アリス、歓迎される。
数分後。
中庭のベンチにアリスは座っていた。
「うーん……」
日陰から器用にルカが声をかける。
「なにうなってんだ?」
アリスはパッと振り返った。
「ルカ」
「よお」
持っていた手紙を掲げ、アリスは困ったように笑う。
「これ、どうしようかなって」
手紙の封を見てルカは言った。
「生徒会の紋章か」
「ええ。新入生歓迎パーティの招待状」
アリスは手紙を見つめる。
「なるほど。君は新入生代表だもんな。それが?」
「うーん、どうしようかなって」
アリスの言葉にルカは小首をかしげた。
「出ればいいじゃないか。なにか問題でも?」
「その、ドレスがないの」
アリスはどこか恥ずかしそうに言葉をこぼす。ルカは納得したようにうなずいた。
「そういうことか」
アリスの口からため息が漏れる。
「パーティなんてコネ作りには打ってつけなのに……」
「たしかに。生徒会主催なら参加者も選りすぐりのボンボンだろうしな」
今度はアリスが小首をかしげた。
「新入生がみんな参加するんじゃないの?」
ルカはクスリと笑うとほんの少し目を伏せる。
「それはまた別であるんじゃないか? 生徒会主催の催しは完全招待制。参加者になれるだけで一定のステータスになる」
「そうなんだ」
何もない右上を見ながらしばらくルカは考え込んでいたが、諦めたようにアリスに視線を移した。
「ドレスじゃ俺にはどうにも……悪いな」
アリスはふわりと微笑む。
「優しいのね。ありがとう」
「それほどでも」
ルカから中庭へと目を向けながら、アリスは小さくつぶやいた。
「やっぱり欠席するしかないかな」
ルカはアリスのように中庭を見つめると、おどけるように言う。
「それはそれで箔がつくんじゃないか? 生徒会からの招待を断った新入生」
「そうね。うん、そうかもね」
二人の間には和やかな空気が流れていた。ルカは思い出したように告げる。
「学院の権力者集団は生徒会だけじゃないしな」
「そうなの?」
「ああ。生徒会含めてデカいのは三つだな」
「あと二つは?」
ピンと二本指を立て、ルカはアリスに向き直った。
「どっちも会員制クラブだよ。一つは青薔薇会。人間の比率が比較的高いらしい。もう一つがサロンノワール。こっちは逆に吸血鬼の比率が高いって聞くな」
「どうやったら入れるの?」
アリスの瞳に輝きが満ちる。
「そこまではな。なにせ俺も聞きかじりだ」
「そっか」
あからさまにしょげてしまうアリスに、ルカは小さく吹き出した。
「ああ、あとな」
「ん?」
アリスは不思議そうにルカを見る。ルカの声音が突然重たくなったからだ。
「クラブ傘ってのには関わるな」
「傘?」
オウムのように言葉を繰り返しながら、アリスはルカの表情を読み取ろうとした。しかし、どこか遠くを見つめるルカの瞳を捕らえることができない。ルカは淡々と言葉を続けた。
「賭博、違法薬物、売春……とにかく他人を虐げて楽しむ最悪の学生犯罪者集団」
アリスは目を丸くする。
「そんな危ない人たちが学院にいるの?」
ルカの表情を、アリスはやはり読み取れなかった。
「まあ、噂だけどな。いないならいないでいいが、もし名前を聞くようなことがあったら即刻逃げろよ」
ルカの瞳が強くアリスを射抜いた。アリスはきっぱりと答える。
「いやよ」
ルカは目をしばたたかせた。気の抜けたルカの声が広がる。
「はい?」
「犯罪者集団を放っておくことなんてできないもの。捕まえるわ」
アリスの力強い返答を、ルカは目だけで薄く笑うと、諭すように言った。
「君は正しいよ。でも正しいだけじゃどうにもならないことってのは往々にしてある。君は人間で、しかも女の子だ」
自分の胸中を言い知れぬ悔しさが満たすのを感じたアリスは、少しだけとげを混ぜて言葉を返す。
「人間で、女の子だからなんなの?」
アリスのとげをものともせず、ルカはさらに続けた。
「悪党にとってはかっこうの餌になる。これは良い悪いじゃなく、事実だ」
「……そうかもしれないわ。でもそれが正しいことをしない理由にはならない」
アリスがむくれているのをルカはヘラりとかわす。
「そう構えるなよ。自分の身を守ることだって正しいだろ? 優先順位を間違えるなって話さ」
なおも不服そうな視線をアリスは向けたが、ルカは動じなかった。
「君は少し無鉄砲なタイプみたいだからな。心配してるんだよ。友人としてな」
「……ありがとう。気を付けるわ」
なんとなく負けた気がして、アリスはルカを見ないまま答えた。
「おう。じゃ、また」
「ええ、また」
ルカは手を挙げて去っていく。後には冷たい静寂が残っていた。アリスはわざと大きい声で独り言を言ってみる。
「優先順位、かあ」
何とも言えないむなしさがあたりに漂っていた。薄くもやがかかったようなアリスの心情に、高く響く声が不躾に重なる。
「アリスさん!」
突然大きな声で呼ばれ、アリスは驚いて振り向いた。
「はい?」
アリスの瞳は仁王立ちで立っている女子生徒の姿を捕らえた。女子生徒はずかずかと近寄ってくると、ずいとアリスに顔を寄せた。
「わたくしオリヴィア・ホール、聞かせていただきましたよ!」
「はあ」
「青薔薇会、ご興味がおありですか!」
アリスは勢いに押されていたが、なんとか返事のようなものを絞り出す。
「え、ええ。まあ」
オリヴィアは舞台女優のような動きでくるくる回った。
「なんとなんと! これこそ運命。いや宿命!」
「宿命……?」
回り終わると、またもアリスに顔を寄せる。
「我々青薔薇会はアリス・リベラさんを歓迎します!」
アリスの口は返事を生み出せないまま、目だけがぱちぱちと瞬いた。