいただける僥倖に感謝いたします」

「おお、貴族になったばかりと聞いたが、なかなか洗練された挨拶だな。よいよい、気にするな。楽にしてくれ」


 流れるようなイオの挨拶に、シェリは目を丸くした。

 彼女の挨拶は何度か見てきたけれど、その中でも一番の出来。

 ヴィンセントの受けも良い。わずかながら口元がほころんでいる。

 興味のまま話しかけるヴィンセントと、その勢いにタジタジになりながら受け答えを返すイオ。

 顔色の悪さも少しずつ良くなっているようだ。

  

「シェリさま、さっきの話、本当なんですか?」


 殿下の姿が見えなくなってすぐ、イオが話し始めた。

 その口調は珍しく感情的で、シェリは隣を見た。

 イオは頬を少しだけ膨らませている。シェリは首を傾げた。

 

「えっと、どの話かしら?」

「私が来たことで、シェリ様が選定される可能性が少なくなるって」


 殿下がまき散らした話は多すぎて、どれのことか分からなかった。

 イオが口にしたのは、その中でも最初の方。

 ヴィンセントが嫌み半分に口にした部分だった。

 

「ああ、そのこと」


 じっとこちらを見る視線に、シェリはやっと合点がいった。

  もしかしてイオの顔色が悪く見えたのは、出会い頭のあの嫌味を真に受けたからなのだろうか。


(気づいていたのね)

 

  あれを嫌味だときちんと理解するとも思っていなかった。

  隣を歩くイオを見る。

  その方は先ほどの白さとは違い、怒りの赤に満ちている。

 

「人数が増えるのだから、自然とそうなるのよ。今まで私の属性は討伐には向いていなくて、ティーアは国として一番少ない数になっているの。殿下の言うことも間違いではないわ」


  何度も分析したこと。

  何度も現場を改善するために、ヴィンセント殿下に説明したことだった。

 彼がその説明を理解してくれたかは、わからないけれど。

  それをイオに対して口にするのは簡単なことだった。

  説明しすぎて、 悔しいとも悲しいとも思えなくなった自分がいる。

 

「そんな、シェリさまは一人で頑張ってきたのですから、少なくても当然じゃないですか」


  イオが足を止めた。つられて足を止めて少し後ろを振り返る。

  当たり前。

 それがそのまま受け止められることばかりではない。

 

「ありがとう。でも、数は雄弁だわ。あなたがいることで、討伐数が増えるならいいことじゃない」

「シェリさまの足を引っ張らないよう、精一杯頑張ります。それでも」


  不満そうな顔。

  まだ言い足りないという感じの表情に、シェリはイオの唇の前に人差し指を立てた。

  溢れてきていた言葉が止まる。

  こちらを見上げる彼女の瞳と視線がぶつかる。

  シェリはにっこりと笑ってみせた。


「それに、 誰が来ても負けるつもりはないの」


  今更、負けるわけにもいかない。

  シェリは姉を追い求めて、ずっと努力を続けてきた。

  それが下手だと自覚している自分の唯一の矜持のようなものだった。

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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